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“才能”も“IQ”もいらない ~世界中の心理学者が注目する「GRIT」で、マーケティングの常識を変える日まで~

一流と二流を分かつ、才能でもIQでもなく第3の力「GRIT(グリット)」。GoogleやFacebookなど、世界的に有名な企業たちが大切にするこの「GRIT」=やり抜く力は、今や成功者に備わる究極の能力とまで言われるほどに注目を浴びている。 異色の経歴を持ちながらフロムスクラッチに入社した宮田勇祐は、この「GRIT」を身につけた“未来の変革者”かもしれない。ラグビー名門校を渡り歩き、日本トップクラスで活躍してきた彼はその後、飲食業界に転身し優秀な成績を残す。そして現在は、フロムスクラッチにてマーケティングテクノロジー領域でのキャリアを歩む。「決して才能に恵まれていたわけではなかった。だけど誰よりも“やり抜く力”はあった」と本人は静かに語る。 “何者”でもなかった宮田が、“何者”かになろうとしている。未経験領域への転身にひるむことなく、愚直に突き進んでいく彼には、世界中の心理学者が注目する「GRIT」が備わっているのかもしれない。

【目次】 ・世界中の心理学者が注目する能力”GRIT” ・決して恵まれない体格、それでもラグビー名門校のレギュラーに ・環境が変わっても、“やり抜く”ことは変わらない ・社会人として勝負することを決意した   

― まず、フロムスクラッチという会社について教えてください。

フロムスクラッチは、ビッグデータ×人工知能を主軸に事業を展開するデータテクノロジーカンパニーです。現在は、マーケティングテクノロジー領域におけるソリューションである、次世代型マーケティングプラットフォーム「B→Dash」の開発・提供を中心に事業を展開しています。

「B→Dash」は、企業が保有する全マーケティングプロセスのデータを一気通貫して管理・統合・活用できる、類を見ないソリューションです。統合したマーケティングデータに人工知能を活用することで、収益が最大化される施策の自動分析・レコメンドを実現します。

2015年には、シリコンバレーに本拠地を構えるベンチャーキャピタルや、電通デジタルホールディングスらから、総額13億円もの資金調達をしました。ほかにも、元LINE代表取締役である森川さんに戦略顧問に就任いただいたり、世界的な経済誌Forbesの「日本の有望スタートアップ20」にも選出されたりするなど、いわゆる“成長ベンチャー”企業です。

今後は、人工知能の研究開発、海外展開、「B→Dash」の開発強化に加え、「ビッグデータの取得・統合」と「人工知能によるデータ活用」の技術を通じ、様々な領域での事業展開を予定しています。

詳細はこちらの記事をご覧ください。

世界中の心理学者が注目する能力”GRIT”

成功したい

誰もが人生で一度はこう考えたことがあるはずだが、成功を収めるために最も影響を与える要素はどのようなものなのかについては長年に渡って議論が続いている。そんな中、心理学者のアンジェラ・リー・ダックワース氏が「大切なものは才能や努力ではなく、やり抜く力である」というGRIT(グリット)を提唱し、世界から脚光を浴びていることは広く知られている。

GRITとは、何か大きな目標に向けて日々粘り強く努力し、最後までやり抜く力のことを言う。そのため、肉体的にも精神的にもタフネスさも必要だ。どんな困難に直面しても、自らの思い描く夢や目標を達成するために、毎日粘り強く、継続的に挑戦し続けることが求められている。

そんなGRITが、異業種からフロムスクラッチに転職した宮田の成長を導いたのではないだろうか。

決して恵まれない体格、それでもラグビー名門校のレギュラーに

宮田は幼少期から運動が好きだった。弟と一緒に少年野球団に所属していたが、この頃から「自分の“才能のなさ”」を自覚するようになった。すぐ近くには、体も大きく運動能力も高い弟がいていつも比べられた。周りを見渡しても、遥かに自分よりも才能に溢れるプレーヤーがたくさんいた。そんな状況を打破しようと、宮田は自然と、自分の弱点を見つけては成長目標を立てて達成するという、PDCAサイクルを回す素養を身につけていった。

