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佐賀県唐津市で、まちづくり会社「いきいき唐津」が映画館がなくなった街で、映画でまちづくりに挑戦する理由

佐賀県の北西、玄界灘に面する街、唐津。唐津焼きや伝統の祭「唐津くんち」で有名なこの街が、今、大きく変わろうとしています。きっかけとなったのは、唐津を舞台にした大林宣彦・監督の映画『花筐』(原作・檀一雄)の制作を全面的にバックアップしたいきいき唐津という会社でした。

いきいき唐津は佐賀県唐津市で「歩きたくなる、暮らしたくなる 50年後、100年後も色あせない、心豊かなまちづくり」というビジョンのもとで活動する「まちづくり会社」。これまで映画館がなくなった唐津の街で「唐津シネマの会」を立ち上げた他、今年は映画館併設の複合施設「KARAE」もオープン予定です。

いきいき唐津が街づくり施策の一環として映画に着目した理由とは。新規事業を率いてきた甲斐田晴子・専務取締役に話を聞きました。(執筆=角田貴広)


まちづくり会社とは?

「まちづくり会社」という言葉に馴染みがない人も多いかもしれません。「まちづくり会社」は、国が定める「中心市街地活性化法」に則って設立された、中心市街地のまちづくり推進の役割を担う会社として位置づけられています。その名の通り、まちづくりを行う官民合同の会社です。実は、現在日本には100以上のまちづくり会社があり、その多くは市町村主導で立ち上げられ、多くは行政と協働でその財源を頼りに、まちづくりを推進しています。唐津でも、2010年に唐津市主導で、まちづくり会社「いきいき唐津」が誕生しました。

しかし、いきいき唐津は全国のまちづくり会社と大きく異なる点があります。それは資本金の約97%は地元民間企業によるもので、まちの課題解決のために収益事業を行う「ソーシャルビジネスベンチャー企業」の側面を持つこと。行政との協働事業を行いながらも、補助金に頼らない経営基盤をつくり、民間として自律した会社経営を目指してきました。

同社代表の木下修一は、地元の老舗企業・まいづる百貨店の社長であり、また、地元商工会議所の副会頭で、まちづくり会社の代表は栄誉職として就任しています。若い人材に「任せる」ことができなければ、まちの未来はない、という思いから、会社代表者としての責任は持ちながらも、現場は若いスタッフに任せきるスタンスを持っています。

そうして新規事業の立ち上げ、人材採用と民間企業顔負けの事業戦略を、若いスタッフが中心となって企画し、実現してきました。その結果、行政業務以外にシネマ事業、カフェ経営や不動産管理など徐々に民間収益事業を増やし、ソーシャルビジネスベンチャー企業としての歩みを続けています。

では、民間企業と何が違うのか?その違いは、活動目的にあります。民間企業の目的が「収益の最大化」であるのに対して、まちづくり会社は「市益の最大化」。つまり、企業体として、利益を出すだけではなく、唐津市の未来を考えた時にどのような事業を実現すればよいか、公益性を考える必要があります。 例えば、商業施設の再開発事業であれば、採算が合えばなんでもしてよい、ということではなく、市民ニーズやポテンシャル調査、長期的なタウンマネジメントの視点が必要になってきます。

そして、この会社の経営基盤をつくってきたのが、甲斐田晴子専務取締役(以下甲斐田)です。唐津で生まれ育ち、大手人材企業での広告営業、NPO法人での活動、フランスのグルノーブル政治学院への留学、教育関係の職務などを経た後に2011年にいきいき唐津へ入社。市中心にあるカフェ「オデカフェ」や学びプロジェクト「カラツ大学」、「IMAKARA」や「歩唐」などの事業機関紙などを手がけてきました。その中でも、特筆すべき取り組みが、「映画」に関するプロジェクトです。


