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「日本の音楽を変えたい」そんな私がIT会社に新卒入社した理由

初めまして、西川桃子です。今年度、iput株式会社に新卒で入社しました。

帰宅して鼻歌を歌いながら(無意識)階段を上がってリビングのドアを開ける私に、今日も父は「お前はほんまに激務をこなしてきたんか」と問いかけてきます。

実は、頭がパンクしそうになりながら仕事と向き合い、売り上げに悩みながら毎日帰る入社1ヶ月目。

周りの人から「仕事楽しい?」と聞かれると即答で「楽しいっす!」って答えられるくらいに、毎日が刺激的で充実しています。

そんな私のこの会社に入るまでの経緯をお話しします。

夜中の2時まで先輩に怒鳴られた高校の寮生活

転勤族の私は高校での転校だけは避けたかったので、当時住んでいた大阪から新潟の高校の寮に飛び込みました。

入寮初日から、まさかの先輩と4人部屋。

携帯禁止・テレビ、パソコンは1人1時間・髪を濡らして食堂に行くのは禁止(男子が興奮しちゃうらしい)・チャリ乗ったら停学・好きな人との連絡方法は黒電話・そして基本的に先輩の仕事を代わらないと命はありませんでした。

私は大阪で激しめの地元に染まっていたので、当時はかなり尖っていました。

ただの人見知りしない口の悪い女だったので、入寮直後は多分先輩から目をつけられていました。

友人と喧嘩しただけで、先輩に「いじめてんだろ?」と呼び出され、事務室で夜中2時まで怒鳴られ。寮の仕事(ポットにお湯入れる、カーテン開ける、電話とるとか)ができていないとみなされた時点でも、事務室で正座で説教され。

「西川桃子さん、西川桃子さん、事務室に来てください」の放送が流れたら今でも手が震えます。

と、ここまでは1年の暗黒時代。

しかし、私は今でも人生をやり直したら、この学校に入りたいと思っています。

その理由は、絶対に「受験勉強をしない学校」だったからです。そして、ネットの情報やSNSから隔離された生活。(当時の総理大臣が分からないレベル)


普通ではない高校生活は私にとって非常に価値のあるものでした。

(暇な時は、海か体育館か芝生でずっと遊んでました)

勉強もネットもしない私がしていたことは、音楽・読書・雪合戦・自分と向き合うこと。

その中で私の青春時代の全てだったのが、ジャズとトランペットでした。

ビッグバンドジャズに出会う

ビッグバンドジャズって?とよく聞かれるのですが、ディズニーのビッグバンドビートのゴリゴリのジャズ寄りの音楽だと思っていただければ分かりやすいです。

まず、中学で吹奏楽をやっていた私にとってビッグバンドジャズの出会いは衝撃的でした。

クラシックと違って、ジャズは「個性」を重視する音楽です。

協調性よりも、いかに自分の個性を音楽で表現できるかが評価されます。

黒人差別者の苦しみによって生み出された自由を求める音楽。現代でもそのルーツを色濃く残して受け継がれ続けている「ジャズ」に魅了されたのです。

私は高校三年間トランペットジャズに徹し、全力で音楽とジャズを楽しみました。

人前で全力で演奏するメンタルをつける為、毎年先輩の前で一発芸を一人ずつ見せる儀式は今でも忘れられません。

そして3年生、全国大会制覇。(マクドのハンバーガー1年分ゲット、その日の夜もプロの前で一発芸大会)

1日休めば3日分下手になると言われているトランペット。私が一番大事にしていたのは、基礎練習です。

(これを書いていて、入社式でエンジニアの村上さんが「一番仕事において重要なのは筋トレ」という話をされたことを思い出しました。)

