「プロモーションという『手段』から抜け出し、コンサルタントとして事業の『全体像』を見渡せたとき、真のマーケターへの道が開けるんです」
そう語るのは、Golden Hour株式会社のCOOを務める萬関(まんぜき)さん。広告運用者としてキャリアをスタートし、法人営業での泥臭い現場経験、出向先での大規模運用の緻密さ、そして大手コンサルファームでの事業の根幹に踏み込んだマーケティング支援。広告運用・営業・コンサルティングというステップを踏みながら、クライアントの事業利益から逆算する視座を身につけ、一人の広告運用者から「事業全体を動かすマーケター」へと進化を遂げました。
今回は萬関さんに、広告運用者がいかにしてマーケターへと視座を引き上げていったのか、そのリアルな軌跡と、Golden Hourが目指す本質的な環境の真髄について話を伺いました。
萬関 良輔 / COO
大学時代にマーケティングを専攻後、新卒で株式会社イノベーションに入社。BtoB領域の広告運用や比較サイトの法人営業を経験。その後、GMO NIKKO株式会社へ出向し大規模予算の運用業務に従事。株式会社日経BPにて直販部隊の立ち上げを牽引した後、株式会社リブ・コンサルティングへ転職し、経営コンサルタントとして事業の根幹に踏み込むマーケティング変革を牽引し、企業の業績改善に貢献。独立起業を経て、Golden Hour株式会社のCOOに就任。
アカデミックな知識から実戦へ。広告運用と営業で知ったビジネスのリアル
ーー萬関さんは現在COOとして事業全体を牽引されていますが、そもそもビジネスや経営という領域に強い関心を持たれたのはいつ頃だったのでしょうか。
明確にビジネスに興味を持ったのは、高校で怪我をして14年続けたサッカーが終わったタイミングですね。プロを目指しゴールキーパーとしてサッカーに打ち込んでいましたが、怪我で引退を余儀なくされました。
目標を失っていた時、経営者だった祖父から「グラウンド全体の動きを読み、予測して味方を動かすゴールキーパーは、市場を読んで組織を動かす経営の考え方とすごく似ているね」と言われたんです。その一言で、遠い世界だと思っていたビジネスと自分の人生がリンクし、経営に猛烈な興味を抱くようになりました。
その熱量のまま高校三年生でビジネスピッチにも参加しました。当時注目され始めたIoT技術を使い、選手の動きをデータ化して無名チームの『埋もれた才能』を可視化し、スカウトの機会損失を防ぐというスポーツビジネスのプランです。著名な方々の前でプレゼンし、今思えば投資対効果などの事業として甘く荒削りなものでしたが、ビジネスの面白さにのめり込む最初のきっかけになりました。
ーー大学ではマーケティングを学ばれたそうですが、就職活動において1社目の環境を選んだ理由は何だったのでしょうか。
大学の4年間は、マーケティングをアカデミックな視点で学びました。当時、世界的に活躍されていた恩師に、実際の企業案件に基づくフレームワーク分析や仮説設計、提案などを直接ぶつけては挫折を味わう。そうした経験を通じて、今の私の知識の土台を築きました。就職活動では大手広告代理店の選考も進んでいましたが、より実力主義の環境に身を置きたいと考え、最終的に当時まだ上場前だったIT系ベンチャー、株式会社イノベーションへの入社を決めたんです。
人事や役員の熱量に惹かれたのが最大の理由ですが、生意気にも「ウェブマーケティング部門への配属確約」を条件に提示したんです。大学で学んだアカデミックな知識を、実戦の場で手触り感のあるものに変えたいという強い思いがあり、特例として広告運用者のキャリアをスタートさせました。
ーー念願の広告運用者としてスタートを切ったわけですが、初期のキャリアはどのようなものだったのでしょうか。
最初はBtoB領域の商材、例えばセキュリティ系のツールやCRMなどの広告運用を担当しました。大学で「買い手がいて初めて売り手が存在する」というマーケティングの基礎は学んでいましたが、実際に広告運用に触れることで、ペルソナ設定や商品理解の重要性が概念からリアルな手触り感へと変わっていきました。
