カタログも送った。
データシートも説明した。
技術的な質問にも答えた。
それでも案件が前に進まないことがあります。
Application Engineerとして働く中で、私は何度もその場面に出会ってきました。
若手の頃は、
「もっと説明を丁寧にすれば伝わるはずだ」
「もっと詳しいデータを出せば納得してもらえるはずだ」
と思っていました。
実際、技術的な説明に間違いはありません。
情報も十分に渡しています。
それなのに、なぜか相手は動かない。
その経験を繰り返すうちに、あることに気付きました。
それは、
「伝えた」と「伝わった」は違う
ということです。
技術的に正しいことが、常に正解とは限らない
技術者として仕事をしていると、
「正しい情報を伝えること」
が重要だと考えます。
もちろん、それは間違いではありません。
しかし、お客様とのコミュニケーションにおいては、技術的な正しさだけで物事が前に進むわけではありません。
例えば私は、お客様に対してこう説明することがあります。
「この製品は応答性が向上しています」
技術的には正しい説明です。
しかし、お客様が本当に知りたいことは別にあります。
「それによって何が良くなるのか」
です。
自分と相手は違う景色を見ている
Application Engineerは、
- 精度
- 応答性
- 制御性
- 安定性
といった技術指標を見ています。
一方で、お客様が見ているのは、
- 生産性
- 歩留まり
- リスク
- ROI(投資対効果)
です。
同じ製品を見ていても、実は見ている景色が違います。
だからこそ必要になるのが、
翻訳
です。
技術を技術のまま説明するのではなく、
相手が求める価値の言葉へ変換する。
応答性が向上すること自体に価値がないわけではありません。
しかし、その情報だけでは、顧客が抱える課題を解決できるのか、あるいは投資する価値があるのかという判断にはつながらないことが多くあります。
応答性向上によって、
- 安定化時間が短縮される
- 生産性が向上する
- 歩留まり改善につながる
- 投資効果が得られる
こうした成果につながって初めて、お客様にとっての価値として認識されます。
つまり、お客様が求めているのは技術そのものではなく、
技術が生み出す成果
なのです。
応答性向上を、
生産性向上へ。
精度向上を、
品質安定化へ。
技術的な性能を、
経営的な成果へ。
翻訳する。
私は、Application Engineerの重要な役割の一つはここにあると考えています。
「情報の非対称性」だけではなく、「思考時間の非対称性」がある
最近、私が特に意識するようになったことがあります。
それは、
思考時間・思考深度の非対称性
です。
発信する側は、その提案について何日も、場合によっては何週間も考えています。
顧客課題を整理し、
技術的な成立性を確認し、
過去事例を調べ、
リスクを洗い出し、
提案内容を構築する。
つまり、提案者の頭の中では既に何十時間もの思考が終わっています。
しかし相手は違います。
多くの場合、その話を聞くのは初めてです。
こちらが数十時間かけて整理した内容を、
相手は数分で理解しなければなりません。
私自身も、
「ここまで整理して説明したのだから伝わるだろう」
と思っていたにもかかわらず、
お客様の反応が思っていたものと違った経験を何度もしてきました。
今振り返ると、それは相手の理解力の問題ではなく、
こちらと相手の思考時間が圧倒的に違っていただけだったのかもしれません。
発信者は
「十分に説明した」
と感じます。
しかし受信者は
「まだ考える材料が足りない」
と感じています。
だから、
伝えたのに伝わらない
という現象が起きるのです。
お客様が求めているのは性能ではなく確信
評価や実機テストについて考えると、このことはさらに分かりやすくなります。
私たちは、
- 社内評価結果
- 過去導入実績
- 技術的な知見
を持っています。
しかしお客様の環境は一つひとつ異なります。
装置も違う。
条件も違う。
工程も違う。
だからお客様は、
「本当に自社でも同じ結果になるのだろうか」
と考えます。
ここで必要になるのが評価です。
しかし私は、
評価の目的は性能確認ではないと思っています。
本当の目的は、
確信を得ること
です。
お客様が欲しいのは性能そのものではありません。
安心して意思決定するための確信です。
評価とは、
その確信をつくるためのプロセスなのだと思います。
Application Engineerの価値とは何か
私は最近、Application Engineerの仕事を次のように定義するようになりました。
それは、
「伝える」を「伝わる」へ変えること
です。
単に情報を渡すのではない。
単に技術を説明するのでもない。
相手が理解できる状態をつくる。
社内で説明できる状態をつくる。
周囲が理解できる状態をつくる。
そして、
安心して判断できる状態をつくる。
そのために、
課題を理解し、
価値へ翻訳し、
評価を支援し、
確信形成を支援しているのだと思います。
おわりに
技術者として働いていると、
「正しいことを言えば伝わる」
と考えてしまうことがあります。
私自身もそうでした。
しかし実際には、
正しさだけでは足りません。
立場が違えば、
見ている景色も違う。
求める価値も違う。
考えてきた時間も違う。
だからこそ、
伝えること以上に、
相手の言葉へ翻訳し、
理解を支援し、
確信を支援することが大切なのだと思います。
Application Engineerの価値は、技術を説明することではありません。
顧客が理解し、確信を持ち、前進できる状態をつくること。
私はそう考えています。
共に働く仲間へ
ここまで読んでくださった方の中には、
「技術の話というより、コミュニケーションの話では?」
と思われた方もいるかもしれません。
でも私は、技術者だからこそコミュニケーションを学ぶ価値があると思っています。
以前、私はWantedlyで「技術を学び、人を学ぶ」というテーマの記事を書きました。
当時は、技術者として成長していく中で、技術だけではなく人を理解することの大切さについて書きました。
そして今回あらためて振り返ってみると、私がApplication Engineerとして学び続けていることも、本質的には同じなのかもしれません。
技術的な正しさを追求すること。
それはもちろん大切です。
しかし実際にお客様と向き合う現場では、その正しさをどう伝えるか以上に、
相手がどのように理解し、どのような価値として受け取り、どのように意思決定していくのかを考えること
が求められます。
立場が違えば、見ている景色も違う。
求めている価値も違う。
そして、自分が何日も何週間も考えてきたことを、相手はその場で初めて聞く。
その前提に立って初めて、「伝える」と「伝わる」の間にある距離が見えてくるのだと思います。
Application Engineerという仕事は、技術を扱う仕事です。
しかし同時に、人の理解や意思決定に向き合う仕事でもあります。
だからこそ私は、この仕事に面白さを感じています。
もし、
- 技術が好きな方
- 物事の仕組みを考えることが好きな方
- 相手の立場に立って考えることが好きな方
- 技術を通じて誰かの前進を支援したい方
がいらっしゃれば、ぜひ一度お話しできれば嬉しいです。
私たちも日々試行錯誤を続けています。
そしてこれからも、
「伝える」を「伝わる」へ変えられる仲間と共に成長していきたいと思っています。