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「ここに自分が居る意味をしっかり形にしたい」全国のホテルと人々を繋ぐCHILLNNマネージャーの、異色の経歴と未来への覚悟

L&Gには、多様なバックグラウンドを持った若い人材が集まっている。5つの宿泊施設を経営している弊社には、「ホテルが好きで、ホテルで働きたい」と入社してくる人ばかり…と思われるかもしれないが、実はそうではない。今回インタビューをした集治(しゅうじ)隆太郎さんもその一人。

彼は、大手スポーツメーカーからサッカークラブ、そしてL&Gに入社し、その上「応募するまで、L&Gがホテルをやっていることも知らなかった」と言う、異色の人材である。

入社から丸1年が過ぎ、現在、予約プラットフォームCHILLNNを統括し、L&Gを率いる存在として活躍している。立ち上げから携わってきたCHILLNNを、必要としているできるだけ多くのホテルに届け、人々のライフスタイルや選択肢の多様性を広げていきたいと語る集治さん。彼の辿ってきた人生とその思想、L&GやCHILLNNへの熱い思いについて、話を聞いた。

プロフィール
集治隆太郎:1991年生まれ。東京出身。大学在学時にサンフランシスコへ留学。大学卒業後は大手スポーツブランドに就職し、サッカーJ3クラブへの転職を経て、2020年2月にL&Gへ入社する。現在は、予約プラットフォームCHILLNNのマネージャーとして、日々、全国のホテルと関係を築いている。

1社目で、異例の配属と全社横断のプロジェクトリーダーへの抜擢

ーーL&Gに入るまで、どのような人生を送っていたのでしょうか。大学生の頃のお話もお聞きしたいです。

大学3年生の時、就活をしながら、「自分は大学生の時に何をしたんだろう」って考えたんです。

大学に入るまでずっとサッカーをしていたのですが、海外で活躍する日本人選手が、現地で海外の人に対して、現地の言葉で対等に話している姿を見て、すごく格好いいなと思っていました。そういうこともあって、留学したいという思いは昔からあったものの、まだ実現できずにいたんです。だから、「このまま就活を続けて就職する前に、一度海外へ行きたい」と、就活を中断して1年間休学をし、8ヶ月間ほどサンフランシスコへ留学しました。

それまで、僕はあまり日本人のアイデンティティや日本ブランドの誇りというものを感じていませんでした。それが、サンフランシスコで、日本車が街を走っていたり、周りの友達に日本食が好評だったり、ユニクロの行列を見たりして、自分の中に日本人のアイデンティティが湧き上がってきたんです。

帰国後、就活を再開したのですが、2つ軸がありました。1つは、日本のブランドであること。それも、人々の暮らしに何らかの接点を持っているブランドです。もう1つは、日本のものを海外へ伝えているところ。

そういうことで、自動車ブランド、商社、海運業、そして、サッカーが好きだったこともありスポーツブランドを受けていました。結果としては、大手スポーツブランドに入りました。

1年目の配属は、デザイナーやエンジニアなどスペシフィックな能力持っている人はその専門部署に、そして僕みたいな文系のジェネラルな能力の人間は、だいたいが国内営業に就きます。ですが、僕は一発目から、グローバルマーケティングという部署に、よく分からない配属をされてしまったんです。

ーー多くの同期の中で、なぜ集治さん1人がその配属になったと考えますか。

その部署にはそれまで新卒を入れたことなかったので、新卒を入れてみようという年次にたまたま当たった、というのもあると思います。

そして、これは推測ですが、僕、採用面接の最終面接で結構強い印象を残してしまったからかもしれません。

その時の就活生4人全員、英語を喋れるメンバーで、面接官の役員の方が、「全員TOEICのスコアいいから、これからする質問には日本語で答えても英語で答えてもいいよ」とおっしゃったんです。最後が僕で、回答にバリエーションがない質問だったので、前の3人と同じような内容をサマリーで話すしかないという感じでした。そこで、「これは英語で答えるしかない」と思って、3人は日本語で答えたんですけど、僕だけ即興で英語でプレゼンしました。だから「肝っ魂座ってる感」を残したんだろうなと。僕だったら、グローバルマーケティング部にぶち込んでもメンタル的にも耐えて戦えるんじゃないかと思われたのかなと、振り返ってみて思います。

入ってみたら、僕以外全員外国人か帰国子女で当然ネイティヴ英語、僕の直属の上司もその上の上司もフランス人。そういう環境で、まず自分の能力が足りない、そもそもその場で何が行われているか分からない、というストレスがすごくて、地獄のような2、3ヶ月を過ごしました。ただ、英語の基礎はあったので、耳が慣れてくると少しずつパフォーマンスも出せるようになってきました。