そんな宮田がラグビーに出会ったのは中学校のときだった。次第にラグビーの魅力に惹かれていった宮田は、ラグビーで日本を5度制覇した伏見工業高校への進学を決意する。その頃の様子をこう語る。

「入学して最初の春、伏見工業高校ラグビー部が全国大会優勝を果たしたんです。これまでとは比べ物にならないくらいハイレベルな戦いを目にし、衝撃を受けました。そしていつか、自分自身も全国大会決勝の舞台に立ち、日本のトップを味わってみたいと心から思いました。そこから、言葉の通り“血も滲むような努力”が始まりました。

どんな日でも毎朝5:30には起き、軍隊のように厳しかった練習に耐え抜いた後も、ひたすらに自己練習に励みました。周囲の人間よりも体も小さいし、才能もないのはわかっていたので、とにかく愚直にやり抜くことだけを意識して毎日を過ごしました。そのためには、遊びや誘惑など、ラグビー以外のものも全て断ちました。練習や試合のプレー内容は全て、ラグビー日記に書いていきました。とにかく辛い日々でした、今思い出しても震えが出るくらいです(笑)。

ただ、“何者”でもない自分が、試合に出るためには、平凡なことを非凡にやり続け、さらには手をぬかずやり抜いていくしかないと思ったので続けることができました。」

その努力は徐々に実を結ぶ。宮田の努力は次第に評価され、高校2年時にはメンバー入りを果たした。またニュージーランドへ海外遠征にも選抜され、最終学年ではレギュラーとして試合にも出場するまでに成長していた。

「才能も恵まれた体格もない僕は、とにかく愚直に努力を重ねました。周りも自分と同じくらい努力はしているんです。普通じゃだめ。かといってただがむしゃらに量をこなすだけでもだめ。目標を見失わずに、確実に継続していくことが大切なんだと思います。どんなに才能がなくても、自分のポテンシャルだけは信じてあげるようにしました。その甲斐あってか、全国屈指の名門校でも試合に出られるようになりました。小さな成功体験ですけど、これが今の自分のベースとなっています。

だけど、自分たちの学年は京都大会決勝で敗れて全国大会への出場が叶いませんでした。日本一になると周囲から期待され続けてきたこのチーム・仲間でも、花園に行くことすら許されませんでした。積み上げてきた3年間。絶対に負けたくない舞台で挫折を味わい、僕の中にこみ上げた感情はたったひとつでした。

“こんな中途半端ではいけない、やるなら自分の全てをラグビーに注ぐ”、と。

そうして、当時ラグビーのレベルが高かった関東の大学へ進むことを決意しました。その大学は、今や日本代表キャプテンとなったリーチマイケルがまさに活躍していた東海大学です。」

環境が変わっても、“やり抜く”ことは変わらない 大学ラグビーの名門、東海大学に進学してからも宮田の基本姿勢は変わらなった。

「進学先の東海大学では、入部初日から衝撃を受けました。“こんなにもレベルの高い選手が全国から集まってきているのか“と。最初からそう感じられたことはむしろラッキーでした。すぐに、練習では一切の手を抜かないこと、そして生活面で周りの見本となるようことを誰よりも率先していこうと、自分の中で意思決定できたからです。 大学に進学しようが、何をしていようが、”自分は何者でもない、できることはやり抜くことだけ“という基本姿勢は変わりませんでした。そのため、高校のときから比べものにならないくらいの努力を続けることができました。」

そうした姿勢が次第に伝わっていき、2年時でトップチームを経験、3年時には寮長補佐、最終学年となった4年ではバックスリーダーと統括寮長という、2つの要職を創部後初で兼任することになった。

