「動き出す浮世絵展」で、波が動き、雨が降り、富士山の空が朝から夜へ変わる。その10秒ほどのシーンが、どうやってつくられているのか。
まず、原典を読む
始まりは、映像ソフトではありません。原画です。
その絵は、いつ、誰が、何のために描いたのか。描かれているのは実在の場所か、想像の風景か。当時の人はこの絵をどこで、どんな距離で見ていたのか。
浮世絵は、いまでは美術館のガラス越しに鑑賞するものですが、本来は庶民が手に取って楽しむ、いわば当時のメディアでした。その前提を知っているかどうかで、動かし方は変わります。
「動かしていい線」と「動かしてはいけない線」
原画をレイヤーに分解し、空、山、波、人物、といった要素に分けていきます。そのうえで、何を動かすかを決める。
ここが一番難しいところです。全部動かせば、ただのアニメーションになって、原画の構図が壊れます。一方で、動かさなすぎれば、スライドショーと変わらない。
作者がその1枚で見せたかったものは何だったのか。それを壊さずに、時間という軸だけを足す。「動き出す」というシリーズ名は、そういう意味です。
色は、退色したあとの色かもしれない
もうひとつ難しいのが色です。
いま残っている浮世絵は、多くが刷られてから百年以上経っています。青が沈み、赤が飛び、紙は焼けている。目の前の色が、そのまま当時の色とは限りません。
どこまで復元し、どこは現存する状態を尊重するのか。監修の先生方と相談しながら決めていきます。ここを雑にすると、きれいだけれど実と違う映像になってしまいます。
資料を扱う手つきまで含めて仕事
原画や資料は、当然ながら代わりがききません。白手袋で扱い、光量と時間を管理し、監修の先生方の指摘を反映していく。
デジタルの会社ですが、仕事のかなりの割合は、こうした地道な調査と確認に費やされています。そしてこの部分の精度が、最終的な作品の説得力を決めます。
音と、空間で完成する
映像ができたら、次は音です。波の音、雨の音、市中のざわめき。そして、その映像がどの壁に、どの大きさで投影されるか。
床に反射させるのか、四方を囲むのか、天井まで使うのか。同じ映像でも、空間が変われば体感はまったく別のものになります。
シーンの長さも、空間に合わせて決め直します。人が立ち止まる場所では長く、通り過ぎる場所では短く。モニターの上でちょうどよかった尺でも、会場では長すぎることがよくあります。
1枚の絵が、10秒の映像になり、やがて数十分の体験になる。そこまでを一つの会社の中でつくれるのが、一旗の面白さだと思っています。