100の生業を持つ現代版百姓を目指す、破天荒フリーランスのざき山です。
今日も複業メディア「ウィズパラ」で取り扱ったテーマ「人生はあまりに短い・・・せっかくフリーランスになったのならお金なんかのために働かない方が良いよという話」について紹介していきます。(元記事:https://wizpara.com/3082/)
人生100年時代とさけばれるようになりました。
確かに平均寿命は年々上がってきていて、100歳を超えるくらい長寿の人もちらほら見受けられるようになりました。
ただこれは医療が発達して命を長らえることが可能になっただけで、人間(の遺伝子)自体が長寿化しているわけではありません。
人間はそもそもそんな長く活動できるように設計されているとは到底思えません。
すでに限界を過ぎた人の命を強引に延命させているだけの世界が来ていると感じざるを得ません。
要はいかに平均寿命が延びようが、人生とくに充実した時間を過ごせる人生のステージというのはむちゃくちゃ短いというのは変わる事はないということです。
これは若いうちには実感しにくい感覚です。
若いうちはじぶんの時間が無限に感じ、いつまでもこの充実した時間が続くという感覚に陥ります。
そのため、何よりも貴重なはずのじぶんの時間を切り売りして二束三文のお金を稼ぐことに変換してしまいます。
我々フリーランスは働き方を自ら設計するのに非常に向いている存在です。
せっかくフリーランスになったのであればこの機会にもう一度、自分の価値観を見つめなおし、短すぎる人生の充実した時間を活用して何に注力すべきなのか見つめなおしてみても良いでしょう。
今回はその契機としていただくべくベテランフリーランスが長年の活動の中で得た教訓を書き記しておきたいと思います。
人生の時間の短さを痛感する教訓・考え方
衰え(活動の限界)は徐々に来ない・・ある日突然訪れる
じぶんはフリーランスとして独立したときは、28歳の時でした。
気力も体力も充実していて、自己顕示欲も旺盛、仕事も遊びも全力投球なフェーズでした。
そしてありがたいことにフリーランスとして長く活動でき、その間、酸いも甘いも味わい、気づけば47歳となっていました。
人生100年時代なので、47歳なんてまだまだ若い、働き盛りじゃんと多くの人は感じると思います。
自分が他の47歳の人に感じる印象も、まだまだ若いじゃんというイメージです。
しかし実際になってみると、ここにきてかなりの衰えを感じています。
実際には
・体力の低下で身体を使った仕事の生産性低下
・集中力、情報処理能力の低下でデスクワークの生産性低下
・柔軟性の低下からテクノロジーの進歩へのついていききれなくなる
・視力の低下によりスマホ・パソコン操作・読書にてこずる
・腰痛・肩痛・膝痛など日常的に悩まされる
・病気やケガになりやすく、さらに治りにくくなる
これ以外にも、酷な話、ビジュアルの劣化により周囲に与える影響の変化も仕事にネガティブな影響を及ぼしているかもしれません。
そしてこれらの衰えに関して気づいたことがあります。
年々、進行するというよりは、ある日、急激な衰えが来る。
要はいきなりガクッとくるわけです。
Web制作業であれば、多少衰えが来ても正直まだ仕事を続けることは可能です。
もう一つの仕事バドミントンのコーチングもしていますが、それは正直肉体的に限界を迎えつつあります。
プロスポーツ選手やタレント業などであれば、もしかしたら30代で活動の限界を迎えることも珍しくはありません。
しかし、特定の職種を引退したからと言って、その後も生活していかなくてはなりません。
来たるべき“その時”に向け、よほどの戦略や備えが必要になるという事です。
歳を取ってから新しく始める事のハードさは尋常ではない
もし身体を酷使することが難しくなってきたら新しいジャンルの仕事に挑戦していこうとなるのは自然なことですが・・・。
歳をとってから新しい事にチャレンジすることは想像以上に高いハードルが待ち受けていることをわかっていませんでした。
歳を取るという事は頭の回転、柔軟性が著しく低下しています。
当然、子供が何かを習得するのとはわけが違います。
子どもは乾いた砂が水を吸収するように知識や技を習得していきますが、歳を重ねた人はそうはいきません。
また性格的にプライドだけ大きくなって、自分を変えることに大きな抵抗を感じるようにもなっています。
要は頑固になっているという事です。
素直に謙虚に教えを乞うことが難しくなっているのです。
第三者からのダメ出しをすんなり受け入れるのが難しくなっているのです。
お金のために時間を切り売りする仕事のもったいなさ
若い時は、じぶんの時間が永遠に続くものと錯覚を起こします。
それくらい時間がたっぷりあるのです。
歳を取ってきて初めて気づくのです。
人生は有限であり、人生の時間というものは短く、あっという間に過ぎ去ってしまうという事に・・
自分の人生の時間が有限であまりに短い・・・その事実を腹の底から自覚できたとしたら、無駄なことに時間を使えなくなってきます。