「環境が変わると、人って素直じゃなくなったり、傲慢になったり、いろいろな変化が起きると思います。コンフォートゾーンもあるし、現状を維持したいという欲求もあるから、なかなか“愚直に続けること”って難しかったりします。 ただ、僕の唯一の武器は“やり抜くことだ”と、勘違いすることなく自分に言い聞かせ続けることができました。人がしないようなことを、粘り強く継続的に繰り返したことで、ラグビーでの成功体験をもたらしてくれたんだと思います。」

社会人として勝負することを決意した

トップクラスのラグビーを経験し、プロも決して夢ではなかった宮田だが、卒業後に選んだ道は、社会人としてビジネス領域で勝負することだった。

「これまで、ラグビー一本に人生を注いで、決してお金に変えられない貴重な経験をすることができました。しかし、これから過ごす社会人としての時間は、学生時代のそれよりももっと長い。だからこそ、新たな道である社会人としての人生を選択して、自分の視野を広げるとともに、未知の世界で自分の力を試してみたかったんです。」

そして選んだファーストキャリアが、国内飲食サービス業大手のストアマネジメント業務であった。

「これまで、ろくにアルバイトも経験したことがない自分でしたが、飲食サービスは普段から顧客としても利用するシーンがあるので、比較的業務の理解はしやすかったです。

“社会人として成長する”と決意して入社したので、ここでも圧倒的に努力を重ねました。来る日も来る日も、寝る間も惜しんでストアマネジメントや会計、インストアプロモーションを中心とした勉強を続けていきました。どんな業務や調べものでも圧倒的な熱量で取り組んでいかない限り、最終的に自分のスキルとして身についてはきません。ラグビーとはまた違った形でしたが、“やり抜くこと”を経験することができました」。

そんな宮田が次なるステージとして選んだのがフロムスクラッチのセールスだった。すなわちマーケティングテクノロジー=「BtoB×無形商材」という、セールスとして最も難しい領域での挑戦を選んだ。

これまでの飲食業界は「有形商材×BtoC」であり、目に見えて良いもの・大企業の作ったブランドのあるものなら自然と売れるし、BtoCなら目の前のひとだけ満足させることができれば十分だった。しかし、無形商材は何か物があるわけではなく、成果やソリューションを売るしかない。しかも、ステークホルダーも複数人に渡っており、決済にたどり着くまでの道のりは非常に長い。これまでとまた環境が大きく変わる挑戦について、宮田は次のように語った。

「最も難しい領域だからこそ、成長できるって信じてるんです。

僕はラグビーの経験を通じて、倒すべき相手は自分なんだということを思い知りました。自分が努力しているって思っていても、まわりのできる人たちは自分が見えないところで隠れた努力を続けていた。だから、気安く「自分は努力している」なんて絶対に言いません。

何より、フロムスクラッチの環境は、僕のいたラグビー部に似ています。 情熱を持った大人たちが、大きな夢に向かって日々走り抜けている。つらいこともあるのに楽しいってラグビー時代に感じていた雰囲気と同じものを感じるんです。学生時代より社会人時代は長い。それを情熱を注げることに費やすことができているので、僕は本当に幸せです。

まだまだ会社としてもプロダクトとしても、そしてもちろん僕自身も何も成し遂げていません。ただ、自信だけはあるんです。 これまでの経験が1つの成功体験になっていますが、“やり抜く力”さえ身につけることができれば、必ず最後には笑っていられると思うんです。」

宮田は今日も、見えないところで努力を続けている。 誰よりも早く出社し、誰よりも遅く帰る。スマートに業務をこなしていくことが推奨される社会において、宮田は逆行したことをしているかもしれない。しかし“アスリート”として、誰かに指示されることなく自分を厳しく律し続けている。そんな彼に備わっている“やり抜く力”=GRITをもってすれば、きっと近い未来には、多くの変革を実現できているだろう。彼が牽引するフロムスクラッチが、マーケティングの常識を変える日は近いのかもしれない。

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