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三井物産1年生だったころ

「入社1年目について語る」という企画とのことで。私が新卒で入社したのは三井物産。当時は就職氷河期で、「東大出てても就職できない」等と雑誌で脅かされる中、各社を回る中で、「剣道一筋12年」が売りの私を拾ってくれたのが三井物産だった。その後、「新卒向け採用パンフレット」に登場し、物産への入社を勧誘していた自分が、まさか31歳で起業することになるとは思ってもいなかったが。

入社配属面談で、どこの部署に行きたいのか、人事の方に聞かれた際に、私はビジネスの知識が一番身に付くところに配属して欲しいとお願いした。その結果、海外審査室という部署に配属してもらった。海外審査室とは、各事業部(エネルギーや情報産業、食糧等)が海外に事業投資をしたりする際に、事業性やリスクをデューデリジェンスすることが仕事だ。実作業で言えば、経営会議等にかける稟議書を創るということになる。新人である私の世話役はハーバードMBAの中堅社員と中国国籍の先輩、直属上司はハーバードAMPのロマンスグレーであった。3年目で情報産業本部という営業部隊に希望して出るまで、ビジネスマンとしての基礎は海外審査室で鍛えて頂いた。

当時のロマンスグレー上司は誰よりも早く出社して、FinancialTimes(FT)を読み、部下が知っておくべき情報に赤線を鉛筆で引いてくれていた。上司から順番に年次順にその新聞が回ってくるから、私は昼前の11時くらいにFTを読むことになる。仕事で読む資料は海外企業の決算書や海外経済レポート等で全部英語で、メールでやりとりする相手も海外なので当然英語である。こうかくと、何か大変そうなイメージがあるが、英語圏の書物は実はわかりやすい。結論や要点が先に書いてあるので、ことビジネスの面では英語の方が簡単とも言える。

事業投資や事業計画の審査には、財務・経理・法律の知識が必要になるが、それらは名著と呼ばれる本を読んで学んでいった。ロバートマートンの「現代ファイナンス論―意思決定のための理論と実践」は、投資判断とは何かを分からせてくれた名著で、おすすめ本を聞かれたら、いつもこの本を紹介している。

事業投資の審査をするあたっては、教科書的な知識だけではなく、幅広い実践的な知識が必要だった。しかし1年坊主には何も知識がない。ただ私が幸運だったのは、入社したのは99年。グーグルが創業したのが98年。当時はいくつか検索エンジンができたばかり。今のようにSEO対策コンテンツや玉石混合の情報がネットにあふれかえる状況ではなく、名のある専門家の有益な情報がインターネット上で目立つ時代だった。英語で検索すれば、ビジネスで知りたいことがすぐに分かることに気が付いた。さらに私が配属されていた部署には、過去、三井物産が実際に投資をしてきた全案件の稟議書が紙であった。あらゆる国のあらゆるビジネスについての知見を得られた。夢中になって情報を吸収した。そのおかげでなんとか仕事をこなすことができた。

私は欧州の担当だったから、ロンドン在住の関係者とメールで仕事をしていたのだけど、日本に仕事ができる奴がいる、と噂になったらしい。その正体が実は1年坊主だっと知って、とても驚かれた。それもこれも、インターネットの存在と、部署に紙で保存されていた稟議書の束という先人の良質な知識のストックのおかげである。

その後、私は「インターネット×金融×グローバル」の分野で起業することになる。「インターネット×金融」は今ではフィンテックと呼ばれているが、この領域が伸びるであろう確信は、この1年目における稟議書を読んで、ビジネス全体を俯瞰した経験から来ている。

事業投資の審査担当の末端として、各事業部長や事業責任者の多くと話をした。儲かりそうな良いビジネスを提案してくる人は皆、その人自身に「色気」がある。ダメそうな稟議を書く人は、まったくオーラがない。先輩はそれを「金の匂いのする人、しない人」と表現していた。色々と理屈を積み上げようと、要は、責任者にビジネスのセンスがあるかないかで周囲は評価するということを知った。顔がいいとか、頭がいいとか、そういうことではなく、「儲かるかんじ」というものがあるのだ。当時の物産の人事評価票の中には「商売センス」という項目があり、会社として公式に能力として認めていた。

私は後に起業、1年後にベンチャーキャピタル他から5億円近く資金調達をした。当時としては大型の資金調達事例の1つだった。出資をしてくれた企業の1つが東京海上本体だったが、当時の東京海上の投資部長が「あの高岡という社長は、スーパー社長だ。儲かる匂いがする」と言ってくれたと聞いて、調達資金よりも、「商売センス」を褒められたことの方が、嬉しい思い出として残っている。

「直感」と呼ばれる総合判断力の威力も、1年生時代に思い知った。ある時、エネルギー部隊が有望な企業との取引を開始しようと稟議をあげてきた。その会社は、ハーバード大学MBAで一番賢い男と呼ばれていた社長が率いる先進的な企業。ウォールストリートジャーナルでも絶賛されていて、株価も急上昇していた。そんなセクシーな会社との取引許可を求める稟議で、浅学の私は「優良取引先だ」というコメントをつけて、上席に稟議を回した。ところが、審査セクションで最終決裁する部長は、この案件を瞬殺で却下した。部長に根拠を聞いたら、「勘だ」という。営業部はざわついた。新人の私には全く理解できなかった。その取引先とはエンロンである。三井物産には「勘だ」と言ってドルを大幅ショートしたかロングしたかで大儲けして、その後に日銀の理事に転身した人とかもいた。

「評論家になるな」とよく言われた。口だけだならエラそうなことでも、もっともらしいことでも、誰でも言える。「外資系コンサルってなんかかっこいいですね」とお偉方の前で私が発言したら、「部外者がペーパーにまとめれる時点でもうビジネスとしては枯れている。業界インサイダーしか知らない情報に自分だけがアクセスしているレベル感じゃないと、本当の仕事にならない」とのことだった。

当時はまだ煙草を吸っている人が多かった。なぜかマルボロが多かった。私は吸わなかったが、たばこ部屋で色々な話がされているらしいと分かったので、自分も煙草をやるようにした。もちろんマルボロだ。車はBMWが人気だった。私も初めて買った車はBMWだ。シャツは青が人気だった。私のシャツも青となった。物産を退社して起業してからは、煙草もやめたし、車も乗らないし、シャツも白になった。ヘッジファンドダイレクトの社長として、海外の投資案件の分析をしているが、そこだけは今でも入社1年目の頃と同じだ。

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