「“若者の人生をデザイン”したい」元デザイナーがHRスタートアップ経営に!

こんにちは、Beyond Cafeの飯島です。

僕の自己紹介はいずれ別記事でやるのでひとまずおいといて、今回はBeyond Cafeの取締役であり、僕の上司でもある荒木さんをインタビューしました。

いつもクルーの相談に乗ってくださったり、時に厳しく、時に優しく支えてくれているまさに公私共にパパである荒木さん。

今回はそんな荒木さんに

「なぜデザインを始めるに至ったのか?」
「なぜデザイナーから人材系会社であるBeyond Cafeを立ち上げるに至ったのか?」
「Beyond Cafeで実現したいことは?」

についてお話ししていただきました!

なぜデザイナーから人材会社であるBeyond Cafeを設立するに至ったのか。

意外と(?)知らない荒木さんの過去のお話、必見です!

幼い頃からデザインが好きだった

____今日はよろしくお願いします。改まって話すとなんだか恥ずかしいですが、荒木さんの過去について色々聞いていきたいと思います!(笑)
ズバリ、デザインを始めたきっかけはなんだったのでしょうか?


こちらこそよろしくね(笑)

小さい頃から映画とかエンターテイメントが好きだったんだよ。父親がアパレル関係で働いていたのもあって、デザインに自然と興味を持った感じ。

その時から考えていたことを後から言葉にしたんだけど、それが"Wowファクトリー"

____Wowファクトリー?
海外の人って驚いたり、感動したりすると「Wow!」っていうでしょ?

そこからとっていて、要は人を喜ばせたり感動させたりすること。それが根本にあったからデザインとかに興味を持ったんだよね。

例えば、好きなアパレルショップ、おしゃれなレストラン、千葉にある某テーマパークとかに行くと不思議と心がワクワクするじゃん?

それってデザイナーがそうなるようにいろんな計算のもとに設計してるんだよね。 僕はコンテンツよりそうした空間を創りたい!って思った。

それが起点になってデザインに興味を持って色々してきた感じかな。

勉強はできなかったけど、美術だけは超得意だったし(笑)

自由を謳歌していた高校時代、オーストラリアへの留学

____なるほど、Wowファクトリーの精神がずっとあったんですね。高校時代とかはどう過ごしていたんですか?

中学のころまで親に英才教育をされてきた反動でめちゃくちゃに遊んでた。(笑)

モダンバレエを小さい頃から習わせられたりして、それがすごく嫌で。
今でこそ男性でもフィギュアスケートとかで活躍している選手はたくさんいるけど、当時はバレエやってる人すら少なくてしかも男子だからね。

当時は親に敷かれたレールの上を歩くのが嫌で、その反動からブレイクダンス始めたり、学校サボってスケートパークでスケボーして遊びまくってた(笑)

____えええ、今の荒木さんからは想像できないですね(笑)

よく言われるよ(笑)あとはオーストラリアに留学したんだよね。

日本の閉塞感というかレールを敷かれた人生を歩むことがいいことって社会的に見なされているところから抜け出したくて。

まああとは留学ってなんかかっこよくね?みたいなノリで。

それで希望通りに留学はできたんだけど、オーストラリアに行ってから『ああ、日本ってなんて素晴らしい国なんだ』って気づいた。

確かに、閉塞感だったり、全体に合わせる空気感だったりは窮屈だった。

でもそれ以上に公衆衛生が確保されてたり、インフラが整備されてたり、治安がよかったりっていう世界にとっては当たり前じゃないことが当たり前になってる。

日本に帰ってきてから本当にそれを再認識したんだよね。

それと同時に、そんなに恵まれた国である日本で若い人たちが夢をあまり語ることなく過ごしてるのってすごくもったいないなって感じた。

____その思いがキャリア教育にもつながっていくんですね。

今から考えるとそうだね。でもこのころはまだそこまで考えていなかったかな。

デザイナーになる、ビッグになるっていうのが夢だったから。(笑)