しかし、入社して2年目になる頃、社内のBPO系比較サイトの法人営業部署へ異動することになったんです。最初は「営業はやりたくない」と思っていたのですが、今振り返れば、この営業経験がマーケターとしてのキャリアにおいて非常に重要な意味を持っていました。
昨今、パソコンの画面の数字だけを見て、机上の空論でマーケティングを語る人が多すぎると感じています。しかし、人が人に何かを売る以上、現場のお客さまが何を見て、何を基準に選んでいるのかというリアルを知ろうとしなければ、真のマーケターにはなれません。営業として自分の足で現場に立ち、泥臭く一次情報を取りに行った経験があったからこそ、画面上の数字の裏側にいる「生身の人間」を想像する土台ができたのだと思います。
大規模予算の運用と直販営業。事業家の視座を育てた出向時代
ーーその後、GMO NIKKO株式会社へ出向されたとのことですが、そこではどのような経験をされたのでしょうか。
比較サイトの営業を半年ほど経験した後、出向という形でGMO NIKKOの大手教育系企業様を専任で担当するエース級のチームに配属されました。ここで私は、運用者としてのスキルを1段上の次元へと引き上げられることになります。
取り扱う予算は3ヶ月間で数億円規模。さらにキーワード単位で設定するURLパラメーターを数万件規模で管理し、複数のツールを通して統合するという非常に高度な運用でした。もし1つでも入稿がズレれば計測データが狂い、マーケティングの仮説そのものが崩壊してしまう環境です。
周りを見渡せば、同世代のメンバーがエクセルの処理スピードや仕事の正確性において、自分より遥かに高い次元で仕事をしていました。「新卒なのに俺より圧倒的に仕事ができる」という事実を突きつけられ、井の中の蛙だった自分が本物の実戦に放り込まれた衝撃を受けました。しかし、この期間で絶対的な仕事の正確性と、仮説検証の緻密さを叩き込まれたことは、私の運用者としてのベースを確固たるものにしてくれました。
ーーGMO NIKKOでの経験を経て、次は株式会社日経BPで直販部隊の立ち上げを牽引されたと伺っています。
はい。出向元と日経BPの資本提携に伴い、直販部隊の立ち上げメンバーとして異動しました。ゼロから営業リストを作り、1日最低百件のコールをこなす日々。夜な夜な架電する夢を見るほど過酷でしたが、ここが私の最大のターニングポイントになります。
当時の私は、自分の理想と現実のギャップを受け入れられず、未達のたびに言い訳ばかりしていました。そんな私に、当時の上司は「君の言い訳を聞くために時間を使っているんじゃない。できなかったことより、何が事実で、次どう改善するかが知りたいんだ」と毎日本気で怒ってくれました。この言葉で言い訳の無駄さに気づき、人が変わったように感覚が変わりました。事実を直視し、自ら仮説を立てて実行と改善を繰り返す、ビジネスパーソンとしての土台ができたんです。弱い自分やできなかったことへの恥ずかしさを全て正面から受け止めて、その上で次に進むという強さを得られたからこそ、今もこうやって第一線でビジネスに関われていると心から思います。当時の上司や先輩には本当に感謝しております。
また、日経BPではメンバーを持たせてもらい、初めてマネジメントも経験しました。失敗もたくさんしましたが、そこで「人と向き合うことが好きなんだ」と気づけたことも、この2年半が大きなターニングポイントになった理由ですね。
当たり前が通用しないコンサルでの壁。ゼロからの再構築と“引き算”の発想
ーー運用と営業の双方で実績を残された後、株式会社リブ・コンサルティングというコンサルティングファームへ挑戦されます。どのような背景があったのでしょうか。
組織が大きくなるにつれ「立ち上げメンバーがどうにかしてくれるだろう」という甘えの雰囲気を感じるようになりました。このままここにいては組織のためにも自分のためにも良くない、より自分の価値を高める次のステップへ進むべきだと考え、大学時代から興味があった、経営コンサルタントの道へ進むことを決意しました。
