本記事は、株式会社アグリベースにかほ 代表取締役・佐藤佑介の想いを綴ったものです。
2026年1月5日、農業法人「株式会社アグリベースにかほ」を設立しました。
この日を迎えて、強く感じていることがあります。
それは、これまでの出会いも、選択も、遠回りに見えた時間も、すべてが今につながっているということです。
私は秋田県にかほ市で生まれ育ち、40歳になる今まで、この土地で暮らしてきました。
母の実家で、姉と妹と祖父母に囲まれて育ちました。裕福ではなかったものの、不自由のない、温かい家庭でした。
祖父は、勤めに出ながら米づくりも続ける、寡黙な働き者でした。
幼い頃から田んぼに連れていかれ、小学生の頃にはコンバインや田植え機を動かしていました。
農業を継ぐことに、疑いを持ったことはありませんでした。
転機は、28歳の冬に訪れました。
林業の仕事中に祖父が事故に遭い、下半身不随になってしまったのです。
もうすぐ米づくりが始まる時期。
農業をどうするのか、決断を迫られました。
会社では責任も増え、余裕はありませんでした。
それでも、「忙しいから」という理由で、祖父が守ってきた農業をやめることはできなかった。
どうなるか分からなくても、やるしかない。そう決めました。
しかし現実は甘くありませんでした。
田植えまでは何とか乗り切ったものの、その後の管理は分からないことだらけ。
祖父は病院にいて頼れない。
毎朝4時に起きて外に出て、集落の誰かを探し、「今、何をすればいいか」を聞く。
6時に戻って身支度をして出社し、夜遅くまで働く。
そしてまた、翌朝は田んぼへ。
そんな日々が続きました。
秋、田んぼを見たときに言われた言葉を、今でも忘れられません。
「これは人災だな」
「自分の予定じゃなく、苗に合わせないとダメだ」
周囲と比べて明らかに小さい稲。
悔しさと同時に、自分の甘さを突きつけられました。
その年、私は会社の代表になりました。
そして決断しました。
会社経営と農業の両立はできない。
このままでは、どちらも守れない。
祖父に申し訳ない気持ちを抱えながら、農業を手放しました。
その後、祖父は亡くなりました。
本来であれば継ぐはずだった農業を継がなかったこと。
祖父が守り、家族を育ててくれた農業を、自分の代で止めてしまったこと。
その引っかかりは、時間が経っても消えることはありませんでした。
だからこそ、今回の「株式会社アグリベースにかほ」の設立には、大きな意味があります。
あの頃の自分ひとりでは、農業を守ることはできなかったと思います。
想いだけでも、気合いだけでも、続けることはできない。
でも今は違います。
AKIMATEグループとして積み重ねてきた時間があり、信頼できる仲間がいます。
さらに、地域で実績を持つ株式会社権右衛門にも出資いただき、農業を「個人の頑張り」ではなく、「地域で未来へつなぐ事業」として取り組める体制が整いました。
守れなかった過去があるからこそ、今度は守りたい。
継げなかった時間があるからこそ、これからはつないでいきたい。
アグリベースにかほは、実家の農地だけでなく、地域の農地を守り、にかほの農業を未来へつなぐための土台です。
祖父が生きているうちに、この姿を見せることはできませんでした。
それでも、これからしっかりと形にしていきたいと思っています。
祖父が守ってきた農業を、今度は自分たちが守り、つないでいく。
その歩みを、このにかほの地で続けていきます。
きっと祖父も、どこかで見てくれていると信じて。