労務安全部 大野 正貴
「安全の話なんて誰も聞きたくない」ーー 人の命を預かる建設業界で、この現実を原点とするのが新発田建設で唯一の安全担当者、大野さんだ。新人時代での挫折経験から、法律や規則で縛る“警察官”ではなく、職人の信頼を築く“人情安全担当”こそが命を守る理想の姿だと確信する。今回は、“安全屋という職人”として現場を回り続ける、大野さんの挑戦と試行錯誤に迫ります。
新卒で飛び込んだ「安全」の道
新卒で新発田建設に入社し、労務安全担当に配属された大野さん。入社当初は労働基準局のOBであった前任者から、労働安全衛生法に基づく安全管理のイロハを教わり、労災保険や事故対応など、書類作成を主としたデスクワークからキャリアをスタートさせた。
労務安全担当は、「労働安全衛生法」という法律に基づき現場の安全を守る仕事だ。現場の平均人数が20人を超えると月に最低1回は現場に出向き、災害防止のための指摘や、安全衛生協議会の運営、協力会社へ向けた安全講話等、その仕事は多忙を極める。
「毎日のように現場を巡回しています。何かあったからではなく、何も起こさないために日々活動をしています。」
“人情安全担当”への転機:死亡事故ゼロの現場で見た流儀とは
大野さんの安全観が大きく変わったのは、入社から2年目、縁があって出向していたスーパーゼネコンでの現場経験だ。年商数兆円の会社でありながら死亡事故ゼロを達成していた同社の現場を見る中で、“人が死なないやり方”を学び、安全担当者の理想像を見つけたという。
「そのゼネコンの安全担当は“人情安全担当”だった」
法律を扱う立場である安全担当は、会社の中の法律家や警察官といった堅苦しい存在に思われがちだ。しかし、その安全担当者は全く違っていた。
その流儀とは、現場に入ったらまず所長のところに行くのではなく、職人さんに気軽に声をかけること。大野さんが見た現場では、「○○さんまた来たの~」とむしろ職人さんから声をかけられており、その気軽な関係性が伺えた。
真の目的は、「この現場は働きやすいか、働きにくいか」を聞き出し、職人さんの表情や動きから危険や負担の原因を見つけ出すことにある。ケガをするのは職人だからこそ、このアプローチこそが命を守る第一歩だと確信した。
“ガン無視”から学んだコミュニケーションの真髄
安全担当者の仕事は、命を守る責任という大きなやりがいがある一方で、大きな苦労も伴う。それは、大野さんが最大の課題だと認識している“人に伝えること”の難しさだ。
件のスーパーゼネコンでの修行中、大野さんは1日平均500人が働く現場で大きな挫折を経験する。
誰一人職人たちが話を聞いてくれない。目を合わせてもくれない“ガン無視”状態。新潟出身で初めての長期出張、しかもまだ二十歳そこそこだった大野さんにはかなりこたえた。
話を聞いてもらえなかった原因は、大野さんが堅苦しい言葉で、標準語で話し、安全担当者はこうでなければならないという形にとらわれていたことにあった。
安全の話は、受け手からすれば「分かりにくい話」「好き好んで聞きたくない話」が前提にある。その姿勢で一方的に正しいことを押し付けても、人の命は守れない。
1,2ヶ月が経ったある日、開き直って「新潟弁」で話してみた。すると、みんなが話を聞いてくれるようになり、コミュニケーションがとれるようになったのだという。この経験から、大野さんは“伝え方”にこそ問題があると訴える。
「“伝わったかどうか”ということ、“どうしたら相手が受け取ってくれるのか”ということについて悩まないと。」
この試練を乗り越え、自分の“伝え方”を見つけたときこそ、この仕事の大きなやりがいとなる。
安全担当者は“職人”であれ
大野さんは何年経っても「安全の話なんて誰も聞きたくない」という現実を痛感している。だからこそ、大野さんは安全担当者を“安全屋という職人”だと考えている。
「偉い人の話なんて誰も聞かない」
と大野さんは言う。安全担当者は偉い人ではない。「今日は安全担当という職人が来た」と思ってもらうべきだと考えている。
職人であるならば、話は上手でなければならない。現場にやってくることが期待され、信頼される存在でなければ、命は守れない。
また、安全管理の基本として、人間側のミスを仕組みで救う「フールプルーフ」と、機械のトラブル時に自動で安全に動作させる「フェイルセーフ」の徹底を重視している。“絶対はない”からこそ、故障やミスを防げないことを前提に、徹底した危機管理を追及しているのである。
社員がみんな「しばけんくん」になってほしい
インタビューの最後に、会社の未来のビジョンについて尋ねると、予想外の答えが返ってきた。
「社員も「しばけんくん」になってほしい。」
「しばけんくん」とは、柴犬がモチーフとなっている、新発田建設の公式キャラクターである。
「柴犬には“頑固”“凛としてる”“心許した人には一生ついていく”というイメージがあるでしょ。それが会社のフタを開けたら全然そんなことなかったなんてなったら、ダメだよね。」
会社も「しばけんくん」が持つイメージのように、芯を持ち、信頼される組織へと成長してほしいと大野さんは願っている。
現場は“毎日が試合”
建設業界は実力社会だ。大野さんは「自分の腕に対して収入を得たいという人」に来てほしいと言う。安全担当者としての仕事も、毎日が試合のような緊張感がある。
毎回一緒に働く職人が違う、元請も違う、天候にも左右される。
この「試合の緊張感」が好きな人は、建設業界に向いていると大野さんは確信する。
命を守るという重圧を背負いながら、コミュニケーションという腕一本で現場と信頼関係を築き、今日も大野さんは現場を回る。
「安全の話なんて誰も聞きたくない」からこそ、命を守るプロフェッショナル、“安全屋”の挑戦は続くのである。