10年目からのスタートアップ。安定成長から急成長へ舵を切ったエフ・コードの10年以上の歴史と転機について、取締役・門田大いに語る

――よろしくお願いします!

よろしくお願いします。これ工藤さん(社長)に聞いてもらえませんか? のっけからめっちゃ恥ずかしいんですけど(笑)。

――いやいや、最初からエフ・コードとともに歩み、会社を創ってきた門田さんならではの視点でぜひ語っていただければ。もちろん、社長インタビューは未来の展望含めて別途行いますので!(※近日公開します)

わかりました。では、まずは工藤さんと僕の出会いのところから……。

▲学生時代の代表取締役社長 工藤(左)と門田(右)

2002年 エフ・コード創業前夜の出会い

――もともと工藤さんと門田さんは、東大で同期だったんですよね?

同じクラスの、学生番号が隣だったんです。だから出会いは2002年4月2日、はっきり覚えています(笑)。クラスで仲良くなるためのコンパの仕切りとかを僕がやることになって、それを手伝うよと工藤さんが言ってくれたり、そんなことから仲良くなりましたね。学生団体のサークルでも一緒で、他の人からは勝手にセットにされて「くどた」とか言われてました(笑)。

でも工藤さんはもう早々にビジネスに惹かれていって、インターンに行ったりもしていて、大学であまり見かけないような時期もありました。当時僕は官僚になりたいという思いがあり、政策系の学生団体を続けていたんですが、それが終わったころに工藤さんが「お前は何をやりたいんだ」という感じに声をかけてくれて。

――荒井さん(もう一人の現エフ・コード取締役)ともその頃出会ったんですか?

2004年12月23日ですね、天皇誕生日だったのを覚えてます(笑)。工藤さんがもともとインターンに行っていた会社で、荒井さんが新卒1年目にして「番頭」だかなんだかの肩書で働いていたんですね。それで紹介されたんですが、30歳ぐらいの方かと思いました(笑)。とても2歳上には思えず。というと悪い言い方ですが、「頼もしそうだな」という第一印象でしたね。

▲当時から現在まで頼もしい取締役・荒井(2008年頃)

2005年 工藤、門田に焼肉をおごる

――工藤さんと一緒にビジネスに関わり始めたのはいつ頃なんですか?

もうそれから3か月後ぐらいですね。これはまだエフ・コードではないんですが、工藤さんが運転免許関連のインターネット事業の新規立ち上げに関わるということで、誘ってもらって。3か月という期間を区切って、プレマーケというか、事業性検証をしていました。で、2005年の5月25日に……。

――さっきから細かい日付よく覚えてますね!

これは僕の誕生日だったので覚えてます(笑)。その日にプロジェクトの打ち上げがあって、工藤さんが焼肉おごってくれたんです。「牛〇」みたいなチェーンの店で、そのあたりがまだ学生っぽいですね。

それからちょっと間が空いて、次は事業性検証ではなくて本当の立ち上げの方に関わるようになりました。業務委託ではあったんですが、サイトを作ったりそれをマーケティングしたりということをやっていて。元々あったコールセンターなどの基盤を生かしつつではあるんですが、事業全体で20億ぐらいの取扱高にはなりました。

ただ、これはあくまでひとつのプロジェクトとして位置付けていました。そこで得たノウハウは他の業界にも応用できそうだという手応えがあって、それらのための受け皿を作ろうと。それで、運転免許の事業を案件として請け負うところからエフ・コードの創業に繋がっていきました。これはもう今の社員も皆が知っている日付ですが(笑)、2006年3月15日にエフ・コード創業ですね。

2006年 いよいよエフ・コード創業!(普通の住居用マンションの一室にて)

