ウエダ本社では、オフィスづくりにとどまらず、企業や地域の課題に向き合いながら、新しい価値づくりに挑戦しています。今回ご紹介するのは、そうした事業の中で、働く人や地域に寄り添いながら、プロジェクトづくりにも携わる両角聖人さんです。
両角さんは、野球に打ち込んだ学生時代を経て、繊維の専門商社でキャリアをスタート。その後、スポーツを通じたまちづくりに携わる中で、「働くこと」や「人が活きる環境」に対する価値観を少しずつ深めてきました。
今回は、これまでのキャリアや価値観の変化を振り返りながら、現在取り組んでいる仕事や印象に残っているプロジェクト、そして今後実現したいことについて伺いました。
“働く”をまだ現実として捉えていなかった頃
- まず、学生時代について教えていただけますか?
両角:
野球推薦で高校に入学し、そのまま大学進学したんです。いわゆるエスカレーター式みたいな感じだったので、正直、当時は将来のキャリアを真剣に考えていたわけではなかったですね。
「自分は将来何をしたいんだろう」とか、「どんな仕事に就きたいんだろう」とか、そういうことを深く考えるタイミングはあまりなくて。
学部も、スポーツという言葉がついていたので(笑)、スポーツ社会専攻を選びました。そこで学んでいたのは、スポーツそのものというより、「スポーツが社会にとってどんな意味を持つのか」とか、「社会とスポーツの関係性」みたいなことでした。
ただ、その頃の自分はまだ、将来に対して強い問題意識があったわけではないんです。野球をやって、大学生活を送って、その延長線上に社会人になるという感覚だったと思います。
だから、後から振り返ると、当時の自分は“働く”ということに対して、かなり無自覚だったなと思いますね。
『何のために働くのか』を考え始めた3年間
-卒業後は、どのようなお仕事をされていたんですか?
両角:
ファーストキャリアは、繊維の専門商社で、3年ほど働いていました。
当時は、アパレル業界にすごく憧れがあったんですよ。なんとなく「おしゃれで、かっこよく働けそう」みたいなイメージがあって。あとは、成果を出した分だけ稼げる、頑張れば頑張っただけ評価される世界だと思っていました。
でも、実際に入ってみると、そこでの価値観はすごくシンプルで、“経済合理主義”だったんです。いかに安く仕入れて、いかに高く売るかという考え方のもとで動いていて。もちろんビジネスなので当たり前のことではあるんですけど、当時の自分も何の疑いもなく、その価値観の中で仕事をしていました。
今思えば、自分自身の価値観で仕事をしていたというより、その業界や会社の価値観を当たり前のものとして受け入れていた感覚に近かったですね。いわば、その色眼鏡をかけて、「仕事とはそういうものなんだ」と思っていたんです。
その中で、当時の言葉ですごく印象に残っているものがあって。
「働くことは我慢だ」
という言葉です。
でも、自分の中では、どこか違和感があったんですよね。本当にそうなんだろうかって。
毎日忙しく働く中で、「何のために働いているんだろう」「このまま何十年も働いて、自分は幸せになれるんだろうか」と考えることが増えていきました。
今振り返ると、当時の自分は“働いている”というより、“働かされている”状態だったと思います。
ーそうした違和感の中で、他に感じていたことはありましたか?
両角:
特に大きかったのが、人の評価のされ方に対する違和感でした。
自分自身、体育会系出身だったこともあって、当時はそうした価値観を会社の文化として、ある意味自然に受け入れていた部分がありました。元気があって、ノリが良くて、レスポンスが早い人が評価されやすい世界だったんです。
もちろん、それ自体が悪いわけではないと思っています。ただ、そうではない人でも、別の強みや魅力を持っている人がいる。そういう人たちが評価されづらい場面を見て、「もっと違う良さがあるのに」と、少し寂しさを感じていました。
今思えば、この3年間は、自分にとって“働くとは何か”を考えるきっかけをもらった時間だったのかもしれません。
ーその後、どういったきっかけで次のキャリアに進まれたんですか?
両角:
仕事について考える中で、スポーツでソーシャルビジネスをやっていた方と出会ったんです。その人と「一緒に働きたい」と思ったのがきっかけで、九州に移ることになりました。
福岡や長崎で4年ほど、スポーツを通じたまちづくりに関わっていたんですけど、そこで出会った人たちがすごく大きかったですね。
世の中にあるさまざまな課題に対して、ビジネスや事業を通して解決しようとしている人が本当にたくさんいたんです。例えば、子育てをする中で自分自身が感じた課題をきっかけに、「同じ悩みを持つ人を支えたい」とNPOを立ち上げようとしているお母さんがいたりして。
そういう人たちに触れる中で、自分の価値観がすごく広がった感覚がありました。「仕事って、売上をつくることだけじゃなくて、その営み自体が社会や経済にインパクトを与えていけるものなんだ」と思うようになったんです。
“まだないものをつくる”という仕事へ
ーそこから、ウエダ本社との出会いにつながっていくんですね。
両角:
そうですね。一度会社を辞めて京都に戻ってきたんですけど、実は前職の頃から、ウエダ本社の岡村社長のことは知っていたんですよ。
当時、京都の大学と連携したキャリア形成プログラムがあって、京都の学生が九州に来て地域課題に向き合うような取り組みをしていて。だから、九州にいた頃から京都との接点があったんです。
その中で、「この会社、面白いな」と思ったんですよね。岡村社長のように、自分なりの価値観を持って動いている人がいて、少人数で、少しベンチャーっぽい気質もある。一方で、創業約80年という長い歴史を持つ企業であり、積み重ねてきた基盤がある。そのうえで、今なお新しい挑戦を続け、会社としてこれから目指そうとしている方向性にも共感できた。
完成されたものに入るというより、「これからつくっていく」という感覚に近かったですね。
ウエダ本社って、オフィスだけを扱う会社ではないと思っていて。もちろんコピー機を売る場面もあります。でも、会社がある以上、そこには働く人がいて、組織の課題もある。
場合によっては、地域企業のブランディングや、地域との関わり方みたいなテーマに関わることもある。オフィスという“モノ”だけじゃなくて、“コト”の領域も含めて、これから新しい事業をつくっていける会社だと思っています。
ーウエダ本社に入ってから、特に印象に残っているプロジェクトはありますか?