映画館がなくなった街に映画の灯をの想いからはじった活動が、大林宣彦監督作品『花筐/HANAGATAMI』の映画製作に携わることに

甲斐田は町の通行量調査がきっかけに、住民の“映画館”に対するニーズを知ります。しかし、かつてこの街にあった唯一の映画館が約30年前に経営難のために既に廃業していました。同じことをしていては、経営は難しい。そこで彼女が考えたのが「箱を持たない上映方式」で上映内容は「オリジナルコンテンツ」を考え、「法人有料会員制度制」をつくり、一般鑑賞料は安価におさえて「定期的な上映会を行う」という画期的なアイデアでした。西日本エリアのほとんど全てのミニシアターに足を運び、入社年の9月にはさっそく「唐津シネマの会」を発足させ、徐々に会員数を増やし、5年をかけてこの事業を軌道に乗せることに成功しました。

そんな日々を過ごす中で、地元で開催されたある映画上映イベントで、日本映画史に残る名作「転校生」「時をかける少女」などを手がけた大林宣彦監督と出会う機会がありました。そこから監督との交流がはじまったのですが、ある日、彼女のもとに監督から手書きの脚本が届きます。それは、40年前に監督と桂千穂さんあが手がけた脚本で、三島由紀夫が小説家を目指すきっかけとなったと言われる檀一雄の小説『花筐』が原作でした。実は『花筐』は、明記こそはされていないものの、唐津の風景を思い浮かべて書かれたそうで、それを檀一雄から聞いた大林監督一行らは、40年前にロケハンで唐津を訪れ、脚本を温めていたそうです。甲斐田はあまりの驚きと畏敬の念で半年間返事ができなかったと言いますが、「唐津シネマの会」の夢の1つである映画製作が実現できること、また映画を通して地域の活性化や観光振興に繋げられるという思いもあって、映画製作を実現していくことを決心し、動き始めます。

 甲斐田は、まちの名士と言われる人物らを口説いて“オール唐津”で取り組むための「唐津映画製作推進委員会」を発足させ、唐津市の協力により、ふるさと納税で寄付金募集を可能にしました。そうして委員会は、映画製作のための資金1億円を、なんと1年間で調達し、地元の40ヶ所を超えるロケ地撮影手配を行い、3000人ものボランティア・エキストラを集めることができました。約50日間の撮影期間中、そのバックアップに奔走して、街は一つとなって映画の撮影を終える事ができました。結果として「唐津くんち」や唐津に遺る歴史的建造物や文化財での撮影が実現して、大林監督の代表作といって過言でない作品『花筐/HANAGATAMI』が仕上がり、のちに毎日映画コンクール「日本映画大賞」にも選ばれる映画が完成しました。

©唐津映画製作委員会/PSC

映画を通して、見過ごされていた故郷の魅力に気づく

この映画製作の取り組みは、多くのメディアに取り上げられて、唐津を知らなかった多くの人々が唐津を知ったり、訪れるきっかけとなりました。ふるさと納税の認知も広まり、平成28年の間に35倍の数の人が唐津市にふるさと寄付をするという現象も。また、映画のロケハンや撮影を通して、普段“当たり前”だと思って見過ごしていた故郷の風景や文化を、映画の撮影スタッフや俳優の皆さんに褒められ、その価値に気付かされたり、改めて唐津の文化や伝統や風景に誇りをもった地元の人達も多かったと言います。外からの刺激を受けることで、唐津の人があらためて故郷を振り返り、また課題意識を持つことに繋がりました。これは、いきいき唐津が目指していたビジョン、ただ経済的に豊かになるというだけでなく、「心豊かな」まちづくりへの手ごたえを実感した瞬間でもあったそうです。

「まちづくり」で「映画」に取組む理由

甲斐田は「唐津シネマの会」を立ち上げるとき、「そんなの絶対無理」という言葉を多くかけられました。それでも、甲斐田は、「映画」を通したまちづくりは、絶対に間違っていないという確信をもっていました。その理由について、彼女は言います。