文化祭と友人の死

そんな感じで留学して、帰ってきてからも遊んでたんだけど、あいかわらずデザインは好きだった。

文化祭の時に友達と『教室をクラブにしちゃおうぜ』っていって勝手にTシャツデザインしたり、教室を装飾してクラブっぽくしたり。あとは友達がプロのDJ呼んできたりして(笑)

それで教室クラブにして踊ってたんだけど、安いアンプ使ってたから壊れちゃって。

その時に音楽の先生が『お前ら勝手に何やってんだー!』って怒りに来たんだけど、いい先生だったから高いアンプ貸してくれたり。(笑)

あの頃は本当に楽しかったなー。

そうやっていろんなことして遊んでたやつら5人と将来のことを話してる時に、『みんなでアパレルの店を出そう』ってなったんだよね。

『そのためにそれぞれが得意なことを極めよう』『じゃあ俺モデルやるわ』『俺は服飾』『俺は音楽』みたいな。

そこで僕は"Wowファクトリー"が心の中にあったから『建築やるよ』って。

____まさに青春ですね。教室をクラブにするのはどうかと思いますけど(笑)

まあ昔の話だから(笑)

そんなこんなで夢の話とかしてたんだけど、実際は言ってるだけで『叶えばいいな』ぐらいだったんだよね。

そんな時に、一緒に夢を語っていた友人が交通事故で亡くなってしまった。

その時に死を身近に感じてただの漠然としたものから『ああ、本気で夢を叶えないと』っていう"叶えたい使命"になった。

デザイン事務所での修行、そして独立へ

____そんな過去があったんですね・・・。

その出来事があったから、高校卒業してからは大学じゃなくて建築の専門学校に行くことにした。
まあ実際には学校には行かないでデザインの事務所でインターンって形で修行してたんだけどね。 

その事務所がけっこう大手だったから名前は出せないんだけど、かなり有名なブランドがクライアントだった。

◯◯◯◯◯◯とか✖️✖️✖️✖️✖️✖️とか。

____有名どころじゃないですよ、超人気ブランドじゃないですか(笑)(名前は出せないんですが超絶有名ブランドです)

そうなの。(笑)
だから規模の大きい案件とか色々なことを経験させてもらって超お世話になったんだけど、何を思ったか自分の力で0から挑戦したいって思ったんだよね。

だから24才の時に思いきって独立した。

___いきなり独立って怖くなかったですか?(笑)

そりゃあ怖かったよ。デザインしかしてこなかったから営業とか経理とかなんかしたことないしね。

うまく行く保証なんか全くない。

でも、だからこそやる価値があると思う。

成功するってわかってたらつまんないでしょ?
不確定だからこそ挑戦する価値がある。

それに昔からそうなんだけど一旦やりたいって思ったらやらないと気が済まなかったんだよね。

リーマンショックによる廃業と、IT会社のマーケティングへ

そうして個人で仕事を始めてから色々あったな。
最初は全然仕事が来ないし。それでもちょっとずつ仕事をもらえるようになってきた。

今でも有名なアーティストのツアーの総合ディレクションしたり、有名企業のイベント展示のデザインをしたり。

そうやってなんとかうまくいってたんだけど、リーマンショックがあってね。

イベント展示をメインに仕事にしていたから、企業がそこに回すお金がなくて、仕事がぱったりなくなっちゃって。

____そっか、時代的に10年前だとまさにその時期ですもんね・・・。

それでデザインのことはそこでしかたなく廃業した。

でもその時にデザインだけじゃなくて自分ができないことをやってみたいと思って。営業とかマーケティングとか。

そういう思いがあった時にちょうど知り合いのつてでIT会社で働き始めたんだよね。

そこでマーケティングやったり、営業やったり、WEBデザインやったり、企業のリブランディングしたり。

6年ぐらいそうやって働いてたかな。

きっかけはインドネシアでのボランティアと夢のない日本の学生

____そこからどういう経緯でBeyond Cafe設立に至ったんですか?

きっかけはデザイン事務所が潰れた後の時期にあって。

大学の授業に潜って勝手に経営とかいろんな授業を受けてたんだけど、その時たまたま隣になった学生に『君の夢はなに?』って質問をしたんだけど

『夢なんてない』

って言ってたんだよね。

僕は小さい頃からデザイナーになるとか、ビッグになるとか(笑)、その時々で色んな夢を持ってそれにむかって挑戦してきていたから、夢がないっていう学生を見てびっくりした。