両角:
いくつかありますけど、すごく印象に残っているのは、ウテナワークスの林さんと一緒に取り組んだ、地方のスーパーさんのInstagram立ち上げプロジェクトですね。
そのスーパーさんって、もともとの広報手段が新聞折り込み中心だったんです。でも、「これからはInstagramやSNSも活用していきたい」という思いがあった。一方で、単にSNSを始めたいというだけじゃなくて、「地域の女性から愛されるスーパーをつくりたい」という想いもすごく強かったんです。
そこで、その二つの思いを重ね合わせながら進めたのがこのプロジェクトでした。
具体的には、地域で子育てをしているお母さんたちや、スーパーに普段出入りしている女性たち募って、ひとつのチームをつくったんです。そして、その方たちにInstagramの学びのプログラムを提供して、自分たちで発信していく体制をつくりました。ただ商品や風景を撮影して投稿するだけでなく、例えば、その背景にあるバイヤーさんの想いに触れてそれも含めて発信したり、子育て女性という立場と感性を活かして「もっとお客さんが喜んでくれる企画」を考えたりする。そうした運営の枠を超えたクリエイティブな営み自体を、“仕事”としてつくっていきました。
これって、単なるSNS運用じゃないと思っていて。
もちろんスーパー側の課題解決という側面もあるんですけど、それ以上に、関わってくれた子育て女性たちが、自分の属性や日々感じている問題意識をそのまま活かせる場になったんです。しばらく「はたらく」ことから離れていた方々も、一人ではなくチームで支え合いながら取り組む中で、少しずつ自己効力感を取り戻していく。それと同時に、今まで通っていたお馴染みのローカルスーパーの隠れた良さが、彼女たちの視点によってどんどん再発見されていきました。
さらに言うと、地域という視点で見ると、“仕事の地産地消”によって経済が循環するだけでなく、個人のウェルビーイングや、地域内の新しい関係性など、本当にたくさんの、多層なインパクトが同時に生まれていった。
この一つのプロジェクトから、そんな風にいくつもの価値が生まれていくことに深い意味を感じられましたし、純粋にすごく楽しかったですね。
今振り返ると、ファーストキャリアで感じた“働くこと”への問題意識とか、九州でまちづくりに関わりながら見てきたことが、ウエダ本社に来てから仕事として自然に重なっている感覚はあります。だからこそ、自分の中でもすごく印象に残っているんだと思います。
ー今後、やってみたいことはありますか?
両角:
僕、結構社内でも言ってるんですけど、やっぱり地元愛が強いんですよね。長野出身なんですけど、いつか地元で仕事をつくりたいっていう思いがあります。
地域って、もちろん病院とか教育とか、生活のインフラも大事なんですけど、やっぱり“仕事”がないと暮らしていけないじゃないですか。
例えば、自分が「地元に帰りたいな」と思った時に、帰れる場所があっても、魅力的な仕事がなかったら現実的には難しい。これは地元出身の人だけじゃなくて、外から来る人も同じだと思うんです。
だからこそ、地域に魅力的な仕事をつくること。あるいは、今ある仕事をもっと魅力的にしていくことに関わりたいと思っています。
今の仕事って、いわゆるオフィスづくりだけではなくて、その先にある“働く人”や“地域”の課題とも向き合えるんですよね。まだやったことがないことでも、「これから生み出していく」という方向性があるので、地域に必要な仕事って、もっと広くつくっていける可能性があると思っています。
「人が循環する地域って何なんだろう?」、最近はそんな問いをずっと考えています。
暮らせる仕事があるというだけじゃなくて、そこに「魅力的な仕事」があるからこそ、帰りたい理由ができる。その仕事を通じて、個人も地域企業も一緒になって地域を良くしていく。 さらに、いろんなセクターの人たちがそれぞれ問いを持ちながら、お互いに関わり合ってうねりを生んでいく。そんな健やかな循環や関わり合いのなかに、自分の地元でも、ウエダ本社の文脈に自分の文脈を重ね携わっていけたらと思っています。
― 最後に、ご自身の経験を振り返って、今まさに『自分らしい働き方』を探している方にメッセージをお願いします。
一般的に「社会に出る」と言うと、学校を卒業して就職することをイメージしますよね。でも僕の実感は少し違って、本当の意味で社会に出るタイミングって、人それぞれだと思うんです。 僕自身、最初のキャリアで苦しい経験や違和感を覚えたことをきっかけに、初めて自分自身と本気で向き合いました。
その後の多様な出会いを経て、ようやく「社会と自分との関係性」に気づくことができた。そのプロセスを経て初めて、僕は「社会に出た」と感じたんです。 だから、大学を卒業したからどう、という形式的な話ではありません。若くてもすでに社会に出ている人もいれば、そうではない人もいる。早い遅いも、良い悪いもないんです。
大切なのは、違和感や迷いにぶつかったときに、どれだけ自分と向き合えるか。焦らずに、いろいろな人と話し、自分で見て、体験する中で、自分なりの価値観を見つけていけばいい。その積み重ねが、結果的に自分らしい選択につながっていくんだと思います。