 Designed for Everyone - デザイナーがみた WWDC19 -

WWDCは毎年6月にSan Joseで行われるAppleのカンファレンスだ。新しいOSや技術についての発表があり、Keynoteはインターネットを通して世界中にライブ配信される。そして私は深夜パソコンに向かって、その様子を固唾をのんで見守ってるうちの一人だ。

私は普段、フェンリルでデザイナーとして働いている。iOSやAndroid、WebのアプリケーションのUIデザインが主な仕事だ。そして実は熱心なAppleファンでもある。深夜の配信や、公開されたセッションの動画をチェックするのは仕事で必要だからではない。ファンだからだ。そう、ただのファン。

そして今年、私は幸運にもこのカンファレンスに参加することができた。フェンリルでは、毎年数名のエンジニアとデザイナーがWWDCに参加しているのだが、その一人に選出されたのだ。それは現実とは思えない、本当に忘れられない一週間だった。

というわけで私は、その夢のような一週間で感じたことをデザイナー目線でレポートしようと思う。

Design Lab

WWDCといえばAppleのエンジニアに直接質問できるTechnology Labが有名だ。しかしそれだけではない。UI Designや Accessibility Designについての相談ができるDesign Labというものがあるのだ。
AppleのデザイナーやAccessibilityのエキスパートにレビューをしてもらえるこのLabは、1アカウント各1回までアポイントメントの申し込みができ、毎日抽選があるのだけど、それがけっこう外れるくらいの人気がある。

エンジニアのためのカンファレンスというイメージが強いWWDCに、フェンリルのデザイナーが毎年参加しているのは、このDesignのLabでのレビューを受けるためである。

さて、そのDesign Labで、アクセシビリティに関するアドバイスをもらっている時だった。私はアクセシビリティの効果を定量的に測定する方法はないのか、といった趣旨の質問をしていた。思えば全くの愚問だったのだが、そんな私にAppleのAccessibilityエキスパートは、自身の T シャツに書かれていた文字を指差して微笑み、こう言った。

“ Designed for Everyone ※1

( Accessibilityエキスパート達が着ていたTシャツの写真。ブルーの布に  Designed for Everyone という文字が白地で印刷されている。)

Designed for Everyone

1989 年版のHuman Interface Guidelinesには、こんな一文がある。

“ Apple Desktop Interface は、人間が生まれながらに好奇心を持った存在であるということを前提としています。”
-『 Apple Human Interface Guidelines: The Apple Desktop Interface 1989 日本語版 』

作ることは、創造することは、選ばれた特別な人々の手によってのみ、なされるのではない。どのような人間も “ 生まれながらに ” 好奇心を持ち、自らの環境を設計できる。だからそれを前提としたAppleのプロダクトは、すべての人に向けて設計されている。

“Designed for Everyone” は、2017年WWDCのTim CookによるKeynoteにおいて、 新しいmacOSを形容する言葉としても使われている。「新しいmacOSは、プロユーザーに影響された新機能を搭載しながらも、誰もが使いやすい設計(Designed for Everyone)になっている」と。

ところで 、こんな事が分かるのは、私のマニアックな記憶力によるものではない。Appleのウェブサイトにあるコンテンツの、アクセシビリティの高さのおかげである。Appleが配信した過去のKeynoteやセッション動画は、なんとすべて各国語の字幕付きでウェブサイトにアーカイブされている。

動画に字幕がついていることがもたらすのは、英語が分からない人がその訳語を利用したり、音を出せない状況で動画を視聴したり、聴覚での情報取得に障害がある人が字幕によって情報を得ることができるだけではない。その動画に出てきた言葉を、容易に検索にかけることもできるのだ。

検索窓に “Designed for Everyone” と入れるだけで、WWDC2018 Keynoteの01:35:43にそのフレーズが出てくることが分かり、すぐにそのシーンにアクセスできる ※2。誰もが使いやすい設計だ。

そして今年のWWDCもまた “Designed for Everyone” が体現されていた。

(会場内の写真。配置されたデスクには、ところ狭しとMacBook Proを開いてキーを叩くエンジニアたちがいる。)

