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絶対落としたいと思って、営業しにきた会社に逆に魅了されて転職しちゃった(笑)熱い男のマイストーリー公開です!

今回は、6月から入社いたしました須田将平さんのマイストーリーです!
現在、須田さんはマーケティングソリューション事業本部にてセールスとしてご活躍されています!
新しいRoadの仲間である須田さんのマイストーリー要チェックです☆

~須田将平が生かされている理由~

私は、1999年1月28日に厳格な警察官の父と、包容力のある介護士の母のもとで
三兄妹の末っ子として神奈川県大和市で産声を上げました。

生まれて間もない時、父の仕事の影響で三宅島という島に引っ越し、暮らすことになりました。
何も覚えていませんが、その地で初めて歩けるようになって島民が大騒ぎしていたそうです(笑)

そんなとき、三宅島にある山が噴火をして、島民全員に避難命令がでました。
死者も出る中、私は自宅がある相模原に戻りました。 
当時の朝日新聞に、抱っこされた私が出ています。

《野球との出会い》

そこから幼少期は、ずっと相模原で育ち兄の影響で野球に出会いました。
週末は、兄が所属するチームを見学しに行き、プロ野球選手の真似をしたりと生粋の野球少年でした。
小学校に上がり、同じ野球チームに入ってからは、勉強は二の次で
とにかく野球のことばかりを考えていました。(本気でプロ野球選手を目指していました。)

小学6年生のころ、キャプテンとなり、市大会優勝、県大会3位という成績を残し、
少年野球に花を添える形で終わりました。

《初めての挫折と新たに芽生えた夢》

そんな成績も残したので、中学はレベルの高い人が集まるクラブチームで自らを高めようと決断をし、
お声がけいただいていたチームの中から一番歴史が浅く成長性のあるチームに入部しました。
順風満帆に生活していたさなか、そこで人生初めての挫折を経験しました。

チームの中では中心選手として活躍できていてチームが全国大会に行ったとき、
そこで、体が大きく中学生離れした選手を目の当たりにしました。
世の中にはこんな人がいて、こういう人がプロの世界にいくんだと
夢半ばプロ野球選手をあきらめた瞬間を今でも鮮明に覚えています。
そこからは野球に精を出せず惰性で中学校生活を過ごしていました。

そんな中、きっかけをくれたのは担任の先生である富田先生との出会いでした。
ちゃらんぽらんしている私に厳しく指導をしてくださり、
愛のあるメッセージをたくさんかけてくれました。

そこで一念発起し高校でも野球をして甲子園に出場し、
富田先生のような体育教師になりたいという夢ができました

《上手くいかない中で変わった自分の価値観》

野球も強く、教師への道も達成できるという軸から
日体大の兄弟校である東京の日体荏原高校に進学しました。
一時間半かけて通学をし、毎日野球に打ち込みました。

しかし、130名以上いる部員の中で私は陽の目を浴びることは全くなく、
自分の代になってもメンバーに入ることができませんでした。
先輩からの暴力や、後輩からどんどん抜かされていき、何度もやめようと父に相談をしましたが、
その度に【自分の人生自分で決めろ】と言われこのままでは何もやりきれない人間になってしまうと
思い、どんな結末であれ、最後までやり続けようと決意しました!

意識も変わり、この3年間を充実させるんだというモチベーションに変化していきました。
チーム事情からピッチャー不足で停滞していたこともあり、
全くやってこなかったピッチャーというポジションに挑戦しました。

変更したタイミングも2年生の冬であり、引退まで半年ほどしかない中、誰よりも走り、
投げ込み、春の大会ではピッチャーとしてメンバーに入ることができ、念願の神宮球場で野球をすることができました。

夏の最後の大会でも、試合で投げることができ、結果として負けてしまい、
甲子園という夢には程遠く叶えることができませんでしたが、
自分の価値観が変わる3年間で終止符を打ちました。

《人生の転機》

そこからは、体育教師という夢を目指し日体大に進学しようと思いましたが、数も限られているため、
成績順で選考されいけるかいけないかの瀬戸際という状態でした。

しかし、必ずいける方法として入学の体力テストで一位を取れば無条件で進学できると聞き、
運動神経は昔からいいほうであったため、これに賭けようと思い、全力で頑張りました。
その結果、一位を取ることができ日体大への進学が決まりました。

日体大に進学をしてこれからバイトをしながら体育教師になる勉強をするということに
全然イメージが湧かず、もう一度スポーツを始めてアツい大学生活を送りたいと決め、
色々な部活の体験に行きました。
(高校野球の最後に肩をけがしてしまったこともあり野球はみませんでした。)

なかなか、心が躍る部活に出会わない中で、アイスホッケーに目が留まり、
かっこいいなと感じるようになりました。この部活に入り、一からがんばるぞという気持ちでしたが、
入部条件に未経験不可で、スケートを滑れることがありました

まさかの事態でどうしようと思っていた中、東京オリンピックの競技種目に
フィールドホッケーというスポーツがあり、なんだこれ。と思いましたが、
日体大にはその部活は存在しなく、自らが創部することを決意しました。

