みなさまこんにちは、あゆざわです。下の名前がみどりなだけに光合成(と書いてひなたぼっこと読む)が大好きですが、高温多湿が苦手です。誰かサンフランシスコに連れてって。
この記事を書き上げてから読み返したらだいぶ長かったので、弊社の北澤編集長から3部構成にするよう指示がありました。とほほ。
というわけで、今回は順次公開の3部作となります。最後までお付き合いいただける方がどれぐらいいるか楽しみです。目次をつけておきますので、ご興味のあるところからどうぞ。
目次
第1部
■ まえがき
■ 原典について
■ 成長における変化とはCANの増大である
■ WILLはベクトルである
■ 仕事における成長とは、相手のNEEDを満たせるようになること
第2部(近日公開)
■ ポテンシャル = WILLの確からしさ - CANとNEEDの距離
■ 企業にもポテンシャルはある
第3部(近日公開)
■ 外側のNEEDにどのように応えていくか
■ できることが増えると視野が広がる。視座が上がる。視点が増える。
■ まとめ
■ あとがきと、空っぽの言葉に命を費やすことの愚かさについて
まえがき
さて。これを書いているのは関東梅雨入り宣言も間も無くかという6月、就活戦線が本格化しています。弊社も御多分に洩れず応募をいただいています。
その中で、
「成長できる環境を探している」「成長したい」
という話を切々と語る学生さんの多いこと多いこと。
すごい、みんな素晴らしい!私が就活生の時そんなこと1mmも考えなかったよ!
(そういえば、「圧倒的成長」という言葉の元ネタは『賭博破戒録カイジ』の「圧倒的感謝」、Twitterでの「圧倒的成長」の初出は2009年頃らしいですね。2009年といえば「草食系」「事業仕分け」などが流行語大賞に選ばれていますが、今やそれらを見聞きすることはほとんどありません。一方で、「圧倒的成長」に関しては10年近くたった今でも求人のタイトルになっているのを見かけます。言葉(特に流行り言葉)というものは消費されるものなので、要するに、まだ「圧倒的成長」は人々もしくは企業から求められていて当然その供給も続いているということで、、、この辺りの話はまた今度。ちなみに、圧倒的成長という言葉には今も昔も生理的嫌悪感を覚えます。なぜだろう。)
なにはともあれ、成長したいと思うことは素晴らしいことです。成長意欲があるやつとないやつだったら、当然、前者がいいに決まっています。就活生のみなさん、積極的に成長意欲をアピールしていきましょう。成長意欲の低下はそれすなわち老いなのだから!
そこまで思って、
…なぜ?
と、思いました。なぜ成長意欲のあるやつがいいに決まっているのか。どちらがいいかと聞かれたら、確かに成長意欲のあるやつがいい。なんでだろう。なぜ、世の中は、私は、「成長意欲=美徳」としているのだろう。なぜ、「圧倒的成長」という言葉は10年近くも生き残っているのだろう。成長とはなんだ。
これがここ数年間の、私のひとつのテーマでした。
昨年3月、私はとある業務を通して「成長」の正体を暴きにかかりました。別に「成長を定義づけせよ」という仕事ではなかったのですが、その仕事を通して出会う「成長」という言葉が、当時の私の耳にはやたらと軽々しく聞こえました。これは「成長とは何か」という命題に対して私自身がその答えを掴み血肉にしなければこの仕事を納得する形で終えることはできない、と思ったのです。
そのとき私は、暫定的に「成長とはポジティブな変化である」と定義づけました。が、残念ながら、それは私にとって一番納得のいく答えではありませんでした。なぜなら「痩せた!」は私にとってポジティブな変化ではあるけれど、それが成長かと問われればNOだからです。「ポジティブな変化」という表現は間違ってはいないと思うのですが、成長という言葉を説明するに必要十分ではありません。
成長について考える機会を与えてくれたPJTは無事終了しましたが、結果として、私の「成長とは何か」という問いは消化不良のまま残りました。そして、1日に何回も成長という言葉が出てきていたので、考えるのに疲れた私は「これはもはや鳴き声だなぁ」などと密かに思っていました。
だがしかし。
先日、弊社の鈴木が書き上げた新規事業奮闘記を読んだ瞬間、「成長」が腹に落ちる音が聞こえました。
↑気になる方はぜひ↑
前書きが長くなりましたが、そんなわけで今回は「成長とは何か、なんのために成長するのか」をテーマに一本書いてみようと思います。
念のため、言葉の確認を先にしておきましょうか。
せいちょう【成長】
( 名 ) スル〔古くは「せいぢょう」とも〕① (人・動植物が)育って、大きくなること。一人前に成熟すること。大人になること。 「子が立派に-する」② 物事の規模が発展して大きくなること。 「 -産業」 「経済-」③ 個体・器官・細胞の形態的あるいは量的増大を伴う変化。環境条件によって一定の限度があるが、高等植物では限られた部分では一生つづく。細菌学では個体数の増加、生態学では個体群の増加にも使われる。生長。 〔同音語に「生長」がある。育って大きくなる、という点で共通するが、「生長」は主に植物が伸び育つことをいい、それに対して「成長」は主に人や動物が育って大きくなること、また、一般に物事の規模が大きくなることをいう〕 (出典 三省堂大辞林 第三版)
ふーむ。辞書によると、「でっかくなること」「増えること」が「成長」のようです。
原典について。
弊社鈴木の記事は、要約すると
「新規事業を立ち上げる一番いい領域とは、WILL(自分がやりたいこと)と、CAN(自分ができること)と、NEED(求められていること)とが重なっている部分。CANとNEEDは足りなくてもWILLの力でどうにかなるけど、WILLの不足はCANとNEEDでは補えない。これは就活や恋愛でも同じ」
