涙もろい熱きリーダーの営業哲学。「答えは現場にある」から、何より人を大事にする。

金属加工の受発注プラットフォームを展開するキャディで、関西地区のパートナー企業の営業を統括する湯川恭光。

「モノづくりをする中小企業の支援がしたいんです」と語る志は、居酒屋でアルバイトをしていた大学生のころから変わりません。

時には涙ながらに町工場と向き合うというその熱さはどこからきてるのか?
これまでの経歴や、キャディ越しに見据えている未来を、語ります。

製造業、コンサル時代に、モノづくりの現場でなし得た「小さな産業革命」

――湯川さんが製造業に興味をもったきっかけを教えてください。

横浜国立大学の工学部に通っていたころ、アルバイトをしていた居酒屋で中小企業のオヤジさんたちにかわいがってもらった時期があって、その時に「中小企業っていいなぁ」と感じたんですよね。サービス業にどっぷりと浸かっていた私に対して、「湯川はしっかり勉強して、いい仕事につけよ」って、将来のことを気にかけてくださる方がたくさんいました。

そんな情が厚い大人たちの人柄に惚れて、「こういう人たちが働く会社をサポートしたい」という気持ちが募っていったんです。学生時代に触れ合った中小企業のオヤジさんたちへの感謝の想いは、仕事をする上での大切な指針になっていますね。

――事業内容というより、業界にいる人たちを好きになったということですね。

はい。人生のいろんな場面において「人が好き」という理由で選択をしてきたようにも思います。新卒で入社した会社も中小企業と一緒になってモノづくりをやりたいという想いから選びました。

――新卒で入社したのはどんな会社ですか?

最初に勤めたのは阪和興業株式会社という大阪にある鉄鋼系に強みを持つ大手商社です。当時の阪和興業は年間売上が1兆5,000億円くらいで、売上の半分が金属という会社でした。私はそこで建築の柱などに使われる安い鉄を、在庫をもって販売する部署に配属されました。

2009年の4月、リーマン·ショック直後で鉄の金額が150円程度から一気に半額以下に落ちた時期でした。何十万と在庫をもっていましたが、その簿価が半分になってしまったんです。金曜日に配属されて、翌週月曜日の会議で、真っ赤な数字を見させられ「なんじゃ、こりゃ」と(笑)。

中小企業の売り上げを伸ばすために阪和に入りましたが、実際の業務はちょっと違ったというか……。違和感は感じましたね。

――違和感というのは?

鉄のような、商品自体に差異が出づらいものって、付加価値をつけなければ売れないんですよね。当時自分がつけていた付加価値は、飲んで歌って、気に入られること。これは違うなって(笑)。

――目指していた方向性と違うと気づいた後はどうしたんですか?

「独自プロジェクト」として、素材を売るだけでなく加工までを請け負う仕組みを作りました。加工をお願いするパートナー探しをひたすらやっていた時期があります。

当時は、鉄の加工方法や、どういうところがビジネス的においしいのかをまったく知りませんでした。それなら実際に現場を見て回ってしまおうと。入社半年~2年目の間に2,000社ほどを飛び込みで訪問し、工場を見学させてもらったり現場の方に話を伺ったりしていました。

――1年半で2,000社!! それ、物理的に可能なんですね..!

リストを5,000社くらい紙に出力して、そこからは飛び込みです。仕事があいた時間に、上司にナイショで1日30社くらいまわりました。そのおかげでインプット量が増え、何をやっているかが徐々に分かるようになってきたのです。

最初は数字が立たず社内の評価は散々でした。「独自プロジェクト」以外の通常業務でも成果が出せず、会社では問題児扱いされていましたね(笑)。上司からの圧力によるストレス、睡眠不足で帯状疱疹を患い入院する目にもあいました。しかしそういった時期に、ビジネスの基本や、金属加工の難しいところを教えてくれたのは、モノづくり企業の社長さんでした。私のことを育てようと、厳しいことを言ってくださる人もいて。今でも、お付き合いが続いています。

――それで、金属加工事業は…成功したんですか?

現場を回っていくうちに、パートナー企業が増えていき徐々に売り上げも伴ってきたんです。3年目になると国内だけでなく海外にも進出し、新しい仕事もとれるようになってきました。

現場を回っていくうちに、金属加工事業の売り上げを増やしていけるようになっていったのですが、7年間「失敗」をたくさんし、そのたびに加工会社様に助けて貰いました。

私の単純なミスで何十億と損失をだしそうになった時に、普通だったら2-3週間かかるような加工を3日3晩寝ずに助けてくれたパートナーさんもいらっしゃいました(現キャディのパートナーでもあります)。

情けないですがこんな話がたくさんあります(笑)
そういった経験があって「これからもずっと製造業界でやっていこう」という思いを強くしました。

――阪和興業では7年勤めて、転職されていますよね。 ご活躍をされていたさなか、なぜ転職を決めたのでしょう?

商社でできる自分の仕事に限界を感じたんです。加工による付加価値を生み出したとはいえ、安く仕入れ、安く売るのが商社マンの仕事でした。ちょっと悪い言葉で言うなら「買い叩けるか」が問われるわけです。町工場が値下げをするために生産効率をあげようと思っても、そこに貢献できる方法が営業担当である自分にはなかった。それが性格に合わなかったんですよね。なので課題解決ができるコンサルに行こうと決めました。

とはいえ、新卒で手厚く指導してくれた会社でしたし人がとても良い会社なので辞める時は大泣きしました(今でも公私共に仲良くして貰っています)。

――転職した先のコンサルはどういう企業だったのですか?