――そういう成り立ちとすると、当初は「会社組織」って感じではないですよね。

そうですね。そのときのエフ・コードって、たとえば上場を目指すなどの意識もありませんでしたし、一般的な意味での会社組織を作ろうという意図もありませんでした。

ちょうどダニエル・ピンクの「フリーエージェント社会の到来」などが注目されていた時期で、「インターネットのおかげで、大きい組織で下積みしなくても組織から自立したプロフェッショナルとして若いうちから活躍することができるのでは」という思いがあって。完全フリーランスではなくとも、若い個人事業主の集合体というか、そうした人々の受け皿のようなものを作れれば、などと考えていました。そこから何か大きなことができるんじゃないかと。今思えば、まだ若くて世の中が見えていなかったのかもしれませんね(笑)。

――今のエフ・コードからはなかなか想像できない姿ですね。

実際見た目もそうですね。なにしろ、当時のオフィスは学芸大学の普通の住居用マンションでしたから。そこに外部の方含め20人から入って作業したりしていたので、ひどいときはプリンタが使われるたびにブレーカー落ちてました。さすがに今はブレーカー落ちないですよね(笑)。

ただ、変わらず一貫していることはあります。これは運転免許の事業での大きな学びでもあったのですが、「いかにカスタマーを動かすのか」という観点です。「動かす」という言い方で語弊があってはいけないのですが、「カスタマーと商品・サービスとの良き出会いををいかに増やすのか」という問題を掘り下げて、そのためにどういったお客さんに対する接点を持っていくのか、コールセンターと早く会話してもらったほうがいいのか、それとももっと様々な情報をウェブ上で届けたほうがいいのか、ウェブ上で届ける情報というのはどういう視点のどういう情報がいいのか。そうしたことを深く考えて、どちらにとっても利となるコミュニケーションの中で、お客さんの行動をサポートし後押しするということです。

――まさに現在のエフ・コードの事業、開発中の新製品「CODE Marketing Cloud」の真ん中にある考え方ですね。

2007年~ 門田、行方不明になり、民営化され、のちエンジニアになる

――でも門田さんって大学院を出てるから、その頃まだ学生ですよね?

そうです。創業時からいるんですが、学生だったということもあって当時は業務委託ですね。2007年の1月に正式加入したんですが、当時は世の中的に郵政民営化みたいな話が話題になっていて、それにひっかけて「門田民営化」なんて祝ってもらいましたね(笑)。当時は公共政策大学院に通っていて、加入直前まで官僚になりたいと言っていたので。

その直前の忘年会かな、僕がお酒に弱すぎて一次会後に行方不明になるという事件もあって。酔っ払った末に家に帰って電話にも気づかず寝てしまっただけなんですが、誰にも言わず帰ったようで皆が心配して、学芸大学の街じゅうを探し回ってくれたみたいです。申し訳ないことをしました(笑)。

――そんな時代もあったんですね(笑)。でも当時はまだエンジニアじゃなかったんですよね。門田さん個人のキャリアは結構エフ・コードの歴史と結びついている気がします。

たとえば2006年においては、リスティング広告などの運用において、ただ単純にサイトに来てもらうだけではなく、そこから先の実際にものやサービスを購入したり申し込んだりするというところまでを踏まえた集客プランを描き分析改善していく、ということをやっていました。これは当時、一般の事業者からするとユニークな手法だったと思います(もちろん、そうした広告運用は今も行っています)。

それによって何を成したかったのかを改めて考えてみると、つまりは事業者の先のカスタマーをいかに動機づけ、心地よい情報収集体験や買い物体験をしてもらい、結果として笑顔になってもらうか、ということでした。現在にまで繋がっていることですね。その実現方法として、時代状況が変わる中で、たとえばガラケーのキャリア公式サイト運営支援などが売上を支えていた時期もありました。次にお話ししますが、僕が本格的にエンジニアになったのは、これより後のSaaS事業に踏み込む際のことですね。

▲2007年当時。苦悩する(?)社長・工藤

2010年頃 荒井家、シャワー浴び場と化す

――いろいろ大変な出来事もあったんじゃないですか?