映画は「総合芸術」と言われる文化的娯楽でありながら、着飾りもせず、老若男女が楽しめる大衆娯楽という側面も持ち合わせています。それは、高齢者にとっては、日々の楽しみや生きがいになるし、子どもたちにとっては文化教育の機会を得ることにもなります。映画は、少子高齢化が進む地域社会で、暮らす地域のクオリティー・オブ・ライフを支えるのです。さらに、映画は様々な国や地域の文化や価値観、思想を届けてくれます。唐津の人が唐津の魅力に気付かない理由の一つは、自分の地域を相対的に見る視点や経験が少ないこともあると思います。映画で観る他人の人生や外国の物語を通して、自分自身について考えたり、自分の住む地域の、国のことを無意識に俯瞰してみることができています。そうして、改めて唐津のオリジナリティーや文化を理解したり、他者や他国があることへの想像力や思いやりを得たり、地域や時代を超えて普遍的にある真理に気付くことだってあります。

それから、唐津シネマの会の市民サークル。このサークルは映画好きの市民によって構成されていますが、「映画が好き」というだけで集まっているサークルで、そこに年齢や性別、住む地域などは関係ありません。地縁、血縁ではない、この緩いコミュニティこそが、これから地域が発展していく鍵になってくると思っています。

私自身、おばあちゃんになって、遠くにあまりいけなくなったときに、時々気のおけない友人と映画をみて、海外旅行にでも行った気分になったりして、映画について、お茶でもしながら話をして、そんな時間があるだけで、すごく幸せだなと思います。だから、まちづくりって誰かのための前に、まずは自分のためだし、自分の家族のためでもあるんですよね。」

上映会の活動を始めて7年目、30年ぶりに商店街に映画館を復活させることに。思いだけでなく収益性も大切に

唐津と映画の物語はまだまだ続きます。現在、唐津シネマの会の会員は1500名を超えました。そして、今年2019年の秋に、商店街の一画に、いきいき唐津が手がける商業複合施設「KARAE」の中に、約30年前ぶりにになくなった映画館を復活させるというプロジェクトが動き始めました。2019年10月に開業予定の複合施設「KARAE」の中にホテルと共に映画館を併設することになったのです。映画館の名前は公募で「シアターENYA(演屋)」となりました。唐津の伝統のお祭り「唐津くんち」の「エンヤ!」というかけ声にちなんでいます。


甲斐田はまちづくり会社として事業を展開していくことについて以下の様に語ります。

「まちづくりは1年や2年で成果が見えるものではありません。10年目に入るまちづくりですが、やっとその効果が少しみえてきたという気がします。だから持続可能な事業展開のためのビジネスモデルやスキームが必要ですし、思いつきやアイデアだけで事業を企画するのではなく、事業の裏付けとなる市場調査やビジョンを見据えた事業展開をし、その後もPDCAを繰り返し実施していく事が大切です。そしてそれを実現するために欠かせないのは、優秀で想いのある人材の確保人材の確保には財源が欠かせません。だから収益をしっかり考えて事業を行うことは、責任をもってまちづくりに取組むのに最低条件だと思っています。そして、まちづくり会社は、新たな事業立案の時は目立つ存在かもしれませんが、将来はまちの人たちが交流をしたり、学んだり、活躍できる舞台づくりを担う黒子のような存在になればいいと願っています。」


いきいき唐津株式会社が目指すまちづくりの在り方と「北風と太陽」の話

甲斐田は、「少子高齢化のために街を強制的にダウンサイジングして人口を集中させるのではなく、みんなが集まりたくなる機会やきっかけをたくさん作って人々が自ずと「まち」に集まるようにする、というイメージを持っている」と言います。そして、そこには会社としてただ単に利益を追求するのではなく、まちに住む人が能動的にまちのことを考えていくプロセスが大事で、時間がかかってもそのプロセスの積み重ねが、まちの底力となって豊かな未来をつくる土壌になっていくと信じていると、力強く話をしてくれました。

彼女の話を聞いて「北風と太陽」の話を思い出しました。

街の人々の“心のコート”を脱がせるために、寒い北風を吹かせるのではなく、暖かい太陽を浴びせ続けるという物語。そんないきいき唐津のビジョンは「50年後、100年後も色あせない、心豊かなまちづくり」。設立から9年、このまちの未来は始まったばかりです。

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