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70業種1000社以上の経営者を顧客に持つ会社の後継者だった僕が、鎌倉の小さな会社に頭を下げて飛び込んだワケ【VOl.1】

株式会社Daiyu

取締役 事業責任者

鈴木 樹陽太(すずき じゅひた)

1982年生まれ・・・代表の宮腰に次ぐナンバー2として、現場と集客の責任者および他にないDaiyu独自の組織づくりに邁進中。


人生を180度変えた衝撃の出逢いと旅立ち。


Daiyuに入社する前は、大学を卒業してから28歳まで、父が経営する会社に在籍していました。父は僕を、二代目経営者として修行させるつもりでいました。父の会社は、70業種1000社を超える企業の経営者に対して、「自分が源泉」という人間としての正しい在り方を教える研修やセミナー提供しています。ようするに、僕の父は経営者でもあり、カリスマ講師でもあるんですね。


そんな家庭環境だから、一度に300人もの人の前で悠然と話す父の姿や、父の言葉に強く影響を受け、人生をより良く変えていく受講生の方々の姿を子供の頃から目の当たりにして来ました。そうすると必然的に、「人間として大きな志を持つこと」は当たり前のことだと信じ切る子供が育つわけです。さらに追い討ちをかけるように、二十歳の頃に読んだ新渡戸稲造の『武士道』の影響もあって、「自分は日本を背負って立つ男になる」なんて漠然と思っていましたね。当時を振り返ると、うんうん、青春の極みだなぁとは思いますが。


ちなみに、「樹陽太(じゅひた)」という僕の名前は、ギリシャ神話の「ジュピター」にちなんで父がつけてくれました。太陽に向かって大きく枝を伸ばす樹、を当て字にして。日本を超えて、世界で活躍できる人になってほしいという願いを込めたそうです。自分で言うのもなんですが、父の想いをそのまま形にした、崇高でクリエイティブな名前ですよね。正直、子供の頃は友人に名前をいじられて、「大人になったら絶対に戒名してやる!!」なんて息巻いていたものですが、社会人になってみると、これが意外と評判が良い。というか絶対に相手に名前を覚えてもらえるので、今では名付けについても父を尊敬している次第です。


さて、そんな僕も大学卒業からの5年間、父のもとで経営者を相手に悪戦苦闘しながらも、充実したワークライフを満喫していました。ところが突然、神様からのご褒美なのか、試練なのかは分かりませんが、僕の人生を180度変える人物との出逢いが舞い降りたんですね。そうです、それが「宮腰真里」という名の、人類史上稀に見るような、とんでもなくポジティブな女性経営者でした。


実はその頃、宮腰さんは父の会社に研修で出入りしていて、個人的に何かとアドバイスをもらっていたんです。例えば僕の服装などに関しても、「それイケてないから、こうしたら?」と本人の趣味嗜好などお構いなしに、どストレートに笑顔でアドバイスをくれます。当然、こちらも随分と戸惑うわけですが、「変えなかったらタダじゃおかない」と言わんばかりの、キラキラした純粋な目で言ってくるものだから、仕方なしに言われた通りに変えてみました。すると、なぜだか理由は分からないけど、自分にとって良いことが次々と起こるんですね。いやぁ、これは不思議だと思って、ほかにも仕事やプライベートのことまで、彼女のアドバイスを真に受けてやってみました。そうすると、これまた嬉しいことがどんどん起こる。そんなことが続くうちに、ある日、自分の意識が過去の自分とはまったく変わっていることに気づいたんですね。


顧客の経営者たちと企業視察の時の写真


さすがにここまで来ると、もう、惚れてしまうわけですよ。「この人と組めば僕の人生は勝てる!」と確信しました。それで、「ブライダルは未経験ですが、何でもやるから入社させてください」と宮腰さんに頭を下げて、勢いよく父の会社を飛び出しました。僕が28歳の時でした。

・・・vol.2に続く


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