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売上ゼロ、倒産の危機。それでもトップの右腕として残り続けた理由。

皆さん、こんにちは。MEJで人事をやってる矢島です。前回の渡辺さんに引き続き、またインタビュアーを務めさせていただきます。

さて、今回登場いただくのは弊社取締役の大槻さんです。

大槻さんは僕が入社をするずっと前にMEJにジョインし、以来代表の古賀を支え続けてきた右腕的な存在です。今回は、僕が知らない大槻さんを深掘りして参りたいと思います。


―大槻さん、本日はよろしくお願いします。まずは簡単に自己紹介も含めてお願いできますでしょうか?

今日はよろしくお願いします。MEJで取締役をやっております大槻です。MEJでは主に組織の成長を主眼におき、採用や制度構築、組織状態の改善・向上などに取り組んでいます。

”35歳までは、なに失敗したってやり直し効く。”

―ありがとうございます! では早速ですけど、できるだけ具体的に大槻さんの経歴を教えてください。

新卒で森トラストに入社しました。魅力ある街づくりとそこから新しいライフスタイルを生み出していく都市開発、港区という競争力の高いエリアに集中するスタイルが魅力的で入社を希望しました。

ファーストキャリアとしては非常に贅沢をさせてもらったと思います。福利厚生含め、会社からの待遇も良く、仕事も与える影響が大きいため何一つ嫌に感じた事がなかったです。

ただ2~3年経って、もっと大きな仕事に挑戦したいという思いが強くなりました。それには相応のポジションが必要でしたが、当時は3年目の若造に与えるようなポジションはなく、自身のキャリアとして「このままでいいのだろうか?」という疑問がずっと頭の中にありましたね。

そんな中、尊敬している上司から「35歳までは、なに失敗したってやり直し効く」という言葉をもらいました。何気ない一言だったかもしれませんが、悩んでいた私にはすごく勇気になりました。そしてもっと個人の力を磨きたいという想いで身を移すことを決意しました。

”転職、独立。急成長、急降下。”

―次はどこを選ばれたんですか? またどうしてその環境を選んだのでしょうか?

新天地としてアリコジャパン(現:メットライフ生命)を選びました。当時、営業力=人間力と考えていたので個の力を磨いて挑戦したい思いとアリコでは独立を支援する制度もあり、この環境を選び、最終的には独立を果たします。

その後、仲間と資産運用コンサルティングの会社を立上げました。最初にリリースしたサービスがヒットし、順風満帆に成長を果たします。

ただ私たちは完全に調子に乗ってしまいました。サービスの競合他社がいくつも立ち上がり、あっという間に競争市場となってしまい、競争体力のなかった私たちは撤退を余儀なくされ、結果的にチームは解散しました。

普通の保険代理業に戻ってしまった事、またプライベートでも大事なものを守れなかったことが重なり、「大切な人を守る力が欲しい」「自分と関わる人たち幸せにしたい」という思いと、自分の人生の足跡として、世の中が豊かになる事や社会的な影響を与える物を残したかった気持ちが相まって、「世の中に必要とされる価値を生み出したい」という私自身のミッションが生まれました。

次になにをするかは決まっていなかったけど、その強い想いに従って、人に会ったり新しい環境にいったりと行動し始めました。その頃ですね、古賀と出会ったのは。

”自分では見えない世界へ。右腕になる決意。”

―社長との出会いの話を聞かせてください!

古賀とは香港の視察に行った時に出会いました。お互い経営者ということもあって仲良くなり、気づけば週4は会う仲になっていました。それくらい価値観の交換が楽しかったんですよ。まだお互い20代の頃です。

それから古賀の会社の社員旅行やイベント事にまで誘ってくれたり、事業の悩みから展望やアイディア、インターネットの可能性まで、何でも語ってくれました。その一つ一つに心が踊る自分がいました。特に思いついたアイディアを実行するまでの行動力は圧倒的でしたね。この人は天才かな、なんて思っていました。