Accessibility

アクセシビリティというと、それがOSの機能として用意されていることもあって、特別な支援技術をイメージする人が多いかもしれない。

今年のKeynoteでも、Voice Controlというパワフルな支援技術が発表された。この設定をONにすると、アプリケーションを声で操作できる。画面に向かって「戻れ」といったら戻るし「ホームに行け」といったらアプリケーションを閉じてホーム画面に遷移する。
Voice Controlは肢体不自由の方はもちろん、手が濡れてるなど、何らか事情で端末やキーボードに触れられないときにも使える。
同じ音声認識でも、エージェントを介していないところが、スマートアシスタントとは大きく違う。誰かに頼むのではなく、自分で操作できるのだ。合わせて iOS のアクセシビリティ設定への動線も改善された。この意味は大きいと思う。

しかし アクセシビリティ とは、必ずしも特別な支援技術についての言うのではない。 アクセシビリティは、障害の有無に関わらない、あらゆる人のアクセスについての話だから。

たとえばWWDCの会場もその対象である。

(スタッフ T シャツのバックプリント写真。首の後ろ部分に  WWDC19の文字もプリントされている)

WWDCの会場には、陽気でホスピタリティにあふれる案内スタッフが十分に配置されていた。トイレの場所が分からないとか、セッションのあるホールが分からないとか、少しでも困ったらすぐに尋ねることがができた。

配置人数の多さもさる事ながら、ただ立っているだけではなく、行き交う人に話しかけ、ダンスを踊り、ハイタッチをし、お祭りの雰囲気を盛り上げていた。そんな様子だから、話しかけるのに躊躇することもなかった。Accessibleには、接しやすい、親しみやすいという意味もあるのだ。また会場には “We are pleased to offer accessibility assistance.If you would like help,please ask.” と書かれた看板まであった。

スタッフの T シャツは何色かの色分けと、役割によって異なるバックプリントが施されていた。デザイナーは鉛筆、エンジニアは金槌とスパナといった具合に。そうすることで、何を得意とするスタッフなのか来場者はひと目で知ることができる。

会場で用意される食事はバリエーションが豊富で、カフェインレスのもの、ヴィーガンに対応したものも当然のように用意されており “高価なodwallaフルーツジュース” ※3 も数種類山積みになっていた。

( フルーツジュース、odwalla ※3の写真。ストロベリーバナナとオレンジジュース。どちらも美味しい。 )

通訳も用意されている。UI DesignやAccessibility DesignのLabでは日本語が分かる方に通訳のサポートをしてもらい、大変お世話になった。日本語通訳だけではない。BashではWeezerのライブがあったが、ステージには手話通訳の方もいた。ギターソロの手話が素敵だった。きっとあの場にいたみんなが一体となって “Buddy Holly” ※4 を楽しめたと思う。

チャイルドケアもあった。カンファレンスに参加する人たちが、子供を預けることができる託児施設だ。日本のカンファレンスで託児所が用意されているものは、はたして一体いくつあるだろうか。ちなみに子供用のパスも用意される。見せてもらったところ、通常会社名が表示されるところには “Still in Beta”と書かれていた。洒落がきいてる。

それだけではない。ネットワークへの接続は人権だと言われる時代だ。WWDCの会場には、何千人ものエンジニア達が発表されたばかりのOSを一斉かつ即座にダウンロードして試せるよう、ダウンロード用のエリアがあり、高速の有線LANが用意されている。本当にびっくりするぐらい早い。

もちろん、アメリカはアクセシビリティに関して日本より進んでいるというのもあるだろう。しかしWWDCの会場は、確かにあらゆる人にアクセスしやすく、使いやすく設計されていた。それが世界の人々に向けた、会社をあげた取り組みだということが、会場のあらゆる場所に表されているのだ。

Dark Mode

Design Labでは、用意していったいくつかの質問をしたのだが、Keynoteで発表があったDark Modeのサポートについても相談した。

先行して実装されているBooksアプリや、macOSでの事例を出しながら、その色設計の困難さについてアドバイスを受けたのだ。

Dark Modeは単に白い画面を黒くするわけではない。白ベースと黒ベースでは、配置するテキストやボタンの色のコントラストが異なるし、黒ベースのUIにおいてハイコントラストになってしまう白の扱いや、Disabledボタンと灰色のボタンの区別など、考慮すべきことがたくさんある。どういう色設計がベストなのか、けっこう悩ましい。

