【メンバーインタビュー】「自由と責任」を体現する事業部責任者&1児のパパ。仲間を巻き込んで、事業を急成長させる挑戦。
株式会社CockPitには、自分軸に囚われない大きな野心を持つ個性豊かなタレントが集結しています。今回は、沖縄から上京し、商社、フリーランスを経てCockPitにジョイン。転職支援事業部の推進からBPO事業本部の立ち上げを主導し、現在は2事業部の責任者(統括)として活躍する新城にインタビューしました。
新城 大志/BPO事業本部
大学まで地元沖縄で過ごし、就職を機に上京。新卒で医療系総合商社に入社後、コロナ禍をきっかけに退職し、フリーランスへ。その過程で株式会社CockPit代表・鯰江 と出会い、CockPitに参画。事業推進、事業立ち上げを牽引し、現在はBPO事業部全体の責任者を務める。
順調にキャリアを築く中で迎えた“コロナ禍”が転機に
ーー まずは、新城さんがCockPitにジョインされるまでの道のりをお聞かせください。沖縄から東京へ出られたきっかけは何だったのでしょう?
出身は沖縄で、大学まで地元で過ごしました。就職のタイミングで上京したのですが、理由は至ってシンプルで、「沖縄が大好きだから」なんです。死ぬまで沖縄を嫌いになることはないだろうと確信したので、それなら一度は外の世界、特に大都市東京で自分の力を試してみたいと思ったんです。
知らない環境に飛び込むことへの根源的な好奇心と、沖縄ならではの「なんくるないさー精神」ですね(笑)。より成長できる環境を求めて、軽い気持ちで東京へ来ました。
ーー 東京での就職活動はいかがでしたか?
何も考えてない若造でしたので「どうせ働くならとにかく稼ぎたい」という気持ちで就職活動をしていました。個人の成果が重視され、熱意や精神的なタフさが求められる、いわゆる「気合系」の営業職を10社以上受け、ありがたいことに全て内定をいただきました。
その中で最終的に医療系の総合商社を選んだのは、選考プロセスが最も過酷だったからです。面接も全てオフラインで、沖縄と東京を6往復。倍率300倍の中から内定を貰えたので非常に達成感がありました(笑)今思えばプロセスが充実していたのだと思います。もちろん他にもインセンティブの高さや、説明会で見たトップ営業マンの格好良さにも惹かれましたね。
ーー 入社後のキャリアについてもお聞かせください。
配属は個人向けの医療機器販売部門でした。商業施設などで無料体験ブースを設け、お客様の健康をサポートする専門的な予防医療機器をご紹介するスタイルです。初任地の鹿児島を皮切りに、岐阜、北海道、岩手、福岡と、3ヶ月から半年に一度は転勤する日々でした。
医療機器ということもあり、金額が決して安いものではなかったため、最初のうちは、お客様から「怪しいのでは」と警戒されることもありましたが、丁寧に関係を構築し、最終的にその商品の価値をご理解いただき、「出会えてよかった」と心から感謝されることに大きなやりがいを感じていました。また、成果を評価いただき、新卒の中から選抜され、トップ営業マンのバディとして全国を飛び回るなど、充実した経験を積むことができました。
ーー そこから、なぜフリーランスの道へ?
転機はコロナ禍でした。対面販売を主力としていたため、感染拡大防止の制限により、事業が大きな影響を受け、約10ヶ月間の休業を余儀なくされたんです。その間、私は故郷の沖縄で過ごしていました。友人と飲食店を営んだり、のらりくらりと毎日を過ごしておりました。
そんな生活が半年ほど続き、ふと「このままで本当にいいのか?」と自問自答した瞬間がありました。その時はここまで言語化できてなかった部分もありますが、お金という観点を抜きにして、20代の資産(経験)で30代、40代の生き様が決まると本能的に感じてはいました。
だとするならば、自分という資本に対して全くレバレッジが効いていないと思い、次の日には東京行きのチケットを取りました。
その時は何をするかも決まってない状態でした。もちろん普通に就職活動も行っていく中で、「組織に属することに意味を見出せない」と感じ、「自分の力でキャッシュを生むことに挑戦しよう」と、フリーランスとして独立する道を選びました。
フリーランスで感じた限界が次のステップへの足がかりに
ーー フリーランスではどのような活動をされていたのですか?