知れば知るほど、彼を支えたら「自分では見えなかった世界が見れるかもしれない」と感じました。

そんなタイミングで古賀から声をかけていただき「人生を賭けて挑戦しよう、彼の右腕として支えていこう」と自然と思えていたことが入社を決めた1つの理由です。

もう1つは仕事の仕方ですね。当時のMEJはインターネット広告代理店の会社でしたから、仕事のやり方が全然違うんですよね。徹底した効率化、プログラムで作業の自動化、新しいアイディアを素早く数多く試していくスピードの早さ。これは今もMEJの価値観の根底となる”Hard think””Fail fast”につながっています。

”一緒に沈んでもいいから、絶対についていく。”

―かなり波乱万丈な人生ですよね。ただ、入ってからも順調ではなかったんですよね。

入社当初はかなり順調でしたよ。仕事の効率化を追求して、売上は右肩上がりの状態です。ただ、それも長くは続きませんでした。私たちは”MEJショック”と呼んでいるのですが、簡単に話せば”売上がなくなり、人が全員辞める”という、MEJきっての大事件です。

詳しくは古賀の記事で語られていますが、売上がなくなり事業が傾くとまずは役員から離れていき一人、また一人と離れていきました。

もちろん彼らが悪いわけではなく、売上がいいばかりに経営とか組織づくりを疎かにしていた私たちの問題です。沈みゆく船に乗り続けるなんて決断できる人は少ないよな、ということは頭ではわかるんですが、私としてはこれで2度目の仲間との別れということもあり、非常に悲しかったしやるせなかったです。

—大槻さんが抜けるという選択肢はなかったんでしょうか?

私が抜けなかった理由は2つあります。

古賀のことは全ての背景を見てきて理解していたし、古賀という人の魅力で入りました。だから古賀が諦めない限り絶対に起死回生できるという確信があったんですよね。むしろ、より支えようという思いは強くなりました。

もう一つは、古賀が逃げ道も作ってくれた事です。今後どうするかの話になったときに「借金もまだ無いし、解散するなら今だよ」と無傷でやり直せる道を提案してくれました。

あの当時、そんな事を言える状態ではなく、心理的にも経済的にも追い込まれていた古賀からその提案を受けたとき、感謝の気持ちと同時に「一緒に沈んでもいいから絶対についていこう」と覚悟を決めたんです。

2人で攻めると決めた後は早かったです。

資金繰りがピンチの状況だったので、運転資金を作ることに腐心していました。本当に今では考えられないくらいどん底ですけど、とにかく日々を生きることに時間を費やしていたんです。

この時、身に染みて実感したことがあります。それは本当に経営に必要なものは経営理念・ビジョンといった目指すべき目的や目標、そしてそれを軸に集まってくる人だということです。

会社には多かれ少なかれ、調子がいい時と悪い時があると思います。ただどんな時でも私たちの目指している世界に共感してもらうことが何よりも大事だと思っていたからこそ、組織を再度作っていくにあたり主軸にしたのが中途ではなく”新卒採用”だったのです。

”あらかじめ問題の芽を摘み取る、攻めの戦略人事へ。”

―それで入ってきたのが、僕らですね。

そうそう。いきなり4人も採用しちゃって。いろんな意味で思い切ったねって周りからは言われるけど、フタを開けてみれば、やっぱり間違ってなかったと思っています。

―16~17卒は大変やらかしましたけどね……。

1億も使ったからね。笑

ただ、中途採用に本腰を入れ始めたのもここ1年くらいの話ですが、その中でも新卒の失敗がとても活きています。人をスキルだけでみないことを徹底することができています。ミッションへの共感、カルチャーフィット、素直で謙虚な人柄かどうか。こういうパーソナリティに踏み込んでいるからこそ、いい中途採用ができていると思っています。

―確かにここ1年で中途採用を初めて、組織も非常に強化されましたね。

上場を経験したCFOの渡辺トップセールスの富田、他にもDeNA出身デザインエンジニアや博報堂出身マーケッターという優秀な人たちを採用できたということ、2016年には”ベストベンチャー100”の受賞や”EO TOKYO 成長率No,1”の表彰など外部機関からも評価されるようになり、少しばかりですが手応えを感じています。

2016年にベストベンチャー100に表彰された時の写真

―中途市場も競争が激化していますが、具体的にはどういうことをやられたんですか?