しかしそんな私への解答は、とてもシンプルだった。
それは “色だけで伝えようとしないで。コントラストで表現して” だった。

そう、WCAGの1.4.1 Use of Color ( 1.4.1 色の使用 ) ※5 と同じである。

“ Color is not used as the only visual means of conveying information, indicating an action, prompting a response, or distinguishing a visual element. ”
- WCAG2.1

色だけで情報を伝えようとしないこと。コントラストに注意した色設計をすること。アクセシビリティを高めるために普段やっていることが、Dark Modeの色設計でも有効だというのだ。当たり前といえば当たり前のことだけど、アドバイスを受けて私はハッとした。※6

つまりディベロッパー達がDark Modeに適切に対応しようとすると、自然と色だけに頼らない情報設計をすることになる。色の変更に柔軟な実装にする必要もある。その結果、自然にアクセシビリティが高くなる。しかも、それがさして困難ではないやり方で実装できてしまう。

Dark Modeはそれに対応するすべてのアプリケーションのアクセシビリティを高める。OSを提供する側として、こんなやり方で世界を良くしていく方法があるのかと感心した。まさに “Designed for Everyone” だ。

( Accessibilityピンズの写真。macOSのAccessibility設定アイコンがモチーフになっている。 )

SwiftUI

そして予め予想されていたDark Modeの発表よりも、会場に悲鳴のような歓喜をもたらした発表があった。SwiftUIである。Keynoteが終わってからというもの、誰もがこの話ばかりしていた。かくいう私もそうだ。

SwiftUIではXcodeでコードを書くとそれがWYSIWYG(What You See Is What You Get)的にリアルタイムプレビューされる。そしてプレビュー側から変更をかけるとコードも変更される。Light ModeとDark Modeの切り替えや、テキストサイズのシミュレーションも自由自在だ。

現在のソフトウェアデザインの通常のワークフローでは、 UIデザイナーはSketchなどのデザインツールを使ってUIの絵を書き、それをエンジニアに共有している。しかしそれはいくら丁寧にコンポーネント化していたとしてもただの絵でしかない。

デザイナーはまるでエッシャーのだまし絵のようなデザインカンプを作り、それをもとにエンジニアがリバース・エンジニアリングしてアプリケーションを構築していく。

確かになんとかやれてはいる。しかしこれが本当にベストなやり方なのだろうか。

私はかつて、HTMLでウェブサイトを作ったとき、自分が書いたマークアップによって、コンピュータースクリーンに表示されているものが、他の場所で使われているブラウザにそのまま表示されることに感動した。印刷物のデザインでは、コンピュータースクリーン上のものと、実際に印刷されたものには大きさも、色も何もかも違っていたからだ。

SwiftUIが発表された時、私はその時の感動を思い出していた。本当の意味でのUIデザインができるツールというのは、これではないだろうか。

もちろんまだβ版だし、すべてがそんなに簡単にいくわけではない。しかしこのコンセプトが実現していけば、UIデザインの、ソフトウェアデザインの世界は大きく変わっていくのではないだろうか。しかもこのツールよって設計されたアプリケーションは、今よりもずっとアクセシビリティの高いものになるのだ。

SwiftUIでアプリケーションを設計するには、コードを書く必要がある。いま UI デザイナーをやっている人たちにとってネックになるのはそこだろう。
いまコードが書ける、書けないということはさほど問題ではない。それよりも悩ましいのはiOSや iPadOS、macOSに限らず、AndroidやWeb、印刷物まで、あらゆるビジュアルを手がける今のUIデザイナーが、すべてにおいて最低限ビューの実装をやれるところまでの情報を、それぞれキャッチアップしていくのは難しい、というところだ。実現にはデザイン組織自体を変える必要があるかもしれない。そんなことが出来るだろうか。

しかし現状のワークフローにひどい矛盾があることは確かだ。ビジュアルだけでなく、もっと機能に、どう動くかにフォーカスしたアプリケーションの設計のために、UI デザイナーはただ描いた絵をエンジニアに渡しているだけでいてはならない。私達は別のやり方を見つけなくてはいけないのだ。

