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福田にとっての強さとは

どうも、株式会社ギークハッシュのソクラテスこと福田です。変なポーズをとっている隣の彼にはあえて触れず、先へ進めたいと思います。なんの真似をしているかを当ててみてくださいね(笑)。

また、自分のことを書くので、wantedlyでよくみるようないい感じのソロ写真を見つけようと思ったのですが、1時間探しても見つかりませんでした。なので、以前撮ったよくわからない写真を伝説のお笑いトリオ 四千頭身 のTwitterアカウントのアイコン風にアレンジしてみたわけです。

そんなわけで(?)、本日の投稿のテーマは「自分の求める強さ」。ただし、これについてはあまりに具体化しすぎると途端に俗っぽくなってしまうような気がしますし、目指すべき人間像というのは定めすぎない方がいいような気がします。よって、抽象度高めで書いていきます。

「中途半端なものはもういらねえよ。」

そこで、自分がいいカッコをしたいとか、嫌われたくないとか、そういう中途半端なものはもういらねえよって話で。自分の命がこのあとすぐに消えても強く叩き付けたいものがあるかどうか。勇気ですよね。そういうものだけでいいと思うの。

さて、突然ご紹介したのは、私の憧れである椎名林檎さんがインタビューにてお話ししていた言葉です。こういう言葉をポンと発せられる林檎さん、めちゃくちゃかっこいいです。

中途半端と訣別し、自分の生命が悦ぶ生き方をしていたい。

もっと自分の生命に深く根を張る、環境に依らない本質的な強さを育みたい。

私の本質にはいつもそのような渇望が存在しています。

とっても中途半端だらけだった人生

なぜそのような渇望が生まれているのか?それは自分の半生は実に中途半端だらけだったからです。そして、中途半端に終わってしまったものは自分の生命に根付くことはありません。また、それら中途半端な経験は説得力に欠けますから、自分にも周りにも良い影響をもたらすことはありません。結局、その場しのぎを続ける人生はつまらない。

「どんな人生だったんかい!」ということでざっと振り返ってみます。

まず、僕は幼いことからスポーツをやってきました。小学校は野球、中学校はサッカー、高校はハンドボールと競技を変えつつ。それぞれは楽しかったのですが、一つの競技をずっと続けている人への憧れがありました。

また、勉強も得意な人間ではありませんでした。特に、算数/数学ができなかったことは自己肯定感を引き下げていたような気がします。小学校の頃でさえ勉強に苦手意識を持っていて、中学校では75人中30番台の成績でした。大学受験では高一から東○ハイスクールに通わせてもらい、良き学友にも恵まれ、希望の大学に合格することができました。このときに初めて「自分って成功してもいい側の人間だったんだ。自分の願いって叶うことがあるんだ。」と思いました。それまでの18年間は自分の人格も、能力も肯定することができないまま過ごしていたような気がします。

まとめると、周りからみたわかりやすい「自分の特徴」と呼べるものが何一つなく、それ故にひたすら劣等感を味わい続けて生きてきました。ある意味で「全部普通」みたいな。こんな自分に嫌気を催しながら生きてきました。

そして、こうして生きているうちにいつの間にか身についていた「なんとなくその場を凌げてしまう能力」。

こんな能力は私の求めるものではありません。これは結構寂しい力だなと思います。

私は何かに向かって戦っている人がいたら、精神的にも能力的にも、その人の援けになれるような懐の深い人間になれればと考えています。そのために、私はもっと自分の生命に深く根を張る、環境に依らない本質的な強さ・芯を育んでいきたいです。

『ありあまる富』という曲にて、彼女はこのようにうたいました。

「価値は生命(いのち)に従って付いている。ほらね 君には富が溢れている」

誰にも奪われることもない、壊されることもない、自分の生命に深く根付いた強さ。


さて、皆さんにとっての目指したい強さはどのようなものでしょうか。

ふと、考えてみるのもよいかもしれません。

こんなブログも書いています。よければみてみてください!

それではまた。

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