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がん検診から特定健診へ、日本人の健康を作るための選択を経たキャンサースキャンの今とこれから。

キャンサー(cancer)を冠する会社名からもわかるように、「がん検診の受診率向上事業」から始まった株式会社キャンサースキャン。しかし今では、特定健診の受診率向上事業に力を入れています。どのような経緯で、どのような志を持って特定健診の受診率向上に挑むことを決めたのか。これから先、目指すべきものは何なのか。
キャンサースキャンの“真ん中にあるもの”について、取締役副社長の米倉さんとソーシャルマーケティング本部シニアマネージャーの万野さんにお話を伺いました。

<プロフィール>

取締役副社長 米倉 章夫(Akio Yonekura)
東京大学経済学部を卒業後、P&G Japanに入社。消費財ブランドのマーケティング戦略立案・実行、ブランドマネジメントを担当したのち、株式会社キャンサースキャンの設立に参画。P&G流のマーケティングを公衆衛生分野のソーシャルマーケティングに応用した独自の手法を確立させる。その後、2011年からハーバード大学経営大学院に進学し、MBAを取得。

ソーシャルマーケティング本部シニアマネージャー 万野 智之(Tomoyuki Mannno)
立命館大学卒業後、婦人服メーカーへ就職。ブランドマネージャーとして婦人服の企画・販売に携わった後、キャンサースキャンへ入社。ソーシャルマーケティング本部のトップとして、プロジェクトマネジメントや企画・提案、新規プロダクト開発、組織づくりなどに携わる。

キャンサースキャンでは現在、特定健診の受診率向上のための取り組みを主にされていますが、社名にもある通り昔はがん検診に力を入れていたと聞いています。どのような変遷があったのでしょうか?

米倉:特定健診は、国家施策として2008年4月に始まりました。今の段階では、日本人を健康にするために、国が最も力を入れている予防医療の仕組みではないかと私は考えています。特定健診は、40歳から74歳までの国民全員を対象とした予防医療制度で、それぞれの医療保険保険者がその加入者に特定健診と特定保健指導を提供する義務を負っています。ご存知の通り日本は皆保険制度(原則、国民全員が何らかの公的医療保険に加入している制度)なので、一番確実に国民全体に届けることができる方法をとったんだろうなということがわかります。
現状では、働いている現役世代の多くは企業からの案内で健康診断を受けると思うのですが、その場合だと受診率は9割を超えるというデータが出ています。ただ、そこから定年退職をして仕事を引退し、医療保険が健保から国民健康保険(国保)に切り替わると一気に受診率は半分以下になるんです。引退後の方が健康上の問題は増えるので、健康診断等を通じて健康状態を定点観測する重要性がむしろ高まるタイミングでこれはかなりマズい状況です。さらに、受診された方の半分は今すぐ病院に行った方がいいという状態にもかかわらず、そのような方の半分程度はそのまま病院にも行かず放置してしまっているという結果も出ていました。国保の医療保険を運営をしているのは自治体(市区町村)です。自治体の担当者の方々はこうした状況にとても頭を悩ませています。
当初、弊社は日本における死亡原因の上位にあるがんについて、早期発見・早期治療に繋ぐためのがん検診受診率向上を目指して事業をおこなっていましたが、がんの予防事業には、事業的に難しい側面がいくつかありました。一方で特定健診では血液検査の結果で病気の兆候を掴むことができるため、病気に対するさまざまなフェーズでの治療・予防のアプローチをとっていくことが可能です。対象人数もとても多く、「日本全体の健康」という目線で考えた時、社会的なインパクトは大きいのではないかという結論に至りました。

なるほど。「日本を健康にする」という目線で考えた時に、特定健診の受診率を向上させて「病院で治療をしなければならない」状態になる手前でのケアも増やすことで、治療が必須の人々がより一層医療機関でのケアを集中的に受けられる状態や医療費の削減にも繋がっていくかもしれないですね。

米倉:そうですね、そうした結果も得られるかもしれませんが、正直当時舵を切る決断に至った要因としては「現場の声」がかなり大きかったと思います。特定健診が始まって、各自治体はみんな対応できる職員や保健指導ができる専門職の不足に喘いでいました。厚労省側もそれを見越していたのか、外注をしても構わないという予算のつけ方をしていたことで、保健指導の外注マーケットが生まれていきました。それでも、特定健診をどう進めていけばいいのか、どうやって受診率を高めていけばいいのかという点は手探りの状態です。もっと密に連携をとりながらサポートし合える関係性というものが望まれているんだなということは私たちにもよくわかり、がん検診受診率向上のお仕事をご一緒していた自治体さんからも「特定健診の方も助けてほしい」といった声を多数いただいていました。現場の声に背中を押される形で、社会的意義についても納得感を持って決断ができたと思います。

万野さんは当時会社の方針転換を聞いてどう思われましたか?

