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【21卒内定者紹介Vol.8】人見知り少女から全力投球ダンス少女へと。揚羽で全力になりたい訳とは…?

#アップデートが予定されています。

大学以降ずっとiPhoneを愛用していますがすごい頻度でOSアップデートされていくので、気がつくと2バージョンくらい前のOSのままということがよくある望月です。

さて今回は、「自分の全力」をアップデートし続けたい!と話してくれていた
内定者の大木さんにインタビューをしてきました。

大木 優美(Ohki Yumi)
川崎生まれ川崎育ちの末っ子。桜美林大学リベラルアーツ学群卒業予定。家は内装会社を経営。
幼少期はかなりの人見知りだったが、反対に好奇心旺盛で3歳からピアノ、小1からダンス、小2から書道、水泳などを経験。
中学・高校時代に所属していたダンス部の顧問によって本来の自分の姿を知り、努力することの大切さを学ぶ。
大学時代には関東最大規模のストリートダンスサークルに所属し、振付師を担当。
NPO法人外国人支援団体や福島県田村市での復興支援ボランティアも経験。
現在は、一般社団法人全日本大学ストリートダンス連盟の高校生事業部にて幹部を務めており、
高校生ダンス部のダンスと勉強の支援をしている。

趣味は映画鑑賞(中村鴈治郎主演の「浮草」を最近観ました)と読書(重松清の「とんび」がお気に入りです)、かぎ針編み。

最近は、意中の男性にバレンタインのお菓子を作ったが、冷められているのか(?)なかなか渡すことができていないという寂しい生活を送っているそう…。

Chapter.1:私にとっての『ダンス』

ー「全力投球ダンス少女」ダンスに懸けている感じが伝わるタイトルですね。
大木さんにとってのダンスとはなんでしょうか…?!

おお…。揚羽の先輩方にもダンサーさんが多いので、これはかなり答えるのがプレッシャーですね(笑)

私にとってダンスとは、

・人生を語るうえで欠かせないもの
・その時にしか生まれない感情を一瞬で目に見える形にして表現できるもの
・言葉にできない感情のアウトプット
・それを見た一人ひとりに唯一無二の感情を生ませられるもの
・普段の自分とは違い、全くの別人になれるもの
・過去の自分を変え、成長させてくれたもの

といったところでしょうか!



ーたくさんでてきましたね。
最後の「過去の自分を変え、成長させてくれたもの」が気になりますが…

私は中学に上がるまでめちゃくちゃ人見知りでした。

二つ上の姉が私の性格とは裏腹に誰にでも明るく接し、周囲の人々を笑顔にさせられる子どもだったので、常に姉の後ろに隠れていたんです。

「羨ましいな~」と思いながらも「後から姉のような明るい性格に直せば、真似をしたように思われるかも…?」「同じような人間になってたまるか」みたいな変なプライドがあったので、いつも姉の後ろに隠れて様子見をしていたことが人見知りきっかけだったかもしれません。

ーお姉さんに憧れているけれど、真似したとは思われたくない、という感じですね
幼いころからいろいろ考えて慎重に行動するタイプだったんですか?

おっしゃる通りです。
親や学校・習い事の先生は今何を求めていて、どういう行動を取ればいいのか
周囲をよく観察して行動に移していました。

よく観察してから行動に移していたからからか、初めて挑戦することもほとんどが上手く進んでしまい、失敗や挫折をして苦しむ経験がありませんでした。


ーはじめからなんでもできてしまう器用さがあったんですね!

最初から思うようにできない人にすれば羨ましい悩みかもしれませんが、そんな自分が大嫌いでした。

なぜ嫌いなのかというと、ある程度結果が出せた時点で満足し、その先に向けて努力することをやめていたからです。

ある程度器用にできても、物事って限界がないじゃないですか。

「突き詰めよう」と思えば、とことん努力すればいいし、その過程で必ず失敗する経験や立ちはだかる壁を乗り越えようとする経験が生まれるはず。

ですが、私はそこまでやろうとしなかったんです。だからそんな自分が大嫌いだったんです。


ー器用さがあっても突き詰める力がない自分に自信が持てていなかったんですね。

そんな私を変えてくれたのが、ダンスです。
厳密に言えば中学・高校時代に所属していたダンス部の顧問の先生です。当時30歳半ばの女性で、目の下に黒いアイラインを引いているイカつめの保健体育の先生です(笑)

