インフラから開発へ移るエンジニアは多いと聞きます。
そんな中、私は逆を行きました。開発をやっていた人間がインフラへ飛び込む。「なんで?」と思う人もいるかもしれません。「もったいない」と言う人もいました。
でも今は、よかったと思っています。
どっちが良いという話ではなく両方知って世界が広がったという話です。
インフラへ行こうと思ったきっかけ
オープン系システム開発や運用をやっていた当時はしっかりと「上流工程」にかかわることがほとんどありませんでした。どちらかと言うと「器用貧乏」なタイプでした。
いくつか転職経験はありますが、地方病院の情シスに勤務していたとき、自分の開発経験を活かせる仕事はないかと思い転職サイトに登録して、開発・インフラ関係なく探していたときに今の会社に出会いました。
インフラ初心者として入社
LPICの受験勉強に手を付けて初めて見たコマンドに面食らった記憶はあります。
環境構成図などを読み込むことは苦ではありませんでしたが、ポート単位で設計書が書かれていたのもちょっとした驚きではありました。
開発経験があってよかったと思ったところは、検証作業中にミドルウェアのエラーログを読む際、何が原因になっているかおおむねあたりを付けられたことですね。
特定条件下で発生する不具合等の事象を切り分けるための再現試験は難易度高く感じましたが、続けるうちにダンプファイルから再現検体を作れるようになったので——
インフラ以外のアプリケーションやプログラム言語に馴染みがあったので「これ知ってる?」とけっこう聞かれることもありました。環境面で制約がある案件ではJAVAをPerlに書き換えたり、Pythonで数十万件のデータ登録バッチを作ることもありました。
大病と、それでも続けられたこと
昨年6月のことは記憶に新しいです。
長年潜んでいた親不知が動きだして痛みを感じたので抜くことになったのですが、そこから運悪く感染症に罹患してしまい、人生初の救急車と5時間に渡る手術を経験しました。一ヶ月以上の入院で季節は真夏になっていました。
退院後は体力の低下もあって、会社から「まずはリモートでできる仕事でリハビリしてみよう」と打診されたことがきっかけで、リモートワークを経て復帰することができました。
突然のことにも真摯に向き合ってくれる人たちがいる、退院直後でしたが心強く、「なんとかなるかも?」と思いました。
自分でキャリアを描くということ
今の肩書きはマネージャーですがこれがゴールだとは思っていません。
クラウド・セキュリティ・AI・自社サービスへと広がっていった経緯は、常駐先の現場で新サービスの発足を目の当たりにして、自分も何かサービスを作りたいと思ったことがきっかけです。
クラウド構築運用の知見を得て、次はセキュリティの目線を養い、さらにAI駆動開発を取り入れて思い描いたサービスを手元で作れるようになった。
「どんなサービスを作るか」を決めた瞬間、ただの「器用貧乏」から脱却したと思います。
給与については、自分から「どうすればあげていけるか」を相談し続け、付加価値になるスキルを泥臭く習得した結果だと思っています。
気づいたらけっこうあがってました。
だいぶ前にはなりますが、SIerにいた頃より圧倒的に視野も考え方も変わりました。開発だけではサービスを作りたいなんて思わなかったでしょうし、運用だけではキャッシュフローを考えることもなかったと思います。
自分のキャリアを描くとは、広い視野で自分とその周りをよく見て知り、さらに先を想像することだと思います。
ハードルを感じている人へ
開発からインフラへ行くことを、怖いと思っている人がいるとしたら——。
変えることは面倒だし怖い、今のままが心地よいという感覚もわかります。