MEJの採用マーケットでのポジショニングは”圧倒的採用弱者”でした。だからこそ、まず大事にしたのは経営陣のコミットです。それこそ中途採用の立ち上げに自分の時間のほとんど使い、絶対に”自分より優秀な人”であり”心から尊敬できる人”を採用すると決めました。

—本当に新卒も中途も、採用は経営陣肝入りのプロジェクトですね。

また優秀な方々を口説くためにも、組織基盤を強化していきました。まずは社内の評価基準、等級および報酬制度の設計やライフイベントサポートの導入など、社内環境をググッと作り変えていきました。

—組織強化の施策を10期に入るとともに実施しましたね。なぜこのフェーズでそういった組織施策を導入したんでしょうか?

”Hard think”した結果ですね。MEJは近い将来、30人、50人を超え、100人規模の組織へと成長していきます。

そのフェーズになれば必ず問題が起きる。なら、今打てる手をあらかじめ打っておき、事前に問題の芽を摘み取ることが”攻めの人事”に必要なことだと思いますし、求められる役割です。

また現在、人材獲得競争が凄まじい様相を呈しています。だからこそMEJが魅力的な組織でなくては、すぐに見放されてしまいます。MEJにとって優秀なメンバーがいかに気持ちよく自分の能力を発揮できるかを考え、マネジメントスタイルやワークスタイルに落とし込んでいます。

”MEJのマネジメントスタイルは「放し飼い」”

―大槻さんから見て、現在のMEJはどういう組織になっているでしょうか?

非常にユニークな組織になってきていると思っています。とにかく”Hard think”になぞらえていますが、例えば社内では「マネジメントしないことがマネジメント」とか「仕事をしないことが最大の仕事」のようなワードが飛び交っています。

これはMEJならではの価値基準だと思います。基本的にMEJには、人の言うことを聞けないクセの強いメンバーが集まっています。彼らは”管理されることを嫌い、丸投げされることを喜び””無駄な作業を嫌い、効率化が大好き”なメンバーです。

最近ではGoogleのマネジメントスタイルとして「放し飼い」というようなワードがありましたが、MEJもまさしくそれだと思います。基本的に彼らはMEJというフィールドに放牧されて、自由に過ごしています。表現がいいか悪いかわかりませんが。笑

私の仕事はメンバーが自由にしている中でも、生産性が自然と最大限に高まるような仕掛けをしていくことですね。優秀な人材が自身の持つ能力をフルに使いながら刺激しあえる会社であり、日本一働きたいと思える会社にすること。それが人事部門のビジョンです。

―生産性の高い人がのびのびと働けるような環境にしていこうということですね。これからはどのような組織を目指されているんですか?

「高い生産性といえば、MEJ」、そういうポジションを狙っていきたいですね。それは”Hard think”があるから実現できている、というところも含めて実現できれば「”Hard think”できなければこの先、淘汰されていく」という古賀の言葉の証明にもつながると思います。

そして、最後はやっぱり世界を獲ることです。MEJは「社会問題を解決し、人類の進化に貢献する」という壮大なミッションを掲げています。それには本気で社会問題に向けて取り組む個人が増え、チームを組み、一丸となり向き合っていかなくてはなりません。

それができた暁にはMEJが世界を変えていく姿を現実のものとできると思っていますし、一刻も早く古賀とともにその景色を見たいなと思っています。

とはいえ、MEJはまだまだ発展途上というか、まだまだカオスですらないような組織です。まだまだだらけの環境です。これからも上を目指して成長を遂げていきますし、同時に仲間も集めていきます。ぜひ少しでもご興味があればエントリーしていただきたいですし、MEJに合いそうだという方がいらっしゃいましたらご紹介もお待ちしています!

—本日はありがとうございました!


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