もちろんその学生が悪いわけではなくて、その学生の周りの親や大人、社会の問題だと思う。

高いお金を払って大学に通ってるのに、夢がない。

その現実にすごいモヤモヤした。

あとはボランティアとしてインドネシアの学校にいってダンスを披露してたんだけど、現地の人に『あなたの夢は?』って同じ質問をしたら

『iPhoneを買うことだよ』

っていったんだ。

日本の学生が夢なんかないって言いながらいじっているiPhoneを、現地の人がたくさん働いてやっと買えるぐらいの価値で欲しがっている。

そんな人を僕がiPhoneで撮る。

すごい皮肉じゃない?

しかもインドネシアの人は日本よりは経済的に豊かじゃないけど、日本人よりはるかに心が満たされていて、笑顔が豊かだった。

その現実を知って、日本の若者が夢を持てるような社会を創るためのことをしたいなって思った。

Beyond Cafeの設立へ

___そんな経緯があったんですね・・・! Beyond Cafe創業者・杉岡さんとはどこで出逢ったんですか?

杉岡くんとはそんな経験をした後に働いていたIT会社で出会ったんだよね。

彼は僕が出逢ってきた中で抜群に優秀な営業マンだった。

一緒にやるなら自分とまったく違うタイプの人がよかったし、なにより彼も次世代の若者に対してなにかしらやっていきたいと思ってたから、一緒にやろうってなった。

あとは元いたIT会社の事業が成功してけっこう大きくなってきてたんだよね。それこそIPOするかも、みたいな。

でも僕はそれよりも30を過ぎた時にもう一回独立したいなって。

自分がやりたいと思うことを挑戦して叶えてきた分、夢がないっていう人は後押ししてくれる環境や人が圧倒的に足りない。

だから、夢を追うことの素晴らしさを伝えたい。

____それがBeyond Cafe創業秘話なんですね。でもデザインから人材ってかなり離れていませんか?

そう見えるけど、実際やることは全部"Wowファクトリー"なんだよね。

人に感動を届ける。

それが空間的なデザインから、ライフデザインに変わっただけ。

だから僕はある意味ずっとデザイナーだよ。

若者がやりたいことを実現していきていける社会へ

__荒木さんがBeyond Cafeで実現したいことは何ですか?

人生って1人1人が主役だからこそ、それぞれがやりたいことを実現できるようにしたい。

そのための手段として、クリエイティブ人材を増やしたいね。

これからの時代ってますます個人がクリエイティブを創れることが価値になる。
それこそ、ブロガーとかYoutuberとか。

個人で創るためのスキルがつけばいろんなことに挑戦できるようになるから、まずはそういう人材を増やしたいな。

そうやって若者がやりたいことを実現できるような社会を創っていきたい。

____まさに"Meet yourself”ですね。ぶっちゃけデザインの仕事に戻りたいとは思わないんですか?

今はBeyond Cafeがあるし、仕事としてデザインに戻ろうとはあんまり考えてないかな。

あ、でも将来映画作りたいって思ってる!あとはブロードウェイが大好きだからNYも行きたいし!(笑)

____めちゃくちゃ夢ありますね!(笑)映画楽しみにしてます!今日はありがとうございました!

こちらこそありがとう!

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荒木さんのデザイナーとしての過去や、意外な学生時代のお話を伺うことができました。

若者が『夢がない』ことが社会としても大きな話題になっているこの時代。

そんな時代だからこそ、やりたいことに対して挑戦できる人材を増やす。

Beyond CafeはMeet yourselfをモットーに若者が働くを通じて夢中になれる世界を目指しています。

Beyond Cafeは一緒に働く仲間を募集しています。

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