リブ・コンサルティングを選んだのは、当時のNo.2であった役員の方の視座の高さに強く惹かれたからです。面接の中で「そんな角度から事業を見るのか」とこちらが圧倒されるような別次元の思考に触れ、この人の下で本質的な経営を学びたいと強く感じました。
ーーしかし、そこでも再び大きな壁にぶつかったと伺っています。コンサルティングファームの環境はどのようなものでしたか。
入社後、これまでの実績からどこかで通用するだろうという驕りが見事に打ち砕かれました。当時の会社には、中途・新入社員が半年間あらゆる事業部のプロジェクトにアサインされる期間がありましたが、コンサルタントとして働いている彼らが持つ「当たり前の基準」が高すぎることに直面したのです。
事業課題の特定から解決策の提示に至るまで、思考の深さやアウトプットの質において、周囲の水準に全く追いつけず、自分の実力不足を痛感する毎日でした。半年後の配属先を決める会議でも、複数あるチームのうち、私に手を挙げてくれたのはたった1チームだけという厳しい現実を突きつけられました。
ーーその状況から、どのようにして結果を残すコンサルタントへと這い上がったのでしょうか。
私を拾ってくれた部署の上司、先輩が、見捨てずに徹底的に時間を投資してくれました。私は過去のやり方をすべて捨て去り、ゼロからビジネス思考を構築し直す覚悟を決めました。
その結果、徐々にコンサルタントとして成果を出せるようになりました。象徴的だったのは住宅会社のプロジェクトです。当初のミッションは「集客の改善」でしたが、表面的なプロモーション(広告手法)をいじるだけでは本質的な解決には至らないと考え、市場と競合を分析した結果、主力であった商品自体に競争優位性が欠けていたことがわかりました。つまり、「どう売るか」の前に「何を売るか」という事業の根幹に関わる課題だったのです。
そこで私は、単に広告予算を増やして集客を補う「足し算」の提案を捨てました。ターゲットを若年層に絞り、低価格商品にメイン商材を変更を行い、「売り物のポジション自体を引き直す」という提案を行ったのです。
結果として前年対比で集客数は250%、売上は170%アップという成果を叩き出しました。プロモーションというマーケティングの一部分に固執せず、市場を見極めて事業の根幹から変革する「引き算」の発想こそが、真のマーケターの仕事だと確信した瞬間でした。
ーーその後、ご自身で独立起業されています。そこからなぜ、Golden HourのCOOとして組織を牽引する道を選ばれたのでしょうか。
リブ・コンサルティングで実績を積んだ後、独立して自分の会社を経営していました。ありがたいことにお客様にも恵まれ、一人社長として3期目を終えようとしていた頃です。当時、まだ社員が3名だったGolden Hour代表の小木曽から声をかけてもらいました。彼とは前職時代から公私ともに親交のある先輩後輩の間柄だったので、何かの相談かな〜と思ったくらいが始まりでした。
しかし実際は彼から半年間にわたって熱烈なオファーをもらい、わざわざ大阪まで足を運び、私を口説き続けてくれたんです。彼と対話を重ねる中で、改めて小木曽の持つビジネスセンスや圧倒的な推進力、TOPとして引っ張る力には本当に驚かされました。
しかし同時に、このポテンシャルを持つ小木曽が代表として会社をさらにスケールしていくためには、組織を強固にし、人を育てていく土台作りが不可欠です。そこには、私が広告運用や営業で培ってきた泥臭い現場経験や、コンサルタントとしての経験値、そしてマネジメントの知見がGolden Hourとしても必要であり、同時に自分が最も力になれるタイミングかもしれないと思いました。
事業家として、TOPとしての素養を持つ代表の隣で、事業と組織の両面で会社を牽引していく、No.2としての役割にこれ以上ない面白さと使命感を感じ、Golden Hourへのジョインを決意しました。
