[創業者対談]クラウドエース×株式会社FFRI(1/3)

本連載は、クラウドエース株式会社の創業者である吉積が、創業者で既に上場を経験している経営者と対談する連載企画です。

創業者にとって上場は、会社の運命を握るターニングポイントと言っても過言ではありません。上場までの苦難と喜び、上場を機に訪れる変化。経験者達はそれらをどう受け止め、乗り越えてきたのか。これから同じ道を歩もうとするクラウドエースの創業者が、対談によって引き出したエピソードの数々をお伝えしていきます。

3回目の対談相手は、吉積と徳島の同郷で、日本で始めてサイバーセキュリティの研究開発会社を立ち上げた、株式会社FFRI代表取締役社長、鵜飼裕司さんにご登場いただきました。

全3回に分けてお届けいたします。

Part 1:  起業のきっかけ - セキュリティの研究開発のためアメリカへ


吉積: すごい丁寧に事前アンケート書いていただいて。あまりここまで詳しく書いていただけるのも珍しいです(笑)。

鵜飼さん: あれ、そうなんですか(笑)

吉積: いや、人柄が出てるなぁ、ちゃんとしてるという(笑)まず、アンケートにも書いていただいてるんですが、起業のきっかけをお話していただければなと。

鵜飼さん: 前職はアメリカの会社でエンジニアをずっとやっていたんです。

吉積: アメリカの会社の日本支社?

鵜飼さん: 現地の会社です。現地のベンチャー企業なんですよ。なんでそんなとこ転職したの、っていうのもあるんですけど(笑)

学生時代から趣味でセキュリティーをやっていて。もともとの研究はコンピューターサイエンスでもちょっと畑の違う医療画像工学っていう、冠動脈石灰化や肺がんとかを自動抽出するっていうパターン認識というのをやっていて。

その時、たまたま使っていたワークステーションがハッキングされて、、、っていうのがきっかけです。私の使っていたワークステーションから、別の大学にハッキングしてたらしく、、、。最初は「お前がやったんじゃないのか!」とか言われてエライことになったんですけど(笑)

それで結構ショックを受けて。そもそもハッキングってどうやってやるの?って感じで。当時 Google はなくて、Infoseekっていうので色々調べたのが、セキュリティに入ったきっかけです。

吉積: なるほど。その原因はわかったんですか?

鵜飼さん: 原因はわかりました。当時Solarisを使ってたんですけど、単純にパッチが全然あたってなくて。昔よくあったじゃないですか、普通にグローバルIPアドレスがみんなついてる、とか。それはやられますよ、っていう(笑)

吉積: ルーターで防御も何もせず?

鵜飼さん: そういうナット的なものも何もなく、、、。昔の大学は全ての端末にグローバルIPが付いてて、全てアクセスできたんですよ。セキュリティについて、少しでもわかっていればそういうことにはならないんですけど、当時はインターネットが出初めて直ぐくらい(90年代)だったので、そういう時代だったんですね。

そこからセキュリティに興味を持ち始めました。プログラミング自体は小学校5年生くらいからやっていたので、ハッキング技術も調べれば分かるだろうと思って色々調べてみると、C言語で書かれたソースコードが出て来て。それで、読めないコードはないだろうとみてみたら、全然意味がわからなくて。それで結構衝撃を受けて、一気にハマっていった感じですね。

吉積: こんな高度なことやってるんだみたいな?

鵜飼さん: そうですね。A4一枚くらいのコードをみて、意味が分からないという体験を始めてしたので。普通コーディングしてたら出会わないようなトリッキーなコードが出て来て、技術的に興味を持ち始めました。

そこから色んな研究を個人でやっていたんですが、当初サイバーセキュリティって日本には市場もなくて、人もほとんどいなくて。この辺の技術を知ってる人がほとんど北米の人だったので、その人達と、よくやりとりをしていたんですね。

当時、日本にはこの分野で少しセキュリティを事業としてやってる会社は出て来ていたんですけど、研究とか開発をする会社がなくて、面白くないなと思ったので、セキュリティ業界へは就職しなかったんです。

吉積: それは2000年代前半?

