9月28日、大阪・関西万博イタリアパビリオン前にて、全国から選抜された10の名門流派が一堂に会し、古武道演武プログラムを開催いたしました。
本プログラムは、イタリア館アンバサダーを務める近衞忠大が、特定非営利活動法人 七五の取組み「武士の学校」と連携して企画したものです。日本古武道振興会の皆さまにご協力いただき、日本の伝統文化を「見て・知って・触れる」場として構成しました。七五は、伝統文化の継承・普及を軸に、次世代へつながる体験プログラムを継続的に展開しています。
弊社がこれまで開催し大きな反響をいただいた「阿波おどり」や「フェンシングイベント」「細尾真孝さんとのトークセッション」に続く、文化交流企画です。
中央:近衞忠大、アンドレア・マリン氏/ 左右:日本古武道振興会の皆さま
弓馬術礼法小笠原流(おがさわらりゅう)
開幕を飾ったのは、弓馬術礼法小笠原流です。礼に始まり礼に終わる所作が場を整え、視線・足運び・弓の起こり——一挙手一投足に武家礼法の気品が宿ります。
ゆっくり弓をひく所作に会場が息をのむ
矢が放たれる瞬間
弦が解けた瞬間、空気を切る「しゅっ」という澄んだ音。
次の刹那、「おお」という驚嘆が波のように広がり、矢は細い軌跡を描いて天へ抜け、イタリア館の屋上の向こうへ静かに消えていきました。
その余韻ごと、会場の視線は次の演武へ移っていきます。
宝蔵院流高田派槍術・槍を用いた演武
宝蔵院流高田派槍術(ほうぞういんりゅう)
拍手が鳴りやまぬうちに、宝蔵院流高田派槍術が登場しました。
十文字槍と「円錐の理」がつくる攻防一体のうねりは、互いの間合いを吸い寄せ、また押し返します。基本型「到用」に凝縮された“受けと突き”の往還は、見ている私たちの呼吸さえ一拍子に整えるようでした。
宝蔵院流高田派槍術・槍を用いた演武
柳生新陰流兵法(やぎゅうしんかげりゅう)
続いて、柳生新陰流兵法です。
自然体を旨とする「性自然」、円転の理「まろばし」。力みに頼らず円を描く太刀筋で間合いが解け、相対する二人のあいだに“空白”が生まれては消えます。「三学円太刀」に象徴される心・技・体の連携は、過剰を削ぎ落とした美そのものでした。
柳生新陰流兵法
柳生新陰流兵法
天道流(てんどうりゅう)
天道流は空気の色を少し変えます。
薙刀・剣・鎖鎌など多様な得物が次々に現れ、「形試合」と呼ばれる真剣勝負と同義の“型”が展開されました。甲冑の要所を射抜く理に沿って薙刀の“車”が確実に懐へ入っていく。剛と柔の切り替えが、戦場の現実感を呼び戻します。
天道流・剣と薙刀を用いた演武
天道流・剣と鎖鎌を用いた演武
天道流・剣と鎖鎌を用いた演武
兵法タイ捨流(へいほうたいしゃりゅう)
兵法タイ捨流は、さらに実戦の気配を濃くします。
剣術と体術を組み合わせ、蹴りや目潰しなどの現実的な技法を備える流派です。
「体を捨てる」「待つことを捨てる」などの含意をもつ“タイ捨”の名が示すとおり、雑念を捨て自由な心で戦うことが理念にあります。大太刀の大きな弧と小太刀の素早い切り返しに、観客の視線が吸い寄せられました。
兵法タイ捨流
兵法タイ捨流
兵法タイ捨流
小野派一刀流(おのはいっとうりゅう)
場内の緊張を一段押し上げたのは、小野派一刀流です。
象徴は「切落し」。起こりを捉え、一拍子で相手の太刀を切り落とす決断は、理屈より先に身体が動く域の芸。振り下ろすでも受けるでもない、双方の動作が一点に収斂する瞬間に、時間が少しだけ止まったように感じられました。
小野派一刀流
小野派一刀流
尾張貫流・柳生新陰流兵法(おわりかんりゅう/やぎゅうしんかげりゅう)
そこへ、尾張貫流・柳生新陰流兵法が長槍を担いで登場。
三メートル超の管槍が螺旋の突きで空間を穿ち、防具を着けた試合形式の迫力と、剣術併修で磨かれた間合いの読みが際立ちました。先ほどの柳生新陰流で示された“円で外す”理が、ここでは長槍の回転と螺旋突きによって奥行きをもつ立体の動きとして立ち上がるのが印象的でした。
尾張貫流・柳生新陰流兵法
尾張貫流・柳生新陰流兵法
立身流(たつみりゅう)
立身流は“静の強さ”で魅せます。
居合から剣術へ、呼吸でつながる連続の“型”。虚飾のない、しかし洗練された動きが“動く禅”と呼ばれる所以です。大ぶりに見せず体幹と足で動くため、外形は小さく見えても、実際には間合いを大きく詰めていく——そんな印象が残りました。
立見流
立見流・剣を構える姿
直元流大長刀術(ちょくげんりゅう おおなぎなた)
直元流大長刀術は、一転して豪快です。
全長2.7mの大長刀が水車のように回り、重さが遠心へ変わっていきます。甲冑の隙を射抜くための理と、実際に振り切るための身体。重厚と緻密が同居する刃筋が、陽光の下で軌跡を描きました。観客席からは低い唸りのような感嘆も漏れました。
直元流大長刀術・全長2.7mの大長刀を扱う演武
直元流大長刀術・全長2.7mの大長刀を扱う演武
示現流兵法(じげんりゅう)
締めくくりは示現流兵法です。
まず立木打。猿叫「えーい!」と同時の一撃が乾いた破裂音を返し、至近の来場者は思わず肩をすくめて身構えました。続く二人一組の「一太刀の打ち」では、踏み込み・振りかぶり・太刀筋が一点で立ち上がり、初太刀にすべてを懸ける気迫に、広場はいったん静まり、次の瞬間に大きく沸き上がりました。薩摩武士の激しさと力強さを体感いただけるダイナミックな演武でした。
示現流兵法の立木打稽古
示現流兵法の立木打稽古・あまりの気迫に会場がざわめく
示現流兵法
——こうして十流派が休む間もなく登場し、性質の異なる“型”が連続したことで、観客は一瞬たりとも飽くことがありませんでした。同じ「武」でありながら、理と所作の違いが際立ち、学びの幅は幾筋にも広がっていきます。
イタリア館前の広場では、「武士の学校」の“見る・知る・触れる”という目的が確かに共有され、日本の古武道の強靭さと優美さが響き合い、礼・美意識・身体知を海外来場者と次世代へと手渡す場となりました。
NPO法人七五(ななご)が掲げる「伝統文化の創造的継承」というミッションとも響き合う内容です。イタリア館館長アンドレア・マリン氏も、「このイベントは単なる演武ではなく、日伊の国際交流と文化共有を主眼とするもの。武道は世界に開かれた文化であり、とりわけ若い世代の成長過程で人間の強さと精神性を育むうえで重要だと、イタリアでも考えられています」と述べています。
末筆ながら、本事業の成功に際し、ご参加いただいた皆さま、イタリア館関係者の皆さま、日本古武道振興会の皆さま、ならびに関係各位に心より御礼申し上げます。
弊社は今後も、「創造的継承」を合言葉に、文化のバトンを次世代へ手渡し続けてまいります。次の舞台でお会いしましょう。