こんにちは!株式会社国境離島革命団の深井です。
今回登場するのは、弊社国境離島革命団の動画編集マネージャー・濱口草海(25歳)。
編集チーム7名をまとめ、採用・育成から、月間200〜300本にのぼるショート動画の編集ディレクションまで担っています。
そんな濱口が初めてYouTubeに動画を投稿したのは、なんと小学5年生。
高校を中退してYouTubeに本気で挑戦し、極貧生活やフリーランス編集者を経て革命団へ。気づけば、10年以上動画を作り続けてきました。
本人いわく、革命団に入って初めて「動画を作る」だけではなく、「なぜこの動画を作るのか」を考えるようになったと言います。
動画編集は、センスなのか。それとも技術なのか。
10年以上動画編集と向き合ってきた濱口に、キャリアと「バズる動画」の考え方を聞きました。
プロフィール
濱口 草海(ハマグチ ソウカイ)|動画編集マネージャー
鹿児島出身。小学5年生からYouTubeへの動画投稿を開始。中学生から友人と本格的にYouTube活動を行い、高校在学中に「YouTuberになる」と決意して中退。通信制高校へ通いながら毎日動画の企画から撮影、編集までを全て一人で担当。
その後、介護職や警備会社で働きながらも動画制作を継続。22歳で動画編集者として独立を目指し、複数社のクライアント案件を担当。
フリーランス動画編集者としてキャリアの限界を感じる中、鹿児島で国境離島革命団が運営するSNSアカウントを見つけ、自らDMを送り、動画編集者として参画。現在は7名の編集チームを束ね、月間200〜300本規模の動画制作を支えている。
小学5年生でYouTubeに初投稿|「誰もやっていないことをやりたかった」
――濱口って、そもそも動画を始めたのがめちゃくちゃ早いよね。小5でしょ?
そうですね。
小学5年生のときに、一人でYouTubeを始めました。
当時は完全に「ヒカきっず」です(笑)。※ヒカキンに憧れてる子供達のことらしい
ペヤングを一人で食べてみたり、一人でアスレチックに行ったり。
今見ると「何やってんだ」って動画ばっかりです(笑)。
――でも、小学生が一人で撮影して投稿までやるって結構すごくない?何がそんなに楽しかったの?
目立ちたかったんだと思います。
あと、誰もやっていないことをやりたかった。
当時の鹿児島では、今みたいに周りにYouTuberがいるわけでもなかったし、そもそもYouTubeを日常的に見ている人も少なかった。
だから、自分が作ったものが知り合いじゃない人の目に触れることがめちゃくちゃ面白かったんですよね。
学校とか家族とか、自分が知っているコミュニティの外側に、自分の作ったものだけが出ていく。
あの感覚が気持ちよかった。
たぶん、今まで続いている原点はそこだと思います。
初めてバズったyoutubeの動画らしい(笑)
「YouTuberになる」と高校を中退した15歳
中学生になると、同じようにYouTubeをやっている同い年の友人と出会いました。
当時流行っていたデュエル・マスターズなどの動画を一緒に撮影し、さらに動画にのめり込んでいきます。
高校進学では、動画やITについて学べる情報系の学科を希望しました。
しかし、家族からすれば当然不安があります。
「YouTuberで大人になって食べていけるのか」
「ちゃんと高校を卒業できるのか」
話し合った結果、同じ高校の医療福祉系の学科へ進学しました。
それでも、動画への気持ちは消えませんでした。
――そこから「やっぱりYouTubeをやる」って高校を辞めたんだよね。15歳でその決断って怖くなかった?
怖いというより、「やっぱりこれをやりたい」が強かったです。
高校を中退して、通信制の学校へ通いながらYouTubeを本気でやろうと決めました。
そこから毎日投稿を始めました。
みんなが学校へ行く中、自分だけ何者にもなれていない
ただ、「好きなことを選んだら毎日楽しかった」というほど単純ではありませんでした。
周りの友人は毎日学校へ行く。
自分は動画を作っている。
でも、YouTubeですぐに結果が出るわけではありません。
――あの頃って、結構しんどかったって言ってたよね。
しんどかったですね。
自分で選んだ道なんですけど、周りを見ると焦るんですよ。
「みんなは普通に学校に行っているのに、自分は何してるんだろう」って。
一緒にYouTubeをやっていた仲間が辞めていった時期もありました。
16歳くらいの頃は、ちょっと諦めモードにもなっていました。
いろんなところでアルバイトをしながら、なんとかYouTubeを続ける。
さらにコロナが来て、バイトもできなくなった。
本当にお金がなくて、かなりギリギリの生活をしていた時期もあります。
その後は介護の仕事に戻ったり、別の仕事をしたり。
職を転々としながらも、動画だけは完全には辞めませんでした。
「1年やってダメなら、トラックの運転手になろう」
転機が訪れたのは2023年末。
22歳になり、同世代の友人たちが大学を卒業し始めた頃でした。
――ここでもまた、周りを見て焦った?
