この記事では、事業者がサステナブルツーリズムを意識しているか否かに関わらず、その観点で語れる事例を、解剖します。
ナビゲーターは、宿場JAPANの代表・渡邊崇志。講演や視察、打ち合わせなどで地方各地に旅をし、プレイヤーに実態を聞く日常から、リアルな観光・まちづくりの最前線をお届けします。
今回のケーススタディ
開業:2012年
オーナー:山上万里奈氏
ゲストハウス蔵 | 長野県須坂市築130年の小さな古民家の宿
今回のケーススタディは、長野県須坂市で2012年に開業した「ゲストハウス蔵」です。未経験・資金なし・物件の目処もなし。そこから見事辿り着いた開業から早10年以上が経過した今、改めて、オーナーの山上万里奈氏に話を聞きました。
過去にどのような課題があったのか。それをどう解決したのか、そして現在どのような新たな状況や課題に直面しているのか。次の一手となるヒントを探ります。
ナビゲーター
株式会社宿場JAPAN代表。2009年の創業以来、ゲストハウス品川宿(現在は「品川宿ゲストハウス&ツアーズ」)の立ち上げを端緒に、品川宿を拠点とした5つの宿泊施設の運営のほか、地域のローカルな魅力を伝えるツアー、イベント企画の実施、宿泊施設の開業コンサルティング、自治体と連携したエリアプロデュースなど、多文化共生社会の実現を目指した多様な事業展開を行う。品川を拠点に、まちに利益が還元する持続可能な事業のあり方を提案した「STORIES」などの取り組みが評価され、2026年3月に持続可能な観光の国際基準「GSTC認証」をトラベル部門「宿場トラベル」にて取得。
https://prtimes.jp/main/html/searchrlp/company_id/97061
1. はじめに:プロジェクトの背景
本プロジェクトは、長野県須坂市出身でゲストハウス開業希望者であった山上万里奈氏から、宿場JAPANの起業家育成プログラム「Dettiプログラム」(※)へ応募があったことから始まりました。
※「Dettiプログラム」:宿場JAPANによる個人向けゲストハウス開業支援プログラムのこと。
宿場JAPAN - 地域融合型ゲストハウス運営・ゲストハウス開業支援・インバウンドおもてなしコンシェルジュ人材育成
当時の山上氏
2011年当時、山上氏は経営に必要な資源(ヒト・モノ・カネ・ジョウホウ)のうち「ヒト」しか持っておらず、物件も未定。難易度が高いことは確実でした。
それでもサポートを決意したのは、以下の2点が揃っていたためです。
①彼女の最大の強みである、とにかく明るく前向きで人を惹きつける人柄。今は不足している要素も、その強みがあれば補っていけるだろうと予測した。
②宿場JAPANの掲げる理念への共感が強かったこと。話し合いながら、ともに前進していけると考えた。
まちづくりには、終わりがありません。どんなことがあっても打開策を見つけて取り組むこと。腰を据えて前を向き続ける覚悟が必要です。
あるプロジェクトの入り口においてその先に前進することを選ぶのか。そのジャッジメントのために必要な絶対条件として、上記2点は一つ参考にしていただけると良いかもしれません。
2. 過去のリアル:13年前の「空き家問題」と「外国人アレルギー」
2011年当時、須坂市は他の地方都市と同様に人口減少が進み、空き家が増えつつありました。さらに、当時の須坂市は製糸業で栄えた歴史を持ち、住宅と蔵が混在する情緒ある街並みなどの魅力を持ちながら、観光客が訪れるような場所ではありませんでした。
ゲストハウスばかりでなく、宿泊施設が一つもない状況。地域住民にとって外国人を見かける機会は皆無であり、特に海外の観光客にとって馴染みが深いゲストハウスという運用形態は、「地域住民が外国人に対してアレルギー(抵抗感)を示すのではないか」という、受け入れ面での大きな不安がありました。
3. 過去の解決策:泥臭いプロセスと地域コミュニティの構築
これらの当時の課題に対し、宿場JAPANと山上氏は以下の泥臭いアプローチで解決を図りました。
⭕️実務と計画の研修
東京・北品川のゲストハウス品川宿に山上氏を招き、約3ヶ月間無料で宿泊しながら実務を通じた修行(研修)を実施しました。並行して、事業計画書と自己紹介シートのブラッシュアップを繰り返し行いました。
⭕️事前の集客(関係性づくり)の宿題
開業後の集客を見据え、東京や大阪、京都、北海道などのゲストハウスを巡って各オーナーと関係性をつくり、都会から地方へ向かう旅人に「ゲストハウス蔵」を紹介してもらえるよう、事前に挨拶まわりをするという宿題を出し、実践してもらいました。
⭕️資金調達の方向転換