万野:私は2016年入社なんですが、正直「がん検診の受診率向上の会社」という理解で入社していたので、「あれ? そうなんだ」とは思いました(笑)。でも、そこまで違和感や抵抗感というものはなくて、米倉が言ったたようにがん検診と同じように特定健診の社会的意義もしっかりと理解ができましたし、現場からのニーズも理解ができて、納得感を持って仕事に取り組むことができていたと思います。それに、がん検診だと東京都のような予算が潤沢にある都市部でないと連携することが難しいといった課題も感じていたので、特定健診の事業を通じて日本全国の自治体と連携することで予防医療のインフラをつくっていければ、「人と社会を健康にする」というミッションの実現に向かってより効果的にアプローチできるんじゃないかなという可能性も感じました。


「わからないものを少しでもわかるようにする」ことが、より効果的な手法を見出す術になると信じて。

特定健診については、「実施してもあまり効果がないんじゃないか」といった声もあると聞きます。そうしたまだ確立されきっていない領域に踏み込むにあたり、大切にしてきたことはありますか?

万野:社長の福吉の言葉を借りれば、「エビデンスのないところにエビデンスを作っていく」ということだと思います。キャンサースキャンでは、公衆衛生や行動経済学等のアカデミックな知見、最先端の事例や研究のデータを貪欲に学習し、事業に取り入れるということを積極的におこなってきました。行政の方が、住民の方への平等性という観点で同じ内容のDMを様々な工夫をして送付されていたところにマーケティングの知見を加え、対象者の属性ごとにセグメントし、DM内容を送り分けをして介入効果を飛躍的に高めてきました。また、同じコミュニケーションを複数回やることで義務感等を醸成していく「コール・リコール」という手法を取り入れ応用するなど、行動経済学に基づく手法を用いることはがん検診事業の時から続けています。そうしたベースがありながら、予防医療の効果を高めるための知見や発想を根拠を持って導入し、トライ&エラーを繰り返して成果が出たものを事業化・展開していくという姿勢は会社のStay true to scienceというコアバリューにもあらわれていると思います。特定健診の仕組みには、十分なエビデンスが整っていなかったり、そもそも制度の本来的なポテンシャルが発揮できていないのは事実だと思います。ただ、私たちは人々の行動変容を起こし予防行動を変えて特定健診で十分な効果を作っていきたいと思っており、その評価には近視眼的にならずに、科学的に誠実に向き合っていきたいと考えています。

米倉:ビジネスのタネの部分にアカデミアを交えていくという姿勢があるのは独自かもしれません。
特定健診・特定保健指導のような大規模な仕組みは特に、導入検討の段階で小規模な実験を行い、そこで仕組み自体の有効性を検証するところから始めるべきだと私は思います。特定健診・特定保健指導がそのようなステップを踏まなかったのは、様々な大人の事情があったのでしょう。このような制度開始時点で十分なエビデンスが整っていない制度とどのように向き合っていくべきかは、会社の姿勢が問われる部分です。
この話をはじめると少し長くなりますが、話の出発点として大切なのは、エビデンスが”ない”という状態には二つの状態があるということです。

一つ目は、科学的な検証が行われていないために”まだ”エビデンスがない状態。
もう一つは、すでに科学的な検証が行われ、想定されていた効果がないというエビデンスが”確定”している状態です。

前者は要するに、効果の有無がよくわからない状態です。実は、世の中にはこの状態に分類される制度や施策がかなりたくさんあります。弊社としては、こうした制度等の科学的な効果検証には積極的に関わっていきたいと考えていますし、これがアカデミアとの共同研究を積極的に進めている一番の理由です。後者は、エビデンスのレベルにもよりますが、基本的には会社として行動変容の対象とすることはありません。

エビデンスがないと言われる状態にも二つあるというのは、確かにその通りですね。特定健診・特定保健指導の場合はどちらになるんでしょうか?

米倉:特定健診・特定保健指導のような健診制度になると、話はやや複雑になります。この制度は、対象となる約6,000万人の日本人の相当数が、毎年健診を受け、健診結果に基づいて適切な行動(各種生活習慣の改善や治療開始・継続)を取ってはじめて、そのポテンシャルが発揮される制度です。逆に言えば、その長いバリューチェーンのどこかに穴があると、制度として期待される効果が出ないことが予想されてしまう運用の難しい制度でもあります。
そのため、制度運用を任されている医療保険の保険者(国保の場合は市区町村)は、
・健診受診率を上げる
・保健指導の利用率を上げる
・特定健診や保健指導の効果を高める
・医療の受療率を高める
・治療中断率を下げる
等々、やるべきことが山積みです。