2010年頃は大変でした。事業面でも非常に苦労が多かった時期です。当時は今の市ヶ谷の前、新宿御苑近くのオフィスでしたが、僕は家に帰れなくて、オフィスに布団を敷いて寝泊まりしていました(笑)。でも風呂に入れないのは困るから、当時近所に住んでいた荒井さんによくシャワーを借りてました。僕だけじゃなく、当時荒井さんの家は皆のシャワー浴び場と化してましたね(笑)。

――ある意味、ベンチャー最初期っぽいエピソードですね。そんな時代もまたあったと。

もちろんきちんとした会社としては、そういう状態はダメです。だからというわけではないですが、そうした苦労を乗り越え、「組織として成長」することを目指さなければと考えるようになりました。2008~2009年ごろには気づき始めていたことですが、そのためには技術がないとやはり厳しいと。色々もがき苦しむ中で「経営陣の誰かがちゃんとエンジニアリングをわからないとダメだ」となって、僕がエンジニアになりました。その結果2012年に生まれたのが、機能拡充を重ねながら現在も提供させて頂いている「f-tra EFO」というプロダクトですね。

▲2010年当時の門田(社内懇親会にて)

2012年~ f-tra EFOの開発とシングルヒット

――なるほど。何故そこでEFO(エントリーフォーム最適化)だったんですか?

実は、アクセス解析ツールの開発なんかを模索した時期もあったんですが、Google Analyticsなどと比べたときにどうにも優位性がなく、事業として成り立つに至らなかったんですね。

そんなときにたまたま、ウェブコンサルティング事業側で代理販売をしていたEFOツールベンダーが事業を終了するという報せがありました。そこでEFOについて自社での展開を検討したところ、やはり多くのマーケターが、ウェブサイトに集客はできても、そこからいかに多くの方を購入や申し込み等に結びつけるかという点で苦労しているわけです。

マーケターがこれを解決しようとする際の難しさは、マーケターは通常ウェブサイトのUI改善などにはタッチできないという点にあります。そのペインを解決できるものにすれば、ただのカスタマーを知るだけのツールよりもクライアントにも導入されやすく喜ばれやすいのではないか、そしてこちらのほうが事業として確度が高く、プロダクトとして筋も良いのではないかという結論に至りました。f-tra EFOはそこからスタートしたんです。

――偶然の中から生まれたんですね。しかし、初めてそのようなツール提供を行ったにもかかわらず、多くの方に使っていただける結果になりましたね。

有難いことだと思います。

そこで強く感じたのは、マーケターがカスタマーを知りたいのも、そもそもはカスタマーを動かしたいからだということ。であれば、カスタマーを動かすことに焦点を当てたツールを提供したほうが、結局カスタマーにもクライアントにも喜んでいただけるということですね。これが今や僕らのアイデンティティにもなっているんだと思います。

このf-tra EFOのシングルヒットは、現在の考えの根拠というか支えになっています。こういうものを、次は偶発的にではなく、ちゃんと戦略的に、RADに取り組むことでホームランにできるんじゃないかと。そのためにはテクノロジーの結集が必要であり、組織だった戦略と実行が必要で、その先には世界を見据えられるのではないかという考えですね。

▲2012年に開催した開発合宿の様子

2015年~現在 登る山を決め、バスに乗る仲間を集める

――その後f-traシリーズは「CTA」「Push」とリリースされていくわけですね。

どちらも2016年ですね。同じ年には、初の海外拠点としてバンコクに法人を設立しています。

――こういった動きを見ると、もうこの頃にはいわゆる「会社組織」らしい体制になっていたのかなと見えるのですが。

そうですね。ただ、組織という意味で考えると、ちゃんとマネジメントに取り組もうと考えたのはその前年の2015年頃だったかと思います。創業から10年、中間管理職を作り、それによって組織をスケールさせていこうという段階ですね。2014年以前は30人以下という規模の会社だったので全員の顔も見えますし、フラットな組織というか、レイヤーは「役員」と「社員」のみで回すことができていてたんです。