めちゃくちゃ焦りました。
みんな大学を卒業して、就職していく。
自分もそろそろ、ちゃんと手に職をつけないとまずいなって。
そこで、「ずっとやってきた動画を仕事にしよう」と思って、動画編集者を目指しました。
アルバイトをしながら案件を探して、最終的には複数社から仕事をもらっていました。
ただ、そこで初めて「動画を作るのが好き」と「動画編集を仕事にする」は全然違うと知りました。
好きな編集ができない。しかも、単価は低い
クライアントワークでは、自分がやりたい編集より、当然クライアントの意向が優先されます。
修正もある。
納期もある。
しかも動画編集市場は競争が激しく、低単価の案件も少なくありません。
――YouTubeでは自分が好きなものを作っていたから、余計にギャップありそう。
ありましたね。
「自分ならこうしたい」と思っても、クライアントから違う指示が来たら、そっちに合わせる。
最初はそれが結構きつかった。
しかも編集だけでちゃんと生活できるくらい稼ぐのも簡単じゃない。
だから自分の中で期限を決めていました。
「1年間やって結果が出なかったら、トラックの運転手になろう」って。自分、運転好きなんで最悪その道もありかなって(笑)
案件がなくなった日に、革命団へDMを送った
そんなタイミングで、継続していた編集案件の一つが終了。
新しい仕事を探している中で見つけたのが、鹿児島でSNSを運用していた革命団のアカウントでした。
――応募フォームとかじゃなくて、普通にDMだったんだよね(笑)。
DMですね(笑)。
「鹿児島のクライアントと仕事をしてみたい」と思って、自分から営業しました。
そこから仕事をもらうようになって、革命団に入ることになりました。
入ってみたら、「動画編集」の意味が変わった
――実際入ってみてどうだった?最初の印象と違ったところある?
まず、思っていたより面白かったです。
もっとドライな会社だと思っていました。
でも実際は、一緒にいる時間も長いし、友達よりちょっと身内に近いような安心感がある。
もちろん仕事では個人で任される部分も多いんですけど、「放置されている」というより「任せてもらっている」感覚なんですよね。
裁量も思っていたより大きかったです。
「こういう編集にしたい」と提案すればやらせてもらえる。
新しいことでも、会社やクライアントのためになるなら試させてもらえる。
何より驚いたのが、みんながクライアントの成果をちゃんと追っていることでした。
ただ納品するのではなく、
「この動画、伸びたね」
「でも来店につながったの?」
「次はどうする?」
まで考えている。
それは素直に尊敬しました。
「上手く編集する」から、「見てもらうために編集する」へ
革命団へ入って、濱口が初めて本格的に取り組んだのがショート動画でした。
YouTubeを10年以上やっていても、長尺動画と15秒、30秒のショート動画では考え方がまったく違います。
――10年以上動画をやっていても、学び直すことってあった?
めちゃくちゃありました。
特に変わったのは、「見やすくするための構成」をものすごく考えるようになったこと。
普通の編集案件だと、「指示通りきれいに作る」が仕事になることもあります。
でもSNSは、見てもらえなかったら終わりです。
だから、
最初の3秒で何を見せる?
テロップは一瞬で理解できる?
ここで離脱されない?
この映像は本当に必要?
みたいなことをずっと考える。
動画編集にマーケティングの視点が入った感じですね。
これは普通の動画編集案件だけをやっていたら、なかなか身につかなかったと思います。
バズる動画ほど、小学生でも分かる
――10年以上動画を作って、今は月200〜300本規模の編集を見る濱口からすると、「伸びる動画」に共通点ってある?