僕は、唯一の生え抜きで、部署内で圧倒的に若かった。それだけが自分の強みだと思って、言いたいこと感じたこと思ったこと何でも形振り構わず発言していたんです。

そうしていたら、何回目かの上司が僕をすごく気に入ってくれて、1番下っ端だったのにも関わらず、会社で20年に一度くらいの大プロジェクトを僕一人に任せてくれたんです。「ミスした時は自分が全部責任とるから、お前は好きなようにやれ」と。各部署の統括部長レベルの方とやり取りしながら、プロジェクトを回させていただき、たくさんミスしながらも、すごく充実した楽しい時期を過ごしました。

ーー普通、そういう環境ではビビってしまう気がしますが、集治さんのその「肝っ魂座ってる感」は、人生のどういう場面で育まれたのですか。

もともとすごく負けず嫌いで、自我が人一倍強かったというのはあると思います。

あとは、留学した時、日本人が甘く見られていることを痛感したんです。僕は、「日本人だから」という言葉で語られることがすごく嫌で、そういうレッテルとは真逆のスタンスで生きたいと思いました。そんな信念は、ずっと根幹にありますね。

グローバル業務として僕は主に3つのことに取り組みました。1つ目は、世界全体においての方向性を決めるブランディングを3年。2つ目は、もう少しスペシフィックに、当時の会社の事業の大部分を占めていたランニングカテゴリーのマーケティングを1年。3つ目は、スニーカーなどのファッションラインの立ち上げを、1年。

5年間、この部署で働いていて、恵まれているなと思いましたし、業務自体も楽しかったんですけど、次第に虚無感が生まれてきたんです。

大企業から最小サッカークラブへ転職し、1000円の重みとありがたみを実感

ーー虚無感が生まれたのはどうしてですか。

当時の会社は、グローバル本社に地域の支社、各地域の支社に各国の販売会社が紐づいている構造でした。そして、販売会社お客様との直接の接点を担っていたんです。

僕は、最初から上流に就いたため、自分の仕事がお客様にどう伝わり、それに対してお客様がどういうリアクションをしたか、どのくらい売り上げの成果が出たのかなどが、全然分かりませんでした。自分のやったことが、最終的にすごく希釈化されて伝わっているような感覚になりました。

そう思うようになり、転職を考えたんです。1社目では最初から上流で広く浅いことをしていたので、今度は、現場で泥水すするようなことやりたいなと思いました。

そんな折に、たまたま、知人の知人が、東北の最も弱く最もお金のないJリーグクラブの社長に就任され、今後クラブを大きく開拓していくにあたり、一緒に働く右腕となる人を探しておられる、という話を聞いたんです。紹介を受け、社長と意気投合し、転職活動を始めて1、2ヶ月で、サッカークラブへ行くことを決めました。

そうして、僕は事業部のトップという立場でサッカークラブに入りました。最初の頃は、外から入ってきた何やら肩書きのある僕のような人間は、地元の方には警戒されてしまいましたが、少しずつ馴染んでいき、成果を出せるよう地道に取り組んでいきました。

これ以上マイナスにならない状況で入ったので、「何してもあとは上がるだけだ」という感覚で、やりたいことをどんどん実現できたように思います。

先ほどお話しした虚無感も、ここでは消えました。

Jリーグのクラブって、シーズンが始まるとだいたい毎週試合があるので、少なくとも2週間に1回は、お客様のジャッジが得られるというサイクルができたんです。スタジアムに何人お客さんが来たか、チケットやグッズがどれくらい売れたか、といったところから。

当時、弱くて貧乏なチームで、当然お客さんも全然入らないスタジアムでした。だからこそ、「チケットが1枚多く売れた」「前回より10人お客さんが増えた」といった本当に小さなことが嬉しかったんです。1社目で年間何億という予算を当たり前のように使っていた自分が、転職して、今度は1000円を稼ぐ苦しさや、1人2人を呼ぶ難しさを日々体験することができました。5年間、殿上人みたいに広く浅く業務している中では感じられなかった、お金の価値や重みが身にしみて分かった。それが自分の中ですごく刺激的でしたし、手応えを感じて、「俺、生きてるな」と感じながら仕事をしていましたね。業務も面白いし、少なくとも2年3年は続けて、成果を積み上げていきたいと思っていました。

しかし、その後、クラブが大手企業に買収されたんです。

それまでは現場のボトムアップで地元の方も巻き込んで新しいことに取り組んでいましたが、買収を機に少し方針が変わって、それに違和感を感じてしまい、「このまま居続けてもお互いに良くないだろうな」と思って、転職活動を始めました。それが、2019年の12月頃のことです。

2回目の転職では、3つの選択肢を考えていました。

1つ目は、もう一度サッカークラブに行くこと。結局1年しかできなかったものの、サッカークラブの仕事にはやりがいを感じていたんですよね。

2つ目は、大手企業に戻ること。また東京で働きたいというのもありました。

色々と話を聞きに行ったり、いくつかのサッカークラブにお声掛けいただいたり、いくつかの大手企業の面接も受けたりしました。しかし、ビビッとくる会社にはなかなか出会えなかったんですね。1社目も2社目も刺激がすごく大きかったというのもあるかもしれません。