という話です。(詳細は本人の記事へどうぞ)
※某知人から「NEEDではなくNEEDSでは?」というご指摘を頂戴していますが、原典を尊重し、この場でもNEEDと表現させていただきます。悪しからず。
この記事自体については、おっしゃる通りだな、と思います。
同時に、この記事によって、私はWILL・CAN・NEEDという3つの表現要素を手に入れました。
というわけで、今回の記事は、この3要素を用いて「成長」を俯瞰してみます。
【用語定義】
■WILL … 自分がやりたいこと
■CAN … 自分ができること
■NEED … 求められていること
成長における変化とはCANの増大である
さて、成長とは何か、という問いに初っ端から回答します。
現在私は、「成長」という観点から眺めた場合のCAN・NEED・WILLの関係性について、下図のようなイメージを持っています。
※鈴木の記事の中で提示されている図とは少し違います。
白丸が「現在の状態」です。
最初、大きなNEEDに対して、CANは小さく、かすってもいない。そのCANをNEEDの方向に拡大していくと(グレーの丸)、重なり合う部分が生まれ(オレンジ部分)、それがバリュープロポジション(直訳すると価値提案、「顧客がベネフィットと感じるもの」と説明されたりもしますが、要するに存在意義)になる。このときCANを大きくしていく力(赤い矢印)がWILLである。…というイメージです。
(ていうか、図表内の言葉を英語にすると急にかっこよく見えるよね!!!!)
そもそも成長が「増えること」「大きくなること」という意味なのであれば、成長を「CANの増大」と捉えるのはしっくりきます。実際、赤ん坊が喋れるようになるのを「成長」と言っても、違和感はありません。できることが増えることは紛れもなく、ポジティブな変化です。
WILLはベクトルである
さて、上の図でポイントになるなのは、WILLが矢印であることです。みなさん思い出してください。矢印といえば…、そう、ベクトルです。(数学の偏差値20台だった私がベクトルを語る日が来ようとは)
要するに、矢印(ベクトル)であるWILLには、大きさと向きがあるのです。
ですからから、こんなこと ↓ が日常的に起きます。
規定のNEEDに届かない、もしくはNEEDに対して全く異なる方向性に伸びていってしまう。正円ではなく楕円、もしくはアメーバ型に育っていく。(これはむしろ普通かも)などなど。
CANだけ見れば成長しているので問題はありません。WILLのベクトルが問題になるのは、他者との関係性において、上図の状態だといつまでたっても相手のNEEDが満たされない可能性があるからです。
仕事における成長とは、相手のNEEDを満たせるようになること
先の図では、図上にあるNEEDは全く価値提案されていない状態にあります。しかし、もしこのNEEDとCANが全く無関係であれば、両者の間にマイナスは生じません。両者に関係がないということはつまり、CANがNEEDに対して「あなたの期待に応えますよ」という宣言をしていない状態です。NEEDは自分の欲求を満たす(もしくは満たし得る)存在のことを知らないわけですから、CANが自分のところに届かないことすら知り得ないわけです。
逆に、CANの存在をNEEDが知っている場合。このNEEDさんはCANさんに対して、「もっと頑張ってくれないかな」もしくは「役立たず」と思っている可能性があります。期待値が高ければ高いほど、それが満たされなかった時の失望というのは大きいものです。
その最たる例が仕事です。仕事とは、「人様のお役に立って報酬をもらう業」のことを言います。要は、仕事は他者の役に立ってなんぼなのです。
先の図が仕事の状態を表している図なのであれば、NEEDの主体は雇用主やお客様ということになります。対価を受け取っている以上、CANは一刻も早くNEEDを(なるべく大きい範囲で)満たしていくことが求められます。つまり、仕事においてはNEEDがどこにあるかを見定め、それに向かうWILLをあなた自身が持っていること、そしてあるべき方向にCANを拡大させていくことが必要なのです。
仕事においてはこれを「成長」と言い、それが求められます。常に相手がいる現状において、上記の状態にあっても「自分は成長している、評価しろ」と言うことはただの独り善がりであり、わがままでしかありません。それが認められるのは学生のうちまでです。
とはいえ、大前提として、WILLは自分自身の意思であり、NEEDはこの世にひとつしかないわけではありません。
「方向性が違う」は単なる「興味ない・志向が違う」ですし(下向きの矢印の下には別のNEEDがあるかも)、「届かない」は「ストレッチな状態」であるといえます。ですから、上記の図の状態がCAN本人にとって不健全な状態かというと、必ずしもそうではありません。何より、成長していることに間違いはないのです。
ですがもし、あなたの現状を図に落としたとき、二つの円と矢印がどう見てもちぐはぐになっていたら、それは軌道修正すべきタイミングにあるのかもしれません。
というわけで、今日は一旦この辺りで筆を置くことにします。
まとめ
■ 成長とはCANの増大であり、それを促進するものがWILLである。
■ 仕事における成長は、CANの増大をもって相手のNEEDを満たせるようになることである。
続編公開しました!
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