2025年末の海外スタートアップ界隈は、AI以外の領域で風雲児が生まれています。今回私が面白いと思ったのは、まるで異なる領域に挑む三社、「精神疾患の新薬開発に挑むSyremis Therapeutics」、「ブランド独自の後払い決済を支えるImprint」、そして「コンパクトな核分裂炉でエネルギー革命を狙うRadiant Nuclear」です。それぞれが既存の常識とは違うアプローチで投資家の心を掴んでいるそうです。
ムスカリン作動薬とNMDAアンタゴニストで精神疾患に挑む Syremis社
従来の抗精神病薬はドパミンやセロトニンなど広い神経伝達物質を抑制するため、認知機能の低下や体重増加など副作用が避けられませんでした。そんな中、Syremis社のリード候補ST‑905はムスカリンM1/M4受容体を選択的に刺激し、幻覚や認知障害を改善する狙いです。同社はさらに、うつ病や双極性障害に新たな治療手段をもたらす次世代型NMDAアンタゴニストST‑901も開発中で、臨床入りに向けたIND準備を進めています。
この「選択性の高いムスカリン作動薬+NMDA遮断」というユニークな組み合わせは、Karuna Therapeutics社(現Cobenfy社)が同じM1/M4作動薬で好成績を出した流れを踏襲しつつも新たな一歩を踏み出すものです。
投資家たちがこのようなSyremis社に大きな期待を寄せている背景には、主に二つの理由があります。一つは新しい作用機序です。神経生理学に基づく異なるターゲットに挑むことで、既存薬では十分改善できなかった症状を克服できるかもしれません。もう一つは、TevaやKaruna出身の経験豊富な経営陣が率いるチームです。こうした科学的な差別化と現場力の両立が評価され、SyremisはシリーズAで約1億6,500万ドルという大型の資金調達を実現しました。失敗も多く、敬遠されがちな精神疾患領域にあえて踏み込み、明確な仮説と覚悟を持って挑む同社は、患者にとっても、そして市場にとっても意味のある存在になっていくのかもしれません。
ブランド専用の後払いでリスクを抑える Imprint社
「BNPL(Buy Now Pay Later)」ブームの裏側で、顧客の過剰な借り入れや与信コントロールの甘さが問題となっています。そんな中、Imprint社は従来型の後払いとは別次元のサービスを提供しています。同社のコア製品は、ブランドやリテーラーが独自の共同ブランドクレジットカードを発行できる「Imprint Core」です。ここにはリアルタイムの取引台帳と独自のアンダーライティングエンジンが内蔵され、申込時には伝統的な信用情報に加えて銀行口座のキャッシュフローや購買履歴といった代替データも活用します。2025年6月にはNova Creditと提携し、「Cash Atlas」による口座入出金分析を導入しました。これによりクレジット履歴が薄い人でも収入や支出の実態に基づいて審査できるため、返済能力の過大評価を防げます。
さらに、不正検知やコンプライアンス機能がプラットフォームに組み込まれているため、違法な利用やマネーロンダリングのリスクも最小限に抑えられます。結果として、同社のカード保有者の中央値年収は約7.5〜8.5万ドル、FICOスコアは715〜720点とプライム層が中心となり、延滞率は4〜4.5%と米国の一般的なクレジットカード債務不履行率と同程度に収まっています。こうした健全なポートフォリオを背景に、Imprint社は2025年10月、総額3億ドル規模の資産担保証券(ABS)でFitchから最高位のAAA格付けを取得しました。その結果、低金利での資金調達が可能になりました。ユーザーにとっては分割払いの柔軟性を享受しつつ、ブランド側はリスクを負わずに顧客ロイヤルティを高められる、ウィンウィンの仕組みです。
ポータブル原子炉でディーゼル代替を狙う Radiant Nuclear社
Radiant Nuclear社は1 メガワット級の運べる原子炉を開発し、災害現場や遠隔地、AIデータセンターなど「電力のないと困る場所」への導入を狙っています。2025年12月に同社は3億ドル以上を調達したと発表しました。ラウンドを主導したDraper AssociatesやBoost VCなどの投資家は「ポータブルな核エネルギーは未来の電力を形作る」と述べ、Radiantチームの実行力を評価しています。
Radiant社のマイクロ原子炉は、ヘリウム冷却とTRISO燃料(グラファイトとウランの小球をカプセル化した燃料)を採用しており、溶融事故に強い設計です。大きさは40フィートのコンテナほどで、トレーラーで輸送可能。1 MWの出力でデータセンターや遠隔地の施設を長期間にわたって動かせます。通常は5年間隔で燃料を入れ替え、約20年の寿命を終えたら丸ごと工場に持ち帰って解体・廃棄する形です。
また、同社は米国エネルギー省と高濃縮低濃度ウラン(HALEU)燃料の調達契約を結び、テネシー州オークリッジに世界初のマイクロ炉工場「R‑50」を建設中です。この工場では2028年までに年間50基の量産体制を確立し、まずはEquinix社に20基を供給する契約を締結しました。最初のデモンストレーション炉は2026年にアイダホ国立研究所で臨界実験を実施し、2028年以降に顧客への納入を目指します。データセンター向けには、「ディーゼル発電機に代わる低炭素・常時稼働の電源」として注目されており、AIブームによる電力需要増加が追い風になっています。
投資家のティム・ドレイパー氏は、放射能漏れを懸念する声があることを認めたうえで、Radiant社の設計思想そのものが従来型原子炉とは大きく異なると指摘しています。Radiant社のマイクロリアクターは小型で出力が限定されており、受動的な安全設計により、外部電源や人為的な操作がなくても炉が安定する仕組みになっています。また、燃料や構造材も高温や損傷に強く、重大な放射性物質の拡散が起きにくい設計です。そのうえでドレイパー氏は、「Radiantは数か月単位で炉を組み立てられる柔軟性を持ち、従来の巨大原発とは別物だ。こうした安全性と機動性を兼ね備えたポータブル原子力こそが、今後の増分エネルギーの主力になる」と述べています。防衛や災害対応、遠隔地インフラなどの用途でディーゼル発電を代替できれば、燃料の輸送や騒音・排出を抑え、気候変動対策にも寄与します。無骨な話題ですが、1 MWの箱を背負ったトラックが山奥に電力を届ける姿を想像すると、ちょっとワクワクしませんか?
最新事業の裏側には、派手なAIの話題に埋もれがちな革新者たちがいます。気が遠くなる臨床試験に挑み、新しい薬理ターゲットに賭けるSyremis社。消費者金融に倫理とテクノロジーを埋め込んだImprint社。そして、SFの物語のような「持ち運べる原子炉」を現実にしようとするRadiant Nuclear社。これらの挑戦は、身近なところでビジネスやライフスタイルにも思わぬ形で影響を与えるかもしれません。カジュアルに情報収集を続け、面白い種を見逃さないようにしていきたいです。