2017年には、ずっと一貫している「カスタマーを動かす」ということ、それにまつわる考え方を初めて言語化しました。それが「Connect, Delight」です。組織としてスケールしていく上でも、このような言語化は大切と考えました。

――10年という長い期間育まれてきたものが強い土台になり、さあこれからという時期になったんですね。

最初は10年間もの長い間、何かを育もうと思っていたわけではなかったんですけどね……(笑)。とはいえ、知見もそれなりに積み重ね、EFOというシングルヒットがあり。僕自身はエンジニアにもなり、30代に入り、自分のキャリアについて「これでいいのか」と思ったときに、この単純な延長線上にはもともと思い描いていた「何か大きなこと」はないのではと思ったんですよね。

だから、当時の一次曲線の成長をそのまま連続するのではなく、ちゃんともともと思い描いていたインパクトを作ろうと考えたときに、目指すべきは非連続成長だろうと。

非連続成長でエフ・コード発のマーケティングテクノロジーを世界中に提供していきたい」と改めて登る山を定義し直したときに、徒手空拳だった2006年当時とは違い、エンジニアリングの知見や顧客企業との関係性など、多くの資産がそこにあった、という感じでした。とはいえ足りないものも当初の想像以上に多かったので、2015年から現在に至るまで、ストロングポイントを持った仲間をバスに乗せるべく集め続けている感じですね。

――大きな方向転換。乗り越えるべきこともまだまだ多いですね。

まず、「10年目の安定企業が果たしてスタートアップとして成長できるのか」という問いがありました。この問いへの答えは端的に言えばもちろん「できる」だと考えているのですが、これを導き出す上では、いろいろな学びがあったと感じています。「スタートアップ」という要素と「企業変革」という要素が並び立っているので、「変化の痛み」が二重にかかっているのかなと思うところはありますね。

スタートアップって、小さい中でしかも成長を目指すわけなので、1人新しい人が入れば全員の役割分担の形が大きく変わると思うんですよね。それが本当に面白いと僕なんかは今思っているんですが、もともと安定成長の会社にやってきたメンバーは、それこそ僕自身も含めて、誰もそんなこと想定していなかったわけなので(笑)。この新しいあり方を理解し、それを良いと思えるまでにかなりの時間を対話に費やしたように思いますし、まだそこは進行途上なのだとも思います。

――変化のフェーズでは、戸惑いや痛みもまた不可避なものですよね。それを解決したり昇華していくために、門田さんはどんなことを考えていますか?

現時点での答えとしては、これもよく言われる話ですが「成長が全てを癒やす」ということを実感しますね。ただし会社の成長だけではなく、個人の成長も含めての話です。

幸い創業以来、採用基準として「成長意欲」という条件は一貫しています。ですから、この変化のなかで個人の成長をバックアップできれば中期的にはWin-Winですし、さらに会社の成長も伴えば、長期的には過去の痛みも笑って振り返れるネタになると思うんですよね。現に安定成長期からのメンバーに、この環境変化のなかで急成長しているメンバーが何人もいるのは、本当に心強く思うところです。

今のエフ・コードは各部署に強力な仲間が加入し、個人の成長を後押しする環境としてもどんどん素地は整ってきていると思います。次は、バスに乗る仲間をさらに増やすことももちろんですが、組織としての関係の質を高めていくこと。そして、事業の成長、商品の成長をより確かなものにしていくこと。そのなかで、成長痛さえも皆で楽しみ、どんどん笑えるネタにしていきたいですね。そのためのカギになるのが、新プロダクトの「CODE Marketing Cloud」だと思っています。

――ありがとうございました! 門田さんには過去から現在に至るまでを語っていただきましたが、今後の展望についてはまた別記事で工藤社長にお聞きしたいと思います!

▲2017年忘年会。10年目からのスタートアップをこの仲間たちと。

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