戦略面、業務面を広く学べそうなデロイトトーマツコンサルティングを選びました。日本の大手自動車メーカーの中国の工場に1年間常駐して、世界中で急速に進む電動化にどう対応していくか戦略設計を支援するプロジェクトに携われたのは思い出深いです。

膝詰めでモノづくりの人たちと刺激てな毎日を過ごす中で、改めて自分はこの業界が好きだと再認識すると共に、資金が潤沢にある大企業だけではなく、中小企業の方たちにもっと寄り添った支援をしていきたいという思いが日増しに大きくなり退職を決め、しばらく個人で中小企業を支援する仕事をしていました。

キャディなら中小企業が大手や世界と渡り合える未来を作れると思った

――転職先としての選択肢はいくつもあったと思うし、個人でも中小企業支援をされていたのに、なぜキャディを選んだのでしょうか。

知ったきっかけは友人からの紹介だったんですが、決め手は3つありました。

ひとつめは「プラットフォーマーになる」という構想のスケールの大きさです。ビジネスを展開する市場が加工分野ごとにみてもそれぞれ1兆円、10兆円の規模を持っているので、事業を大きくスケールさせられます。単純計算の話ですが、市場シェアの100%を取れたとしても、市場規模が全体で1億円ならその事業はそれより大きくなりません。一方で、シェア10%でも、10兆円市場なら1兆円です。

ふたつめは中小のモノづくり企業と大手企業をつなぐプラットフォームが機能すれば、モノづくりの仕事で苦労している人たちが、大手と取引できるようになるし、海外へも羽ばたけると感じました。こういったことは私が商社やコンサルとして現場にいて感じていたけれど、具体的にビジネスモデルに落とせていなかったことなのです。キャディはそれを既に解像度高く事業として形にし、動かし始めていました。

みっつめは人です。CEOの加藤をはじめ、入社前に会った人たちのやってきたこと、やっていること、そして言葉の選び方から信頼できる人であることが伝わりました。キャディなら、阪和興業時代からお世話になってきた町工場の力になれると思いました。

――キャディでの仕事について、どんなことをしているか、改めて教えてください。

サプライパートナーと呼んでいる町工場の開拓をしています。キャディと提携する町工場を増やしていく仕事ですね。私は西日本の拠点長として取引先を開拓する仕事をしています。現在チームは5名で、これから10名以上の体制に増えていく予定です!

――町工場と面と向かってコミュニケーションをする立場として「キャディが価値を生み出せているな」と思うときってありますか?

たくさんありすぎて悩みますね(笑)。

たとえば「キャディから受ける案件のために新しい設備を入れたい。キャディに自分たちの持っているものを全部開示するから一緒にやろう」とか「キャディの仕事ために新しく人を雇いました」と言ってくださる方にお会いしたときは、嬉しかったですね。

これはまちがいなくパートナー企業がキャディとの取り組みに手応えを感じてくれて、将来性に期待してくれているからこそ起こることだと思っています。

――パートナーである町工場がキャディとの取り組みに手応えを感じてくれて、将来に期待してくれている証ですね!

あとは、商社時代には会うのも大変だった人たちが、快く会ってくれるのを感じます。これはキャディのビジネスプランと志の力に違いないです。

先日もすごい出会いがありましたよ。75歳の町工場社長。商社マンを一切受け付けない、その「地域のドン」的な存在です。
そんな方と、なんと5時間ものあいだ、モノづくり業界について熱く語り合う時間をいただいたんです。
その方が涙ぐみながら「キャディみたいな事業が広まっていかないと、自社含めモノづくり産業自体が衰退してしまう。このままでは若い者が働けなくなりどこかで行き詰まる」とおっしゃっていました。

その経営者の方の、従業員の方々への思いやモノづくりへの熱い思いを聞いて貰い泣きをしてしまいました(笑)。

――熱い……!

キャディを信頼してくれる方を増やしていきたいんです。そしてキャディの人間としても、利益追求や一社集中発注を避け、プラットフォーマーとしての誠実なスタンスを築いていきたいと思います。

モノづくり産業の解放を目指して研ぎ澄ました中小企業の強みで世界に挑む

――今後、キャディを通してどのようなことを実現していきたいですか?

キャディのミッションでもある「モノづくり産業のポテンシャルを解放する」を、実現していきたいです。具体的には、5年後には「キャディというプラットフォームに参加したことで、何百、何千の会社が新しくチャレンジできた」といえる状況をつくりたいです。

プラットフォームとしてサービスが拡充すれば地域の枠に縛られなくなり、グローバルでも活躍できる町工場が増えていくでしょう。ニッチだけどある一定の領域で尖っている町工場が顧客を見つけづらい問題も、プラットフォームに乗っかることで安定して仕事がとれて、さらに強みを磨けるようになったら、日本のモノづくり企業は飛躍します。

――キャディには、どんな人にジョインしてほしいですか?

キャディは「至誠を貫く」「もっと大胆に」「一丸で成す」「卓越しよう」という4つのバリューを掲げています。そこにフィットする方に来ていただきたいですね。特に誠実さは大事です。嘘がなく、ちゃんと腹を割って話せる人、変わっていてもいいので、アツい人、何かに卓越している人が良いと思います。ちなみに、東京だけではなく関西での現地採用もあります。

日本のモノづくり産業は、海外でもパフォーマンスを出せると思っています。私はそこに対する施策を打ちたい。そのためにどうするかというのを現場へ行き、さまざまな人とディスカッションしながら一緒に解を求めていける人にジョインしていただけたら嬉しいです。

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