当初、山上氏は開業資金を貯めるために飲食店や携帯会社など3つのアルバイトを掛け持ちし、驚異的なスピードで自己資金を準備していました。しかし、対象となった物件が築100年を超える古い物件であったため、実際に着手してみないと正確な改修費用が予測しづらく、当初の見積もりから大幅に費用が膨らむ可能性が十分にありました。
改修前のゲストハウス蔵
そこで話し合いの末、自己資金のみでの開業から、金融機関からの借り入れや補助金・助成金を活用する方向へと計画を転換させました。すでに修行期間中に事業計画書をしっかりと用意できていたため、各所への書類提出や手続きもスムーズに進めることができました。
⭕️DIYによる地域巻き込み
宿場JAPANのメンバーや地域の人々を巻き込んで「DIY」で改修作業を進め、開業前から地域コミュニティを構築するための土壌づくりを行いました。これは、宿場JAPANが運営する各宿泊施設でも同様に実践してきた手法です。
既存施設をリノベーションする宿運営は、コストを抑えるメリットはもちろん、見慣れた風景を残す選択が地域の文化を継承することにも繋がり、協力を得やすくなったり、ゲストハウス近隣との関係性構築に寄与できることが大きなメリットだといえます。
⭕️事前の受け入れ体制構築
ゲストハウスは食事を出さない形式であるため、宿泊者は自然、まちに繰り出すことになります。当初の大きな不安要素であった、地域の外国人へのアレルギーに対しては、入念な策を講じました。
開業前から山上氏は飲食店のオーナーと個別でコミュニケーションをとり、信頼関係を構築することに努め、あらかじめ関係性がつくれた飲食店のみに海外ゲストを案内する流れに。ゲストに紹介する飲食店には、事前に自ら作成した英語メニューをお渡しし、コミュニケーションになるべく困らないように配慮。ゲストを街へ送り出す土壌を、ソフトとハードともに整えました。
結果として、観光名所がないと言われていた街で初めての宿として完成した「ゲストハウス蔵」は無事に軌道にのり、地方のゲストハウスの平均目標と言える「月間延べ100 泊」を早い段階で達成。2021年には、ゲストハウス蔵の向かいにあった登録有形文化財を活用した一棟貸切の宿「白藤(しらふじ)」をオープン。こうして地域住民主体の観光(コミュニティ・ベースド・ツーリズム)が実現しました。
オープニングパーティにて
4. 現在のリアル:開業13年目で直面する「働き方の変化」と「コミュニティ維持」の壁
過去の壁を乗り越え、現在はインバウンド客も増加し、評価の高い宿として定着しています。平日に地元の飲食店へゲストを送客するなど、自身の経営を成り立たせるだけでなく地域へ成果を還元することも叶えました。
しかし開業から10年以上が経過した現在、現場は「スタッフの働き方や意識の変化」という新たな課題に直面しています。
かつては、スタッフが自主的に業務時間外を問わずゲストや地元住民と交流し、それが本質的な「リピーター(その場所で出会った人に再び会いに来る人)」を生んでいました。
しかし現在は、タイムカードの導入など労働環境の適正化に伴い、業務時間内で関係性を割り切る傾向が増加。スタッフが「自分が楽しむこと」で完結してしまい、ゲストを巻き込んで期待を超える感動を生み出すという機能が弱まりつつあることに、現場はリアルな危機感を抱いています。
宿の評価は高くても「今後、リピーターが生まれないのではないか」という不安を抱えていると、山上氏は語ってくれました。
5. 現状への解決策:採用・情報発信のアップデートを
この現状課題に対する解決策を、ここでは考えてみたいと思います。
解決策の一つとして提案できるのが、「採用・情報発信のアップデート」です。
課題の背景にあるのが、従来の「ゲストハウス好き」「外国人と交流したい」という文脈での募集では、現代の若者のニーズとマッチしづらくなっていると考えられます。
5-1. 背景整理
ゲストハウスという存在がバックパッカーやライダーなどの旅好きがメインであった開業当時と、民泊という選択肢も増えゲストハウスもすっかり一般化した現在では、ゲストハウスを取り巻く状況が大きく異なります。日本各地の隠れたスポットを目的地としてわざわざ足を運ぶインバウンド客もめずらしくはなくなりました。
山上氏も、海外からの滞在客がスノーシーズンの長期滞在を中心にここ数年で激増し、須坂市と隣接する長野市や高山村にも民泊事業者が増えたと話します。そうした市場や周辺環境の変化を受けて、「ゲストハウスで働きたい」という人たちのモチベーションはかつてとは変わってきていると言えます。
5-2. 考察と根拠
では、「ゲストハウス蔵」のような、地域住民と観光客、国内と国外など多文化が混じり合う場所への思いを持つ人がいなくなったのか?