HR関連や不動産関連の商材の営業代行業務をしており、有難い事に2-3ヶ月で軌道に乗りました。沖縄からいきなり東京に出てきて、人脈もない中で、0ベースから売上を創る経験というのが、確実に今の自分を強くしたと思ってます。
ーー かなり順調だったのですね。それでも、なぜ組織にジョインしようと?
確かに、お金を稼ぐという意味では順調でした。ですが、ある時から「1人でやっていても、本質的に楽しくないな」と感じ始めたんです。理由は、「仲間」の不在でした。学生時代に打ち込んだサッカーのように、チームで一つの目標に向かって熱狂する、あの一体感がないからだと。個人事業主のコミュニティなど、結局は個々の利害が優先されがちで、本気で背中を預けられるような関係性になることはないと思ってます。
また、同時期に知り合いの経営者の方々と話す機会があったのですが、 彼らが、社員の成長や事業の長期的なビジョンを語る一方で、当時の私は「自分がいくら稼いだか」「自分が何を取り組んだか」という話ばかりで、常に主語が「自分」だった。その視座の低さ、人を巻き込んで組織として事を成す力のなさに、「自分はまだ弱い」と痛感させられました。そういった背景があり、「このまま個人で稼ぎ続けても、本当の意味で満たされることはない」と確信しました。
1,000万円稼いで、翌年1,500万円を目指す。このサイクルこそが資本主義に踊らされていると感じました。もっとわがままに概念を壊して生きていこうと決心しました。
ーー そんな葛藤の中で、代表の鯰江さんと出会われたわけですね。第一印象はいかがでしたか?
鯰江とは、実はフリーランスになって2,3ヶ月目という早い段階で、紹介を通じて出会っていました。その第一印象は、今でも忘れられないほど強烈でしたね。「カッコいい」「強い」ホモサピエンス的な部分で「この人には敵わない」と直感しました。一つひとつの言葉のセンス、見ているビジョンのスケールが、当時の私とは全く違う。自分が抱えていた悩みなど、彼にとっては「悩んだことすらない」レベルの話で。その圧倒的な存在感に、ただただ打ちのめされた感覚です。
ーーそこから、なぜCockPitへのジョインを決意されたのですか?
最初の出会い以降も、時々お会いする機会がありました。フリーランスとしての葛藤が深まる中で、彼の言葉やビジョンに触れるたびに、その圧倒的な差に悔しさを感じると同時に、「この人を見返したい、そしていつか頼られる存在になりたい」という強い思いが込み上げてきました。
CockPitという場所なら、自分が求めていた「仲間と共に大きな目標を追う」環境があり、何よりこの人の側で学ぶことで、人間として、そして経営観点も身につけて大きく成長できるはずだと確信したんです。「給料はいらないんで、一緒にやらせてください!僕がどうにかします」と、半ば押しかける形でお願いしました。それくらいの覚悟でしたね。
ゼロからの事業部立ち上げを経て、生まれた変化
ーー CockPitでは、転職支援事業からスタートされたそうですね。
当初はエージェント業がメインだったため、とにかく売上をあげる事に必死でした。思いの他順風満帆に進み、役員2名+社員3名で売上3億程の規模感まで1年半前後で到達することができました。そこから会社全体として1つの指標においていた売上10億円を達成するにあたり、全体会議にてBPO事業部の発足が決まりました。
もちろん最初は売上も0のため、エージェント業を推進しつつ、立ち上げるという、半年から1年ほどは二足の草鞋状態。転職支援で月に30〜40名、BPOで50名、合計100名ほどの方々と毎月向き合う日々は、ハードでしたが、この経験で効率性やシステム改善のスキルは劇的に向上しましたね。
BPO事業部も、最初は私1人で80名ほどの稼働者を抱えていましたが、徐々にメンバーを増やし、仕組みを整えていきました。複数の事業を同時に拡大していくことは本当に大変でしたが、濃密な時間でした。
ーー CockPitにジョインされて、鯰江さんとの関係性や、ご自身の視座に変化はありましたか?
鯰江との関係性は変わりません。どこまでいっても私にとっては「純樹(ジュンキ)さん」であり、リスペクトの念は揺るぎませんね(笑)。一方で、自身の視座は確実に引き上げられました。以前は1年後くらいまでしか見えていなかったのが、今は3年後、5年後を見据えて事業や組織を考えられるようになったと感じています。
その影響で、私自身の関心も、単に自分がどう稼ぐかではなく、「この会社をどう存続させていくか」「次の人材をどう育成していくか」という点に向かうようになりました。そういう視座で、仲間と共に新しい価値を創造していきたいと考えてますね。
ーー CockPitの根幹でもある「自由と責任」については、どのようにお考えですか?