《支えてもらった経験から芽生えた思い》

そこからが困難続きの毎日でした。部活の作り方がわからなかったため、
学生支援センターに行き、最初は3週間で15人の部員を集めてきてほしい!といわれました。
ただがむしゃらに授業前教壇に登り、呼びかけをしたり下校中の人にチラシを配ったりしました。
しかし、スポーツのエリート集団が集まる学校ではあったため皆推薦で部活が決まっており
見向きもしてくれませんでした。結果、3週間で8人しか集められず(本入部は3名で残り5名はサークルとの兼部や名前だけ貸してくれた人)この3人でもう一度学生支援センターに行き、
申し訳なさそうに集められなかった事実を伝えると学長との面談をセッティングしたいただけました。

その場でなぜ部活を作りたいのかを伝えてきなさい!と後押しされ伝えると
その熱量は分かったから部として採用する!と承認をいただきました。

部員もいない、ルールも知らない、指導者もいない中で、
まず一年は陸上部と一緒に走ったり、トレーニングをしました。
同時に紹介で人を集め、10人ほど集まってきた2年目のタイミングで
経験者の監督を招き、本格的にホッケー部として始動しました。
ただ、実績がないことから練習場所を貸してくれないことや、
資金がないため遠征にも行けず停滞の日々が続きました。

そんな中、いつも助けてくれていたのが学生支援センターの方と
勝手に任命されてしまった顧問の先生です。

知恵もなく、権力もない中やる気だけあった私たちに
どのように部活として大きくしていくか、強い集団を作っていくのかを助言していただきました。

こうして人のやりたい!や悩みに耳を傾け伴走していくことがどれほど素敵なことかを肌で感じ、その時から教員ではなくそのような仕事を民間企業でしたいと思うようになり、夢が変わっていきました。

紆余曲折あり、最終的に26名まで部員が増え、引退最後の大会では3部優勝というところまで行きました。


《就職活動》

就職活動をしていく中でコンサルティングという業界を知り、
こういう仕事がしたいと思い業界を絞ってみていました。

その中で、大人になって金なし、知識なし、人間力なしでは嫌だと思い、
厳しい環境に身を置こうと思っていました。
ある説明会でこの会社を日本で一番厳しい会社にすると言っており、
こんな会社があるんだと心を打たれ、その会社への入社を決意しました。

《社会人スタート》

入社してからは、朝6:00出社で、坊主にしたりとなかなか社会人で味わえない毎日を
過ごしていましたが、この環境で力をつけて出世するんだ!という気持ちで日々くらいついていました。しかし働いているうちに自分の大切している価値観や、想いとはかけ離れている経営をしていると感じ、燃えたぎっていない自分がいました。(その気持ちは表に出さないようにしていましたが、、、(笑))

《Roadとの出会い》

そんな中で営業先に行ったとき、出会ったのがRoadです。
本当に社員のことを大切していて、一般的に綺麗事といわれる部分を追求している会社だなと
率直に感じました。

いい会社だなと思いつつも、この会社をお客さんにするぞと必死に手紙を書いたりしましたが
想いはつながらず、結果としては結びつきませんでした。
しかし、個人的にお食事に連れて行っていただくことが定期的にあり、Roadの理念や、目指している夢を聞いていく中で一緒に仕事をしてみたい!という気持ちが芽生えるようになりました。
その中でも、プロ野球業界に足を踏み入れ、球団を持ちたいという想いを聞いた際に過去の経験から私も一緒にその夢を叶えたい!と思いました。

あっという間に一年が過ぎ、仕事をしている中で、Roadのことが頭によぎる回数が増えていっていきました。
当初、自分で決めた会社で貢献するんだ!という想いは変わらずありましたが、日に日にRoadという会社で、同じ船に乗り、夢を叶えたい!自分の想いには嘘はつきたくないと退職を決意し、Roadへの入社を決めました。

入社してみて思ったことは、役員の方だけではなく、社員全員が自分の想いを自分の言葉で話し、
理念に沿った活動をしていることに驚きました。
まだ入社して間もないですが、私も人間力を磨き、理想の自分の姿を実現させていきます。

現在は、M&Aをしたマーケティングソリューション事業部のセールスとして活動させていただいております。
会社として、どれだけの想いでこの会社を買収し事業を走らせているのかを理解した上で、この期待を結果としてお返しできるように精進して参ります。

【株式会社Roadから、株式会社シグニティの株式取得(子会社化)に関するお知らせ】 | Road Pick up News
株式会社Road(所在地:東京都江東区 代表取締役社長:片江光太)はこの度、株式会社シグニティ(所在地:東京都台東区 代表取締役・CEO:山岸辰雄)の株式を100%取得し、いたしましたことをお知らせいたします。これにより、両社は相互のビジネスの成長のために、両社それぞれの技術、知見、経営資源を利用して、「 COINs 」の更なる拡大を図ってまいります。 COINs(Cloud Open ...
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