30歳にもなって「心」なんてタイトルで文章を書くなんて・・・。生涯青春。
人の心が動くのはどんな時だろう。心が通じ合うのはどんな時なんだろう。
教員1年目の3月31日の退勤後、学年を去ってしまう、いつも冗談ばかり言ってる、それでもなんだか、とにかく説得力のある先輩から、突然電話がかかってきました。
「結局最後は心なんだよ、こっちがどれだけ本気で心こめて伝えられるかなんだ。」って大真面目に言われました。わたしも大真面目に、そうだなと思いました。
とはいえ、心をこめること・伝えることがどれだけ難しいことか。
わたしは学級担任を任せてもらえるようになり、授業以外の場面でも、生徒たちに自分の思いや考えを伝える機会がぐっと増えました。朝の会、帰りの会、学活に日々の生活指導や学年集会・・・
とてもまじめな子たちだったので、なんとなく、表面的には聞いているけど、本当に伝わってほしい思い・心の部分が伝わっていなくて、なんだか上滑りしているような感覚がずっとありました。「心を込めるってどうやるんだ・・・」あの日の先輩の言葉を思い出す毎日でした。
ある日、学活中にちょっとした不和が起きたとき、わたしは「ずっと思っていたこと、このままじゃダメだということ、こうあってほしいと切に願うこと、みんなならできると信じていること」私が全部、本当の本当に思っていたことを、多分、初めて伝えることができました。その時、自分の学級の生徒たちと初めて心が通じ合ったという実感がありました。(学年末に貰った生徒たちからのお手紙で、このときの実感が間違いではなかったことが分かった時、本当にうれしかったです。)
その場しのぎで、きれいに言葉を整えても心は伝わらないし、通じない。
その人がどれだけ本気でそう思っているか、考えてくれたか、願っているか、信じてくれているか。そして「その時」だけじゃなくて、日々その人の心はあふれてて、伝わってくるものなのだと思います。だから、言葉に重みがあるのだと。
今日、社長である浜渦さんからのお話を聞いたとき、そんなことを心から思ったのでした。
今日だけじゃなく、佑人社で働いていると、ありがたいことに心を動かされる場面が多くあります。そのたびに、頑張らなくては!!と焚きつけられ、勇気をもらいます。
余りにも、熱い思いがあふれてしまい、マッチョな文章になってしまいました。
普段はビゴーのごとくシニカルなしがない一般女性(30)ですが、私の心は週刊少年ジャンプと、今までの人生で出会うことのできた、熱く、すこやかな心を持った周りの皆々様に育まれてきたのでした。
次年度の問題制作も始まってくる時期です。心をこめて自分の仕事を全うできるよう、精進してまいります!