限られたリソースの中でその全てをベストな状態に近づけることは極めて困難なので、いまの特定健診・特定保健指導はまさにバリューチェーンの中にいくつかの穴があいている状態です。制度のポテンシャルが最大限発揮されている状態とはとても言えません。
こうした背景を知った上で、特定健診・特定保健指導については十分なエビデンスがまだないものだと言えると思います。意図したポテンシャルがまだ発揮されているとは言えない特定健診・特定保健指導制度とどのように向き合っていくべきか。

私は、
① 制度のポテンシャルが発揮される状態に可能な限り近づけること
② 科学的な検証を通じて現状の問題点と解決の方向性を明らかにすること
③ 制度自体の改善を科学的根拠に基づいて政治・行政に具体的に提言すること
の全てを、会社としてビジネスの枠組みの中でやっていきたいと考えています。今年度、厚労省の大規模実証事業などにも参画しておりますが、効果があるかないかというのを色々な側面から検証し、効果がないとわかれば、どうすればより良くなるのか考えて仕組みを作り、エビデンスを作っていくというのが私たちのスタンスです。

キャンサースキャンならではの強みという点で、他にはどのようなところを大切にしたいと考えていますか?

万野:「ビジネスとして社会貢献をする」という視点は大切にしています。私たちはあくまで営利企業ではありますが、やっていること自体は社会の健康課題を解決していくことに直結します。だからこそ、「困っている自治体の現場の方の力になれている」ということが何よりも重要だと思っています。実績や成果はもちろんですが、一つ一つの課題に対して誠実に向き合って、中長期的にはキャンサースキャンがそばにいること、伴走支援をすることが今以上に自治体の当たり前になっていけばいいと思います。そのためには、「感じよく話を聞いてくれる人」ではなく、多様な課題や問題に対して専門的なサポートができる存在であるということが大事です。担当者だけではなく、データチームの技術やデータを昇華して自治体に伝えていくことなど、きめ細やかな対応を心がけてきましたし、今後もっと強化していきたいところではあります。

米倉:コミュニケーションに対する向き合い方は、おそらくかなり特徴的だと思います。キャンサースキャンは「行動変容を作る」というところが目的にある会社です。そのため、「これって前にも言いましたよね?」「一回言ったからもういいですよね」みたいな感性の人は一人もいないんじゃないでしょうか。そういうところも意外と大きな特徴かもしれません。


新たな時代、新たなターゲットに向けた、新たな行動変容アプローチを目指す次のフェーズへ。

今後、どのようなことを目指していこうとされているのか教えてください。

米倉:「行動変容」という部分において、これまではきっかけを提供し、それによって動こうと思ってくれる人たちを動かすというところをやってきました。いわゆるローハンギング・フルーツ、「すぐに果実(結果)を得やすい層」を動かしていたんです。もちろんそれでも受診率は上がっていますし、意義のある活動ではありましたが、そろそろ次のフェーズに進化する必要があると感じています。これから先は、「筋金入りの健診に行かない人たち」に対するアプローチが必要です。実際にデータとしても、健診に行く人というのは毎年行くもしくはたまに行く人たちが4割から5割いて、そこの人たちで入れ替わり立ち替わりしているというような現状です。残りの「全く健診に行かない人」たちに対しては、きっかけを提供するだけではなく説得が必要です。根本的に考え方を変えてもらうために、新聞やテレビなどの4マスの影響力も活用しながらコミュニケーションをとっていかなければならないと思います。これまでとは全く違うアプローチで、いかにコミュニケーションを届けるか。「また手紙がきたな」という感覚をいかに裏切る設計ができるかという部分で、SMS等も活用しながら、「ギョッとする」感覚をどう生み出していけるかというところに注力していきたいと考えています。

万野:これまでの行政での健診予約は、電話受付や「予約なしで当日来てOK」といったようなアナログベースがほとんどでした。ただこの数年のコロナ禍で、人数制限や感染症対策の関係上、WEB予約システムなどのデジタル移行が一気に進みました。ある、関東の政令市では、はがきを1回勧奨するよりSMSを複数回送った方が統計的にも優位に効果があるという結果が出て保健事業でのデジタル元年といえる変化があったと感じています。弊社も数年前からデジタルコミュニケーションの取り組みを進めていて、はがき以上に介入タイミングや頻度を柔軟に設計することができ、コスト面も今後拡大していけばメリットが出せるようになることを期待しています。

行政がこれまで培ってきたアナログコミュニケーションももちろん残っていくとは思いますが、各個人によりカスタマイズされたコミュニケーションの方法がこのマーケットでも受け入れられる土壌ができてきたなと感じます。どういったコミュニケーションを組み合わせると効果的なのかという部分について、色々と試しながら良いソリューションを見つけ、社会に実装をし続けていきたいです。

(話し手:米倉 章夫・万野 智之/取材・構成:小中西須瑞化/撮影:横田貴仁)

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