先日、東洋経済オンラインに、面白い記事が出ていました。
全国1,892の市区町村を対象に、「人口に占める外国人の比率」をランキングにしたもの。いわゆる「外国人が多い街」のイメージとは少し違う、意外な結果が並んでいます。
■1位は、長野県の川上村。外国人比率37%
川口市でも新宿区でもなく、人口4,000人弱の長野県の山あいの村が1位。住民の3人に1人以上が外国人です。
なぜか。答えはシンプルで、「レタス」です。
川上村は日本有数のレタス産地。村内農家約500軒の9割以上が外国人労働者を受け入れています。在留外国人1,345人のうち特定技能1号が917人。しかもその数は3年間で3.6倍に膨らんでいる。
もはやこの村の農業は、外国人材なしには成り立ちません。
■国籍の主役が、静かに入れ替わっている
この記事で最も興味深かったのは、国籍構成の変化です。
3年前、川上村の外国人労働者はベトナム、中国、インドネシアに分散していました。それが今、インドネシア人が868人で全体の64.5%を占めている。完全に「インドネシア一強」です。
背景には、中国やベトナムの経済成長があります。自国の賃金水準が上がれば、わざわざ日本に来るメリットは薄れる。実際、ベトナムからの来日者は減少傾向にあります。
一方のインドネシアは、2.7億人の人口のうち半数以上が30歳以下。若年人口は豊富で、日本語学習者数は約71万人と世界第2位。日本で働きたいという若者は今もたくさんいます。
ただし、この流れがいつまで続くかはわかりません。インドネシア自身も5%超の経済成長を続けており、国内の雇用環境は徐々に改善しています。「いま来てくれている」ことを当たり前だと思わないことが大切です。
■川上村だけの話ではない ― 全国で起きている静かな変化
ランキングを見ると、川上村だけが特殊なわけではないことがわかります。
北海道の占冠村(27.9%)や赤井川村(25.5%)はリゾート・観光業で外国人が増加。長野県の南牧村(24.0%)も農業。共通しているのは、いずれも人口減少が進む「地方の小さな自治体」だということです。
人口5万人以上の都市部でも、新宿区(4位)や川口市(25位)がランクイン。ただし比率で見ると都市部よりも地方の方がはるかにインパクトが大きい。
つまり、「外国人が増えている」のは大都市の話ではなく、日本の地方インフラを支える話なのです。農業、介護、食品製造、建設、宿泊。地方の基幹産業ほど、外国人材への依存度が高まっています。
■「来てもらう」から「選ばれる」競争へ
ここで考えなければならないのは、地域間の「人材獲得競争」です。
育成就労制度への移行により、一定条件下での転籍(雇用先の変更)が認められるようになると、条件の良い地域・企業に人材が流れるリスクが生まれます。
住環境、人間関係、日本語教育、宗教への配慮、キャリア形成の道筋。単に「仕事がある」だけでは選ばれない時代に入りつつあります。
韓国は外国人労働者の受け入れ枠を3年で3倍に拡大し、日本を上回る給与水準で人材を集めています。競争は国内だけではなく、国家間でも激化している。
■インドネシア人材の紹介に携わる者として
少しだけ自社の宣伝みたいになってしまって恐縮ですが、当社スターボードは、インドネシアに特化した人材紹介事業を行っています。
インドネシアの人々は穏やかで寛容。目上の人を敬う文化が根づいていて、幼い頃から高齢者を慕う環境で育っています。介護の仕事を「尊い仕事」として捉えてくれる。この価値観は、日本の介護現場との相性が非常に高いと日々実感しています。
特定技能の在留者数でも、インドネシア国籍は2024年後半の半年間だけで9,000人以上増加し、全体で5万人を超えました。技能評価試験の合格率は70%超、日本語試験は78%超。データでも質の高さが裏付けられています。
ただ、私たちが最も大切にしているのは「紹介した後」です。入国前の日本語教育、生活ルールの指導、受入企業向けの研修、入国後の定期面談、地域コミュニティとの橋渡し。この一連の伴走支援こそが、単なる「人数の供給」と「定着」を分けるものだと考えています。
■川上村のレタスは、誰が収穫しているのか
川上村の事例は、私たちに大切なことを教えてくれます。
日本の食卓に並ぶレタスの多くは、長野の山あいの村で、インドネシアからやってきた若者たちが収穫しているということ。
私たちが何気なく食べているもの、利用しているサービスの裏側に、海を渡ってきた人たちの存在がある。そのことを知っているかどうかで、「外国人が増えている」というニュースの見え方はまったく変わるはずです。
外国人材は「来てくれるもの」ではなく、「選んでもらうもの」。そして、選んでもらった後に「ここに来てよかった」と思ってもらえる環境をつくること。
一つひとつの企業、一つひとつの地域が、その問いに向き合う時代が来ているのだと思います。