「自由と責任」は私も非常に重視している考え方です。社会には大学の単位のような明確な基準がないからこそ、自分で責任を定義し、それを果たさなければならない。
一見自由に見えるフリーターやフリーランスも、責任を伴わない自由を享受しているに過ぎず、それはかえって不自由になりがちです。大きな責任を負う人こそが、働き方を含めた本質的な自由を手にできる。「自由と責任は比例する」ので、責任を負える機会があれば積極的に取るべきだと考えていますね。
昨今、フルリモートという働き方が様々な場所で議論されていますが、叶えたければ大きな責任を背負えば良いと思います。フルリモートというワードに引き寄せられ、フルリモートというワードで居場所を探しているその瞬間こそ自由を定義できていないと思います。時間軸を長く中長期的に動けばある程度は叶う世の中だと思ってます。
ーー 「自由と責任」の考え方が現在の新城さんの働き方である、「週4勤務、子供のお風呂タイムは帰宅する」に表れていますよね?
そうですね。今は非常に柔軟な働き方をさせてもらっています。例えば、平日は基本的に17時半頃には帰宅して、必ず子どもと一緒にお風呂に入る。家族で夕食をとり、子どもが寝た後に少し仕事をする、というリズムです。
これも、日々の仕事で責任を果たし、成果を出すことで得られる信頼があってこその「自由」です。周りから見て「自由だな」と思われる行動も、その裏にある責任と成果、そして「立ち回り」も含めて、自分でコントロールしていく。それがこの環境で求められることだと理解しています。
固定概念を壊し、多様な働き方を実現する
ーー 新城さんがこれから挑戦したいこと、成し遂げたいビジョンについて教えてください。
前提として前期10億円を達成し、ホールディングス化/分社化することになりました。その中で短期的な目標としては、私が任される会社単体で初年度売上11億円を掲げております。少数精鋭のチームから徐々に雇用を創出し、企業成長の先頭に立ち続けられる強固な組織基盤を2、3年で確立したいと考えています。
そして、中期的な視点では、「採用の概念を根本から変えたい」という大きな目標があります。現状の採用活動における、企業と求職者双方にとってのミスマッチ、いわば「宝くじ」のような状況を改善したいですね。より本質的なマッチングを促す仕組みを構築し、まずは東京から仕掛け、いずれは地方にも展開していきたいですね。固定観念に縛られず、多様な働き方と可能性を広げていきます。
最後に長期的な部分ですが、同業同士でπを取り合うのではなく、シェアする世界線を創りたいと思っております。これからの日本を考えても、争わず論破せず共感させる力が必要不可欠だと思います。個人で稼いでいる人、少数精鋭で戦っている会社、この世の中には沢山セクシー(魅力的)な人がいると思います。そんな人達こそ仲間になって、共に歩んでいくべきだと思うので、その架け橋になれる人、会社を目指したいと思ってます。
ーー そのような未来を共に創っていく上で、どんな方と一緒に働きたいですか?
#嘘をつかない人、
#行動力がある人
#不義理しない人。
#状況に負けない人
上3つは基本的な部分ですが、私が人より秀でている部分は最後の一つだと思ってます。「状況に負けない」生きていれば、仕事でもプライベートでも社会情勢でも様々な事が起きます。そんな時に、コンマ1秒でも早く希望に向かって歩みを止めない人はヒューマン的に強いと思いますし、突出したスキルを持っている人よりも人の上に立つ素質があると思います。そんな人が多い集団はより強固な組織になっていくことは明確です。そして、概念に捉われず、豊かに、カッコよくセクシーなビジョンを持っている方を求めています。週7日働いて年収800万円の人は、週4働いて年収1000万円にしましょう。日本人という事に誇りを持って組織で世間に対して問いかけ続け、生きた証を一緒に創っていける人に背中を預けたいですね。
1人社長で年商1億円ある人、個人事業主で年収1.000万円ある人、大手企業で年収600万円ある人、何者でもないけどやる気がある人、ここからは掛け算です。
ぜひCockPitの門を叩いてほしい。私たちが持つリソースやネットワークと掛け合わせることで、一人では見られなかった景色を一緒に見られるはずです。固定概念に囚われず、自分の作りたい人生を本気で追求する。そんな熱い仲間が揃っていますし、これからもそんな方と未来を切り拓いていきたいです!