といえば、答えはNOだと思います。
そうした思いを持つ人たちがいる場所(クラスタ)が以前と変わってきている、というのが実態に即しているのではないか。東京や日本全国の現場でのヒアリングから捉えた肌感覚ではありますが、私はそう捉えています。
例えば、宿場JAPANの運営する「品川宿ゲストハウス&ツアーズ」のここ5年ほどの採用実績でも、ゲストハウス開業志望者からの相談は減っていません。実際、(投資目的ではない)若者からのゲストハウス開業志望者からの相談もいただきますし、本年3月にも卒業生スタッフの一人が地元滋賀でゲストハウスをオープンさせたばかりです。
※卒業スタッフ・早川康輝さんは地元の長浜で「長浜ゲストハウスミカタ」をオープン。詳細は公式Instagramと記事をご覧ください。
あるいは、私も年に何度も訪れる北海道浦河町や長野県松川町など、地方の小さな街に来訪しているお試し移住やふるさとワーホリの来訪者たちのほとんどは海外経験がない方である、ということ。つまり、これまでのゲストハウスの機能が、国外含めて旅や異文化コミュニケーションに慣れたバックパッカーが集う宿泊施設から、人と人・地域と外部がつながるハブに移行してきているのです。
https://www.instagram.com/p/DW-XRKhEyAt/
北海道広尾町に地域おこし協力隊として移住した20代の夫婦が、今年4月にオープンしたばかりの音調津ゲストハウス「日靜」。宿場JAPANとは「北海道とんがりロード」の取り組みを通して繋がり、ゲストハウスを開業したいという夢を語っていた。彼らも旅そのものよりも、地域コミュニティや地域資源を活かした価値づくりに関心をもつ。
(これまた仮説ではありますが、品川宿に来訪する日本人のバックパッカーの高齢化も感じています。若者が海外に出れないまま大人にならざるを得なかったコロナ期間3年間ほどのブランクが、バックパッカーカルチャーを途絶えさせたのではないか・・・とも思っています)
5-3. これからのゲストハウスの在り方
「ゲストハウス蔵」は、それまで何もなかった場所に生まれ、見事に地域のハブとして外と内とを繋ぐ役割を果たし続けている貴重な事例です。したがって、「地方創生」「関係人口創出」「観光まちづくり」といった社会性の高い文脈で真面目に情報を発信することで、現代のより意識の高い人材(プロボノ的関わりを求める層など)を獲得できる余地は大きいと言えるでしょう。
ゲストハウス・宿・観光 といったキーワードより外のジャンルにいる【多様性・多文化共生・まちづくり・地方創生・関係人口・コミュニケーション】といった領域に対象を広げてみる。それらのキーワード領域に関心を持ち、自身の興味関心を発揮して経験を積む実践場所を探している若手をターゲットに、情報発信を行う術を検討してみても良さそうです。
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サステナブルツーリズム(持続可能な観光)とは、箱を作って終わりではありません。過去の「空き家問題」や「地域との摩擦」を解決し、ようやく軌道に乗ったとしても、時代と共に「労働環境の変化」や「コミュニティの熱量維持」という新たな課題が必ず訪れます。この綺麗事だけではない、泥臭い事業継続への葛藤と解決策のアップデートを続けるプロセスこそが、サステナブルツーリズムの現在地と言えます。
今後も、旅先で出会った具体的な事例をピックアップし、そこから導かれる成功のポイント、持続可能な観光・まちづくりの次の潮流を感じさせるヒントを発信していきます。
宿場JAPANは、ツアー造成や運営、ゲストハウスをはじめとする拠点づくりなど、ソフトからハードまで、サステナブルな観点でまちと人を繋げる仕組みづくりを得意としています。
ともに地域の明るい未来をつくっていくために、宿場JAPANは旅を通した連帯を強化しています。
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