ネットワークエンジニアの仕事は、どこまでいっても「見えない線」を扱う世界だ。LANケーブルや光ファイバといった物理の線は確かに存在する。しかし本当に自分たちが扱っているものは、その先を流れる信号であり、通信であり、人と人、サービスとサービスを結ぶ“関係”そのものだと、いつからか思うようになった。
ネットワークは完成しても目に見えない。電気の明かりのように光るわけでも、機械の動作音が鳴るわけでもない。ただケーブルの先で、ルータやスイッチが静かに働き、世界のどこかにいる誰かへデータを送り、それがまた返ってくる。まるで巨大な機織り機で糸を交差させ、見えない布を少しずつ織り上げているような作業だ。
ただし、その布にはミスは許されない。一本の設定ミスが通信を止め、誰かの仕事を止め、憤りや損失を生むこともある。世の中の人がログを開いて原因を自分で追うことはない。気づかれないうちに整え、繋ぎ直し、何事もなかったかのように戻す。それが私たちの仕事である。
しかし目に見えないからこそ、面白いと思う瞬間がある。
疎通が取れなかった通信が、ルートを変えた途端に繋がる。BGPの経路が切り替わった瞬間、流れが生まれ、データが走り出す。コンフィグを一行修正しただけで、数百キロ先の拠点と通信が成立する。その瞬間、目の前の小さな画面の中に、世界が広がっていく。
つながりとは、目で見えるものだけではない。
人間関係だって同じだ。
見えない糸が切れたと感じるときもあれば、思わぬところで新しい線が繋がることもある。新しい仕事、声をかけてくれた同僚、助け合いの一言。それらは物理的な線ではないが、生きるうえで欠かせないネットワークだ。
私は時々、自分の人生のログを振り返ることがある。
いつ、どこで、誰と繋がり、どんなルートを選び、どこでエラーが出て、どこで改善できたのか。そう考えると、人生はネットワークと驚くほど似ている。
いまも私は、机の上で見えない線を編ぎ続けている。指先で打ち込むコマンドは、目に映らない話と人と社会を結ぶ手仕事だ。完成した布は誰にも見えないかもしれない。しかし、それが確かに世界を支えていると知っている。
それで十分だ。
ネットワークエンジニアとは、そんな仕事なのだ。