例え仕事だとしても、ブラックで不条理な環境で、時給もそんなにもらえない、スキルも知識も身につかない、そんな仕事に身をおくことがどれだけ罪深いことかと感じ始めるようになります。
これは若いうちに気づくべきことでした。
ピークは30代、ピークを過ぎたあとのせつなさと向き合う
たとえ人から見て衰えと感じないレベルでも本人が絶望に感じているケースもあります。
それはピークアウトを自分で自覚してしまうときです。
あの時が全盛期だったと自覚してしまった人は相当のせつなさ・つらさがあります。
プロスポーツ選手はとくにわかりやすいですよね。
引退するまでではないが、ピークは過ぎたというのは本人は自覚できるものです。
プロスポーツ選手でなくても、自分の仕事・作品・表現・周囲への影響力などがピークを越えた、下から抜かれたなどの感覚は非常につらいものがあります。
サラリーマンであれば、日本ではまだある程度年功序列が機能しているため、歳をとっても衰えをカバーすることができるかもしれませんが、フリーランスは如実にこの感覚に襲われるわけです。
楽しみ・人生の目的をすべて先送りにしてなぜ小銭を稼ぐのか
好きを仕事にするというのは誰しも憧れる究極の目標・夢かもしれません。
実際に多くの人が思っていることだと思います。
世の中そんな甘いものではありませんが、それを実現ないし実現するために行動を起こす人は実に少ない印象があります。
また仕事にせずとも本当に好きなこと、人生でやりたいこと、夢を叶えたいなど、今すぐ実施するのではなく、いつか実現したいこととしてとらえ先送りしている人が多いように思います。
しかし定年後に実現しようとしても、おそらく遅すぎるでしょう。
その時になればもう体力・気力はだいぶ減退していますし、旅行して感動する能力、感受性すらも若い時に比べ大きく減っていることでしょう。
つまりは、今すぐ好きなことを仕事にすべきですし、それが無理であれば今の仕事をある程度セーブしてでも、プライベートで好きなこと・実現したいことに注力すべきです。
しかし実際にはお金を稼ぐ事にフルコミットしすぎて、他の余力がなくなってしまう・・・そんな人があまりに多いんです。
後悔しないのであればそんな生き方でもいいのですが、実際に多くの死ぬ間際のお年寄りに後悔していることを聞くアンケートでも、働きすぎずにもっとやりたいことをやれば良かったという回答があまりに多いという結果が出ています。
「DIE WITH ZERO」※じゃないですが、フリーランスにはいかに稼ぐか、いかに稼ぎ続けられるかではなく、いかに人生の幸福度を上げるかに転換する姿勢が必要だと感じています。
※「DIE WITH ZERO(ゼロで死ね)」は、ビル・パーキンスによる書籍で、資産を使い切って残高ゼロで死ぬことを推奨する人生・金融哲学です。死ぬ時に金があるのは「ただ働き」したのと同じとし、老後に備えすぎず、若さと健康があるうちに金を使って「経験」に投資し、人生の喜びを最大化しようと説いています。
価値観マップを見直してフリーランスの活動に落とし込んでみる
とりあえず死ぬ間際に後悔したくはないですよね・・・
フリーランスはイバラの道ですけど、軌道修正は利かせやすいですし、自分次第で好きなこと・人生で実現したいことを上手く仕事とからめていくことができる存在です。
まずはじぶんが何を求めているのか整理する・・それが後悔なく人生を全うするための最初のステップと言えるでしょう。
まずは価値観マップ※の見直しです。
※価値観マップとは、自分が大切にしていることや幸せの基準をマインドマップ形式で可視化し、「人生の羅針盤(軸)」を作る自己分析ツールです。
仕事、家族、お金、健康などのテーマについて「なぜそれが大事か?」と深掘りし、ブレない軸や本当にやりたいことを見つけるのに役立ちます。
自己実現とお金を稼ぐを絡められるのはフリーランスだけ
まず大前提だとしてお金はただのツールです。
生きていくためのツールであり、最終的に人生でやりたいことを実現するために利用するツールです。
ただ、そのたかがツールを増やすために人生のすべてを費やしてしまうのです。
ウォーレンバフェットは確かにすごい人です。小さい国の国家予算レベルの資産を生涯で築いた伝説の投資家です。
しかし帳簿上の評価額をいかに増やしたところで、その大半を使わずに死んでいくわけです。
資産があまりに多いので、できる事もありかと思いますが・・それでも使いきれもしないほどお金を増やすマネーゲームにのめり込みすぎた人という感じで滑稽に感じてしまうのです。
お金はもちろん大事ですが、まずはお金度外視でやりたいこと・好きなことを仕事にしてしまう。
その姿勢はたとえ世間的に見ればお金持ちじゃなくても、本人は幸せなのではないでしょうか。
じぶんも多少遅くはなりましたが、お金のためにつまらないと感じる仕事はすべて断るようになりました。
今は自分が本当にやりたいことを仕事にするようにしています。
売り上げをあえて抑えてその分時間を確保する
46歳の時にようやく気づけたことがあります。
お金より自由な時間の方が価値があるんじゃね?・・・と。
時給1,000円ほどで、自分の命とも言える貴重な時間の切り売りして本当に良いものかと。