所属していたダンス部では、かつて私が過ごしてきたような「成長することを要求しない」「ある程度器用にできてよしよしされる」環境ではありませんでした。

どんなに小さいことでもできないところを見逃さず、とことん上を突き詰めるように指導されました。

挨拶や返事などの礼儀はもちろん、報・連・相の基本や授業態度も、です。
大きな声でお叱りを受けたり、心も身体も削れるほどの練習内容でしたね(笑)

当時は一日一日を生きるのに精一杯でした…。今振り返れば「努力は必ず報われる」という顧問の言葉を胸に、全国大会入賞を目標に毎日朝から夜まで練習した日々と仲間は一生の宝物です。

(これは高2の時に有言実行するために顧問の部屋に貼ったものです(笑))



ーダンス部での濃い経験をした中学・高校時代。ダンスでは結果、目標達成できたんですか?
神奈川県庁で行われた全国ストリートダンスバトルという全国大会で5位を取ることができました。
なのですが、大会の2週間前に倒立のしすぎで右肩を負傷してしまい、当日はミイラのようにテーピングをして出場しました(笑)


Chapter.2:「自分のために」ではなく、「誰かのために頑張りたい」

ーダンス漬けの高校時代。大学もまたダンス漬けだったと聞きました!

はい。そうです。大学時代にダンスを続けていく中で気づいたことは自分のために頑張るよりも「誰かのために」頑張る方が自分らしくイキイキしていられるということです。


ー「誰かのために」とは?
高校までは自分の怠けている部分を強くし、自身の成長のために壁を乗り越えてきました。

ですが、大学で所属していたサークルでは振付師をやらせてもらい、「みんなのために」という視点で動くことがほとんどでした。

ダンスをがむしゃらにやってきた私には、様々な目的を持って人々が集まる”サークル”に慣れるのがかなり難しかったんです。

そんな中、振付師を務めることになり戸惑いもありましたが、やると決めたからには全力を尽くすことを決めました。

人数が多いほどそれだけのニーズがある、ならば全員のニーズに対応していくしかない!と思い、同期や後輩と頻繁にコミュニケーションを取り始めました。

「この子はどういう想いでサークル活動をしたいのか」「サークルで何を得たいのか」

ということの情報収集をしました。

チームとしての目標を高く掲げながらも、日々みんなが「今日の練習楽しかった!」「成長を感じられたかも」「やっぱりまだまだだな~」「サークル入ってよかった」などと感じられるように練習の回し方や発する言葉を意識してみたり、自宅で家族相手に練習のシミュレーションもしました(笑)

そのように、「誰かのために自分の力を注いでいる」のが一番自分らしくイキイキしていると気づいたんです。



Chapter.3:常に「全力」の更新をしていきたい!

ーそんな大木さんの就活はどのように進めていったのですか?

中学から大学までずっとダンスしかしてこなかったので、いざ就活となった私は…「何から始めたらいいんだろう」の一言でした。

これまではダンスを通して自分らしく生きてきましたが、仕事となると何がやりたいんだろう…と立ち尽くしてしまいました。そこで、当時から現在もお世話になっている全日本大学ストリートダンス連盟がダンサーの就活支援も行っているので、相談をしに行ったのが就活の始まりです。

信頼ある社会人の先輩に自己分析を手伝っていただき、

・「将来どういう人間でありたいのか」の言語化
・その将来像に近づくための一つの手段として企業に就職するという選択があること
・企業選びの決め手は、現在から将来像となるゴールまでさまざまな道のりがある中、最短距離をみつけること

など、就活の入口において重要なことを教わりました。

基本的に自分がその仕事に全力を尽くせて、ワクワクしながら働ける仕事であれば業界はどこでもよかったんです。

ー希望する業界がなかったということですが、具体的にどういった業界を見られていたのでしょうか?

広告、ブライダル、人材、航空、サービス、エンタメ、情報・通信…などなどです。

ーおお、かなり幅広いですね(笑)大木さんの就職活動をする上での軸は何だったんでしょうか?