一つは、一発で理解できることですね。
テロップも、小学生が見ても意味が分かるくらいにした方がいい。
専門用語をそのまま使わず、できるだけ噛み砕く。
作っている側は内容を全部知っているから、つい説明を省いちゃうんですよ。
でも視聴者は初見です。
「これ、知らない人が0.5秒見て意味分かる?」って考えるようにしています。
もう一つは、盛り上がるところを出し惜しみしない。
面白い映像が後半にあるなら、冒頭にダイジェストとして入れる。
「この先に面白いものがありますよ」と最初に期待値を作る。
ローカル動画は「音・文字・映像」全部で地元感を作る
革命団ならではの考え方もあります。
ローカルでバズらせたい場合は、映像だけではなく、音、文字、言葉選びまで含めて「その地域のコンテンツ」であることを伝える。
鹿児島の人に届けたいなら、
鹿児島の景色。
鹿児島の言葉。
鹿児島の人が反応するテーマ。
そうした要素を動画全体へ入れていきます。
ただし、地域に寄せすぎて意味が分からなくなってはいけません。
「鹿児島の人には刺さる。でも初めて見た人にも一瞬で理解できる」
そのバランスを探します。
革命団ではその地域・地方でバズを起こすマーケティングのことを「ローカルバズ」
と呼んでいて、今後SNSは全国にバズる発信ではなく、各地域・地方ごとにローカライズされたコンテンツが主流になると予想してます。
「真面目ないたずらっ子」が一番編集に向いている
――編集者として「こういう人は伸びるな」ってあります?
僕は、「真面目ないたずらっ子」みたいな人が向いていると思っています(笑)。
クライアントが伝えたいこと、ターゲット、マーケティング上外せないポイント。
そこはちゃんと守る。
でも、それ以外は遊んでいい。
効果音を変えてみる。
テロップをちょっと面白くしてみる。
構成を試してみる。
「こっちの方が伸びるんじゃない?」と思ったら実験する。
ゲーム攻略が好きな人にも近いかもしれません。
一定のルールや制約がある中で、「どうやったら一番良い結果を出せる?」を考えるのが成果を出せる動画編集者の仕事なので。
編集チーム7人。今度は「自分が作る」から「人に伝える」へ
革命団に入社して2年、現在は濱口は7名の編集チームをまとめています。
採用人数を考え、月200〜300本の制作を納期までに回し、編集クオリティを揃える。
自分一人で動画を作っていた頃には想像もしなかった仕事です。
――編集以外で一番伸びた能力って何?
圧倒的に、人に伝える力です。
動画も、結局は視聴者に何かを伝えるもの。
でも今はそれだけじゃなくて、自分のチームにも伝えないといけない。
編集をやっていないプロデューサーやディレクターにも、「なぜこの編集が必要なのか」を説明する必要がある。
昔は感覚で、
「こっちの方がいい」
で終わっていたことを、
「なぜ?」
と聞かれたときに説明できるようにする。
その言語化力はかなり鍛えられました。
編集が好きなら、「編集だけ」で終わらないでほしい
――これから動画編集を仕事にしたい人へ伝えたいことは?
動画編集って、もっともっと奥深い仕事だと思います。
今は副業で編集をやっている人も多いと思うし、僕自身もそこから始まりました。
でも、「指示された動画を作って納品する」だけが編集者じゃない。
なぜこの動画を作るのか。
誰に見てほしいのか。
どうしたら最後まで見てもらえるのか。
どうしたらクライアントの成果につながるのか。
そこまで考え始めると、仕事が一気に面白くなります。
革命団みたいな小さい会社だからこそ、編集だけじゃなく、採用やマネジメント、予算、人事、マーケティングにも触れられる。
僕自身、最初からマネージャーを目指していたわけではありません。
小5でYouTubeを始めた頃なんて、ただ目立ちたかっただけです(笑)。
でも動画を辞めずに続けていたら、想像していなかったところまで来ました。
だから、今編集をやっていて、
「このままずっと一本○円の編集を続けるのかな」
「もっと動画の上流から関わってみたい」
と思っている人がいたら、伝えたいです。
動画を作ることが好きなら、その“好き”をもっと広げられるキャリアはある。
編集の先には、まだまだ知らない仕事があると思います。
編集後記
小5からYouTubeを始め、高校中退、極貧生活、フリーランスを経て、今では7人のチームを率いる濱口。10年以上変わらなかったのは「動画が好き」ということでした。好きなことを仕事にした“その先”を感じられるインタビューでした。