もしやりたいことや、好きなこと、実現したいことがあるけど、忙しくてできないという人がいるのであれば、その人は自分の時間を安く見積もりすぎだと思います。
じぶんは二束三文のお金を稼ぐために自分の時間を切り売りしてやりたくもない仕事をするのは完全にやめました。
覚悟は決まった・・・それでも迷う・・・何に力と時間を注ぐべきか
もう絶対に無駄なことやりたくないことに自分の時間を使わない・・・それがお金に変換できるとしても・・。
・・・と、覚悟は決まったのですが。
時間を確保できれば話は万事解決かというと、そのあとが問題です。
仕事をセーブして自由な時間を確保できたとして、それが本当に人生でやるべきことに上手く変換できるかといえば話は別です・・・
浮いた時間で何をするか、今後の人生で何を成し遂げたいか、あらかじめ明確にしておく必要があります。
力や感覚が衰えていく自分を受け入れながら働くには
じぶんのスキル・体力・気力が充実している時にその力を存分に発揮できる仕事に従事できるのであれば、これほど幸せなことはありません。
ただ体力も気力も、スキルもセンスもいずれは衰えていきます。
会社という組織で役割分担し、全体として成果を挙げていく構造なのであれば、能力が衰えた人にも相応のポジションがあてがわれます。
しかし個人であるフリーランスでは、じぶんの能力の衰えを直視しながら働き続けなければなりません。
これは想像以上にきついものです。
プロ野球選手であれば年々伸びていった成績が、ピークを打ち年々成績が低下していく、この状況を耐え忍びながらも引退する最後まで足掻かなくてはなりません。
フリーランスも、スキルとセンス、体力・気力がそのときの時世にマッチした時、思っていた以上の成功をおさめられることがあります。
ただ、そういった順境も長くはつづきません。
周りのフリーランスを数多く見ていますが、独立してから引退まで順境が続く人は見たことがありません。
変化が激しすぎる世の中でフリーランスが働き続けるということは、自分が衰えたときにどう身を処していくかをあらかじめ想定して手をうっていかなければなりません。
されどお金の安心はある程度必要
「DIE WITH ZERO」の信者である自分ではありますが、ではお金を貯めたり資産運用をせずに、すべてのお金を今すぐ使おうとはさすがになりません。
また47歳になり、お金のために仕事をしないと決意したものの、それは今現時点である程度の資産を確保できたからとも言えます。
お金や時間、健康これらは優先事項を決めてはおくものの、すべてはバランスだと思っています。
まったくお金を考えずに生きていくのは正直、現実的ではありません。
ある種の達観・・・フリーランスは自由だけど人生は選べない(縁と運次第)
47年人生を続けてくると、否応なしに気づかされる事実があります。
それはどのような人生を送るかは、ある種、運と縁次第という現実です。
若い時はじぶんの人生はじぶんで切り開くもので、もし成功をおさめられないのであれば、それは自業自得だと考えていました。
そう考えていましたし、世間にもそのような価値観が浸透しているでしょう。
しかし外部環境でじぶんがどのような人生を送るかの大半が決定づけられるのは否めません。
我々フリーランスは確かに自由でじぶんでほとんどのことを決めることが出来ます・・・が、それでもじぶんの人生、じぶんの行動をコントロールするのは本当に難しく、外部の環境から及ばされる影響を受け入れながら、その中で楽しくやっていくしかない。
この覚悟は必要みたいです。
今後のフリーランス人生をかけて向き合いたい夢
自由であるからこそ悩ましい、フリーランスのこれはある種贅沢な悩みです。
・何の仕事でお金を稼ぐか
・誰と働くか
・いつ、どれだけ働くか
・どこで働くか
・社会にどう貢献するか
・プライベートを充実させるための仕事のバランスをどうするか
・人生で実現・達成したい夢はあるか
理想のため、悩みはつきません。
じぶんは完全にリタイアできるほど資産もありませんし、完全にリタイアできるほど資産があったとしても、仕事をゼロにすると余暇が楽しめないという結論を持っているので、これからも仕事はしていきます。
しかし、今後は稼ぐ量が減ったとしても仕事量・仕事内容は吟味・厳選していくつもりです。
夢というと壮大で大げさですが、じぶんは子供の時、学生時代に正直楽しい時間を過ごせていませんでしたので、当時やりたかったことにじっくり取り組んでいくつもりです。
それは旅であり、執筆であり、お祭り(お囃子)であり、音楽であり、神楽面づくりなどです。
そしてそれらを自ら楽しみ、課題を解決していくうちに、不思議なことにどんどん応援してくれる人たちが増え、だんだんささやかながらも副業として機能するようにもなってきました。
これからも歳をとり体力・気力・頭の回転の低下・既存スキルの陳腐化・センスの時代遅れ化なども進んでいくかと思います。
しかしそれらを拒絶するのではなく受け入れ、そのフェーズフェーズで楽しみつつ課題を解決していく。
それがフリーランスの矜持だと思っています。