就職活動をする上での軸は、主に四つありました。

①人の感情に語りかけ、心を動かせる仕事であること
②自分自身がワクワクして働くことができ、とことん全力を尽くせる仕事であること
③個性豊かで熱量高い社員が多くいる企業であること
④20代で経験を詰め、大いに成長できる企業であること

どの軸にも強い想いがありますが、特に「個性豊かで熱量高い社員が多くいる企業であること」はかなり重要視していました。学生時代、ダンスに熱中していた時も、ボランティアなど新しいことを始めた時も周りには一緒に切磋琢磨する仲間がいました。

お互いに表現したいものが異なったときや意見が食い違った時には、遠慮なく意見をぶつけ合い、自分にないものを吸収して成長に繋げてきました。達成したい目標が一緒だからこそ、成し遂げたいことへの想いが強いからこそ、頭を抱えることも幾度となくありましたが、その都度気づくことは「共に支えあい、一つの物事を成し遂げようとする戦友は自分にとって欠かせない」ということです。

だからこそ、社会に出て共に戦友となる「人」は重要な軸でした。


ーなるほど。人を重視していた大木さんにとって揚羽はどんな印象でしたか?

私が揚羽に出会ったのは、先述したダンサーの就活を支援している就活エージェントからの紹介でした。「人がいい」と伺い、期待しながら訪問した揚羽ですが、私の期待を大いに上回る結果になりました(笑)

まず、最初にお会いした人事の米田さんや松儀さん(何度も面談していただき、非常にお世話になりました)が学生との間にパソコンを開かず、マウスの代わりにボールペンを持っているんです!!

これは他社では一切経験することがなかったので、その時点で、私的にとても好印象でした!(私は恋愛においても一目ぼれ気質なのですが、当時はそれに似た気持ちになりました(笑)


ー紙にメモするスタイルだったんですね!たしかに今どき珍しいかもしれませんね。

その後も好印象の加速はまだまだ止まりませんでした。

面談をさせていただく中でも、私の話を真剣に聞いて学生と同じ目線に立ち、理解してくださったり、わかりやすくかつ丁寧にアドバイスしてくださる姿が印象的でした。

今思うと、人事と学生という立場ではなく、「一人の社会人と一人の学生」という立場でお話をしてくださっていた気がします。

人事の方々は、人という軸を大切にしている私に多くの社員さんをつないでくださいました。

さまざまな部署、入社歴の先輩方とお話させていただいたり、社内での会議や営業の現場にも参加させていただいたり。

どの場面でもそこで働いている揚羽の先輩方は全員がイキイキとしていて、自分の仕事に誇りを持ち、顧客や社員、学生など出会う全ての方と本気で向き合っている姿が見て取れました。


ーつまり、「人」という点では揚羽と大木さんの求めるものがぴったりだったと…?

はい、おっしゃる通りです。素直に「揚羽のみなさんと働きたい」と思いました。

また揚羽に決めた理由には、ダンスとクリエイティブの共通点の多さもあります。

何もないゼロの状態から作り上げていき、完成までに試行錯誤するもの。
正解がない。見た人によって感情が違うけれど、人の心は動かすもの。
やらなくても死ぬわけじゃないもの。

といったところでしょうか!


ーうんうん、確かに似ている気がします。それでは最後に、揚羽でやっていきたいことを教えてください!

これまで以上に自分が選択したことに対してとことん努力していきたいです。

努力した先にある結果がどん底のような失敗であっても、「失敗から学ぶ努力」へと転換して常に前を向いていたいです。努力すれば必ず学びが得られるのは学生時代に学んだことなので、「やるかやらないか」の分かれ道に立った時には必ず行動に起こしていきたいです。

最後に「あの時もう少し早く動いていれば…」「力が足りなかった」と後悔するのは絶対に避けたいので、自信を持って日々の選択をしていきたいです。

ダンスに打ち込んだ「全力」以上に「最上級の全力」で目の前のことに打ち込み、果たしてその先にある自分の姿がどんな姿なのか、それを確かめるためにも常に全力の更新をしていきたいと思います!

ー全力の更新。なんだか心に響きます…!

ありがとうございます!「人」という軸でよく吟味して選んだ揚羽だからこそ、先輩方の尊敬すべきところを盗んで、自分のものにし「いやあ〜やっぱり大木にしかできないわ、その仕事!」とか言われたいですね(笑)



ー是非じゃんじゃん盗んじゃってください!
大木さんの働きぶりがこれから楽しみですね。活躍期待しております!

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