鵜飼さん: 2000年ですね。で、開発をやりたいっていうのがベースにあったので、元々の研究分野に近いKodakの研究所に入って研究開発をやりました。でも入ってすぐに、北米のサイバーセキュリティがすごく盛り上がってきて。結構採用も活発だったので、何社からかお声がけをいただくようになりました。ネットで結構活動をしていたので、論文とかが目に留まったのかな、と思うんですけど。それでオファーをもらって前職(アメリカ)へ転職したんです。

最初は英語も喋れないし、新卒がすぐアメリカの会社に転職するハードルも高いし、1社目は大企業で、2社目はよく分からないベンチャー企業、、、なんか怖いなってのもありました(笑)

2年半くらい悩んだんですけど、ずっとお誘いをいただいていて、やっぱりセキュリティ業界に行きたい、日本にはどっちみち研究開発をやってる会社はない、ってことで、意を決してアメリカのベンチャー企業に転職しました。



吉積: アメリカのどこですか?

鵜飼: 南カリフォルニアです。ロスとサンディエゴの間くらい。実はあの辺、サイバーセキュリティ村みたいなのがあるんですよ。eEye Degital Securityという会社で、ベンチャー企業ではあるんですけど、CTOが結構有名人で、業界の中ではすごく有名な会社で。世界中から名うてのホワイトハッカーみたいなのを集めてすごいチームを作ってたんです。

そういった意味ではセキュリティ業界で知っている名前の人がいっぱいいて、結構行って衝撃を受けましたね。エンジニアの環境としてはめちゃくちゃよかったです。

最初は世界中のこんなに有名な人たちと戦えるのかなと心配だったんですけど、意外なことに結構戦えて。切磋琢磨してすごく楽しかったですね。

吉積: 日本人は鵜飼さん1人?

鵜飼さん: 1人ですね(笑)街でもほとんどいないって感じで。海外で生活すると日本を遠巻きでみるって感じのことを経験されるかたがいらっしゃる人が結構いると思うんですが、私もそうで。

セキュリティだけじゃないと思いますが、大体北米で生まれた基礎技術とか、新しい製品とか技術とかがまずあって、それを日本が輸入して展開するってパターンが非常に多く、エンジニアとして、0を1にする人の側にいたのでそれはそれで楽しかったんですけど。

一方で日本の業界をみていると、技術を輸入するだけだといかんのじゃないかっていう思いがずっとあって。特にサイバーセキュリティって安全保障が絡む重要なテーマでありながらも、北米に頼っているっていう状況もあって。

当時、日本でなにか大きな問題が起きたときは日本で独自に問題解決ができずに、北米のベンダーに完全に頼っている状況だったんですね。でも、北米からすると日本ってマーケットサイズはグローバルに比べて10分の1くらいだから、扱いが10分の1になるんですね。

自分みたいな研究開発エンジニアに、日本からの要求が降りてくる前に、大体ビジネスレイヤーでフィルターされるっていう状況が続いていて。

しっかり日本でもサイバーセキュリティをやっていかないと、安全保障上も問題があるだろうし、色んなイノベーションが日本で起きる中で、サイバーセキュリティも動いていかないと、ある意味イノベーションって進んでいかないと思うので。日本のテクノロジーっていうのが、やはり北米に主導されることに懸念をしていて。日本でもセキュリティの研究開発ができるような会社ができたらいいのになってずっとみていたんですけど、できなかったので会社を作ろうっていうのが起業のきっかけですね。eEyeで日本法人を作ろうっていうのもあったんですけど、それだと北米の技術を日本に売るだけなので、それはいかんなと思ってそれはやめて。それでこの会社を立ち上げたんです。

今回はここまで。

日本におけるサイバーセキュリティ研究不在に対する危機感から、創業を決意された鵜飼社長。

次回は、日本での事業の立ち上げの苦労などを聞いていきます。

クラウドエース株式会社's job postings
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