事業全体を見据え、クライアントの利益にコミットする場所
ーー広告運用、営業、コンサルティングと様々な環境を歩んできた萬関さんが考える、単なる「広告運用者」と、事業を動かす「マーケター」の決定的な違いはどこにあるとお考えですか。
決定的な違いは、「見ている範囲」、つまり事業を「点」で捉えているか、「面」で捉えているかの違いです。
一般的な広告運用者は、どうしても与えられた予算の中で管理画面のCPAや消化金額といった広告の指標を合わせることに終始してしまいます。これをマーケティングの基本である「4P」に当てはめると、情報を届ける「Promotion」という1つの点しか見ていません。そのため、集客が鈍化した際にも、安易に予算を増やしたり新しい媒体を追加したりする「足し算」の解決策に走りがちです。
さらにターゲットのファネル(購買プロセス)で考えても、すでに検索などの行動を起こしている、いわゆる刈り取りやすい「顕在層」という非常に狭い領域での戦いになってしまいます。
一方、マーケティングを「面」で見ると、クライアントの「事業利益の最大化」からすべてを逆算します。ですから、Promotionという手段に縛られず、「Product」や「Price」の再設計にまで踏み込み、4P全体を「面」として捉えて事業を動かすんです。その上で、不要なものを「引き算」で削ぎ落として本質的なインパクトある施策を打つんです。
ファネルの捉え方も全く異なります。パイの限られた顕在層の奪い合いから抜け出し、現場の一次情報から顧客のリアルな感情を読み解くことで、まだ自分の悩みにすら気づいていない「潜在層」のニーズを喚起し、市場そのものを自ら広げることができます。
与えられた「点(プロモーション×顕在層)」の枠組みの中で作業をする人間で終わるか、自ら事業の全体像(4P全体×ファネル全体)を描いて「面」でビジネスを動かせる存在になるか。ここが決定的な分かれ道だと考えています。
ーー最後に、現在の環境で『このままでいいのか』とくすぶっている広告運用者に向けて、メッセージをお願いします。
もしあなたが今、決められた予算と管理画面の数字を追うだけの毎日に成長の限界を感じているなら、それは「点」の作業しかさせてもらえない環境にいるからかもしれません。
通常、一人の広告運用者が事業全体を俯瞰できるレベルの全体視座を得るには、事業会社へ移ってCMOに近いポジションへとキャリアアップするか、コンサルティングファームに飛び込んで事業戦略の経験を積むといった、時間のかかる遠回りをする必要があります。
しかし、Golden Hourにはその遠回りは必要ありません。なぜなら、私たちはそもそも「マーケティングに強いコンサルティング事業」を展開している会社であり、広告運用をあくまで事業課題を解決するための「1つの手段」として実行しているからです。
外部CMOとしてクライアントの経営に深く入り込むスタンスだからこそ、広告運用の実務という「手触り感」を持ったまま、コンサルタントとして事業全体を見渡す視座が日常的に要求されます。つまり、私が「広告運用からコンサルへの転職」というステップを踏んで掴んだ、マーケターになるために不可欠だったキャリアのミソを、1社の中で同時に経験できるんです。ここは、一人の作業者から事業家へと最短ルートで進化できる最高の環境です。
もちろん、高い視座を身につけるためには相応の努力が必要ですし、まずは基礎となる運用力と向き合う場面もあるでしょう。ただ、決してあなたを1人で突き放すようなことはしません。本気で成長したいと願い、自ら打席に立つ意思がある人間には、私が持つすべての知見を投資して徹底的に伴走します。毎週の1on1をはじめ、壁にぶつかった時にあなたを上へと引き上げる環境はしっかりと整えています。
「一生このままでいいのか」と悩むなら、ぜひGolden Hourのドアを叩いてください。作業者から抜け出し、事業を動かすマーケターへの道を、ここで一緒に切り拓いていきましょう。