どんなに上達しても練習の半分は基礎練習をすることを欠かしませんでした。その1日1日の積み重ねが大きな成功に繋がったのだと思っています。

ビッグバンドジャズと全国制覇という華やかそうな話ですが、「筋トレ」の重要さを学んだ経験は今でも大切にしています。

大学のビッグバンドジャズで大挫折

上京した私は、迷わずジャズを続けました。

高校時代に出会ったプロの方のコネで、色々な方と演奏をさせて頂きましたが、私の一番の挫折は学生ビッグバンドの全国大会でした。

他大学のビッグバンドのエキストラとして出場した時のことです。

その時、私は重要なソロパートを任されましたが、高校時代のような満足な演奏ができずにいました。

本番の爆発力が全てだった私は、「練習で上手に演奏する」ということが苦手だったのです。一緒に吹くメンバーは今までの大好きな仲間ではありません。

バイトと授業に追われながら、最低5時間の練習を毎日続けましたが、本番3日前まで私のソロは完成しませんでした。

そして、環境に左右される自分の弱さに挫折しました。

(結局、本番2,000人の前で裸足の仁王立ちで爆発的なソロを披露できましたが、悔しさと脱力のあまり一度トランペットから離れることに)

将来は日本の音楽を変えたい

少し話はずれますが、トランペットから引退後、海外旅行に行きまくりました。

ヨーロッパに行った時のこと。一人でオルセー美術館に行こうとしたところ、芝生で昼寝をしてしまい閉館時間に間に合わず。

「あ〜」と思っていたところ、目の前の広場でジャズを演奏するトリオと、横で素敵なワンピースを着て踊るおばあちゃんがいました。その場の全員が注目し、終わった後は多くの人が楽器ケースにお金を入れる光景は私にとって衝撃的でした。

街と音楽の一体化を日本で感じたことがなかったからです。

「うわ〜」と思っていたところ、今度は一人の男性に話しかけられました。彼は日本に住んでいるとのこと。「嘘だ〜、どこに住んでるの?(東京とか言ったら放っておこう)」と聞くと、「半蔵門」と。

その後、話が弾み「今日の夜ジャズフェスがあるから行こう」と言われ、そのまま向かうことに。

武道館くらいの大きさの野外ホールで、お酒を片手に踊りながら音楽を楽しむ会場の雰囲気もまた、日本に無いものでした。

そこで私は「将来、日本の音楽・イベントのあり方を変えたい」と本気で思ったのです。

スマホ一つでいつでもどこでも無料で聞けるようになった音楽。どれだけ音楽の形が変わろうとも、私は「生」の音楽の価値はいつまでも変わらないと信じています。そして今より「生」の音楽を求める社会になると。(コロナの影響もありますね!)

そして、街と音楽が一体化する日本の未来を作りたいという漠然な想いを抱え、始めた就活。

コロナ渦でも音楽業界を志望

就活で見ていたのは、もちろん音楽業界のみでした。

自分の俳句や一発芸を披露したり、グルディスで紙芝居を作ったり。

ギリギリまで粘って、結果惨敗。

一度就活を中止し、秋に再開することにしました。

春に使っていたマイナビやリクナビを見たくなかった私は、Wantedlyをぼーっと見ていました。そこで、何故か目についたのがiput株式会社でした。

「海外」という文字に惹かれ(よくいる学生で恥ずかしい)、一度面談をすることに。

「将来やりたいことは?」と聞かれ、IT会社の面接にも関わらず、正直に「イベント企画制作をしたい」と答えました。

すると、社長のゆきさんが一言「やってみなよ」と。

ベンチャー企業だからこそ、これから新しい事業を立ち上げてやりたいことができる環境だと。

IT会社がイベント企画制作をするなんて…と思いますよね。でも私はそのあり得ないことをやってみたいと思ったのです。

私はまだ入社して1ヶ月。大きな目標を抱えながらも、小さな目標を一つずつ達成する必要があります。

今はまだまだ筋トレ段階!

iputは失敗が許される会社です。失敗が成功の近道になるという考え方を、全員が大事にしています。

(信じられないかと思いますが、弊社には本当にポジティブな人しかいません)

私はそんな会社で社会人一年目を経験できていることがとても幸せです。

ここから、失敗と成功、実力と信頼を得る為に、社会人一年目を全力で駆け抜けていきます。

夢がある人、人一倍ベンチャーで成長したい人、新しいことに挑戦し続けたい人、あり得ないことを成し遂げたい人、iputで一緒に成長しませんか?

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