アメリカ滞在中に見学に行った Apple の旧本社キャンパス、Infinite Loopの壁には、Steve Jobsがかつてインタビューで話したという言葉が書かれていた。

“ If you do something and it turns out pretty good, then you should go do something else wonderful, not dwell on it for too long. Just figure out what’s next.
何かをやってとてもうまくいったら、長々と執着しないで他のすばらしいことをやりにいくべきだ。次に何がくるかを見つけるだけだ。 ” ※7

(会場で配られていたリンゴと会場外の写真。アメリカのリンゴは小さくて可愛い。 )

発明の民主化

コードがバリバリ書けるエンジニアにしてみれば、SwiftUIみたいなツールの登場に疑問があるかもしれない。今のままでも十分実装できるのに、それを簡単にする技術がはたして必要なのだろうかと。
けれど、数学やコンピューターサイエンスの専門教育を受けることがかなわない人でも、作る側になれる、ということはとても重要だ。

確かに WWDCの会場では、すべての人がホスピタリティにあふれていた。コードを書き、実装し、ディスカッションしたり、一緒に美味しいごはんを食べていた。
しかし一歩外にでて、ちょっと危険な地区に近づけば、虚ろな目をした人々が路上に座っていたりする。激しい貧富の差という現実が、やっぱりそこにあった。

人間は生まれながらに好奇心を持った存在である。

作る側をやるということは、自分を取りまくものが自身によってデザインされうると気づくことは、環境や権力によって奪われてしまった好奇心を取り戻す働きがある。だからSwiftUIのような技術は、貧困へのカウンターになると私は思う。

“ Everyone Can Code.
Everyone Can Create. ”
※8

AppleもWWDCに来ていたエンジニアたちも、そうやって日々コードを書きながら世界を変えているのだ。

人は道具とともに共進化するから、デザインは終わりのない旅なのだという。ならば私はこれからも旅を続けていこうと思う。次の新しいことをやるために。
そして来年のWWDCにはSwiftUIを使って設計したソフトウェアをたくさん持っていってLabに突撃したいなと思う。

最後にこの夢のような体験を全力でサポートしてくれた会社と、ここまで読んでくださった方に感謝を!

(WWDC19のネオンサインの写真。ロゴとDubDubの文字が青く点灯している。 )

※1
Designed for EveryoneはAppleのAccessibilityへの取り組みについてのスローガンでもある。WWDCに参加しているAccessibilityのスペシャリスト達はみんなこのスローガンが書かれたブルーのTシャツを着ていた。

なお、YoutubeのAppleのチャンネルには『Accessibility—Designed for everyone』というリストが提供されている。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLHFlHpPjgk7307LVoFKonAqq616WCzif7

※2
WWDC 2018 Keynote
https://developer.apple.com/videos/play/wwdc2018/101/?time=5743

※3
Appleファンの間では有名なフルーツジュースの事。
Andy Hertzfeldの著書『Revolution in the Valley』にも出てくる。

“ Steveは、炭酸飲料はあまり体に良くないと考え、他の何種類かの飲み物といっしょに、高価な odwalla フルーツジュースを毎日配達してもらい、冷蔵庫の中に新鮮なものを常備しておくことにした ”
- Spoiled ?『 Revolution in the Valley 』Andy Hertzfeld

※4
Buddy Holly
1994年リリースのアルバム『Weezer』に収録された Weezerの代表曲。Bashのセットリスト一曲目がこれだった。

※5
WCAG2.1 より
https://www.w3.org/TR/WCAG21/#use-of-color

※6
ちなみにAccessibility Designのエキスパート達は HIG はもちろん、WCAGやMaterial Design Guidelineの Accessibilityについても詳しかった。

※7
和訳はAppleの元エンジニア、ケン・コシエンダによる著書『Creative Selection』から。訳は 二木 夢子 氏。著者はこのJobsの言葉は成功した時だけでなく、失敗したときにも有効だと言っている。

※8
Everyone Can Code
https://www.apple.com/jp/everyone-can-code/

Everyone Can Create
https://www.apple.com/jp/education/everyone-can-create/


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