3つ目の選択肢として、コンサルも考えました。そうなると一定の試験を受けなければならないので、勉強を始めようかなと思っていました。

2度目の転職活動、L&Gとの出会いは1年前のテレビ番組だった

ーーL&Gのことは、どのようにして知って、なぜ受けようと思ったのですか。

本当にたまたま、L&Gのことが頭に浮かんできたんです。「そう言えば、面白そうな会社があったな」と。僕は、ホテル業やサービス業には全く興味がなかったのですが、その1年くらい前に放送されていた「セブンルール」という番組でL&Gを見て。

なので、リストから知ったとか、条件入れて検索したとか、そういう一般的な方法で見つけたのではなくて、頭の片隅に残っていた情報だけを元にした、いわば指名買いだったんです。

調べてみたら、Wantedlyに募集が出ていて、話聞くだけでも聞いてみようと思って応募したら、人事マネージャーの吉田さんから連絡が来ました。L&Gのどの方とお話ししていても、「この会社面白そうだな、いいな」と思って、この会社に入ることを決め、2020年の2月に入社しました。

ーーすごくレアな入り方だったんですね。

正直、応募するまで、HOTEL SHE,のことも翔子さんのことも、本当に知りませんでした。ただ、テレビで見た「L&Gという会社」が頭に残っていたんです。SNSで翔子さんやHOTEL SHE,をフォローしていたとか、ホテル業に興味あったとか、HOTEL SHE,に行って素敵だと思ったとか、そういうことが一切なくこの会社に入社したのは、もしかしたら僕くらいかも知れませんよね。

ーー面接で印象に残っていることなどはありますか。

「この会社、動物園や異種格闘技っぽくて惹かれています」って言ったのを覚えています(笑)。

ーー「動物園」「異種格闘技」という言葉は、どうやって出てきたのでしょう。

L&Gの人たちとお話ししたり、ホームページを見たりする中で、「この会社、良い意味でプロっぽくないな」と思ったんです。社員さんの経歴もですが、アウトプットも、試行錯誤しながら自力で生み出したという感じがして、自分たちで創作したからこそプロダクトに乗っかる熱い思いが見えました。そういうところから出てきたんだと思います。

こういうところも、L&Gを面白いと感じた理由のひとつです。

ーーそこまで見抜いていたなんてすごいですね。その点については、入って実際どうでしたか。

ギャップはあまりなかったです。むしろ、良い意味で、思った以上にカオスで、だからこそ、どんなことでも出来るしどんな会社にもなるし、これはますます面白そうだと思いました(笑)。

ーーL&Gに入社するにあたり、悩んだことや懸念したことはありましたか。

単純に、東京には少し未練はありました。未だに東京で働きたいなと思ってますし(笑)。

あと、観光産業のベンチャーなので、行く先どうなるのか全然想像できないという不安は、ないことはなかったですね。でも、僕は、困難も自分の能力次第でどうにかなるだろうと思うタイプですし、それよりもすごく面白そうだと思う気持ちが強かったです。

この2つで一瞬だけ悩みました。なので、ほとんど悩まなかったに等しいですね。

ゼロから育ててきたCHILLNNと自分が巻き込むメンバーにコミットしたい


ーー入社されてからされてきたことについて教えてください。

当初は、今でいう「水星」のような、地域創生や観光周りのコンサルをやりたいと思って入社しました。でも、最初はHOTEL SHE, OSAKAに配属され、ホテルスタッフとして働いていました。2月末くらいに、「実は今、予約サービスを作っていて、これから立ち上げるんだけど興味ある?」と声かけてもらったんです。もともと言っていたコンサルなどの方が興味はあったけど、立ち上げから作るのは面白そうだし、せっかくの巡り合わせだからやってみることにしました。それが、僕が今取り組んでいるCHILLNNです。

ーーこの会社で働く楽しさや、L&Gならではだと思うことは何でしょうか。

まず、人の多様性が面白いなと思います。一般的な企業だったら、同じフロアにいる人間は、遠からずなんらかの同じ色のバックグラウンドを持っているのではないでしょうか。L&Gは、全く異なるバックグラウンドの人間が同じ職場に往々にして居て、そういう人たちと一緒に仕事をすることができる。そこは面白いと思いますね。

「ホテルはメディアである」っていう思想もすごく好きなんです。その思想を掲げている限り、なんでもできると思っています。メディアなので、何でも発信できますし、そのプラットフォーム上で何をやってもいい。しかも、僕たちは「ホテル」っていう物理的な箱を持っているので、そこをベースにできる。その思想のもと、いかなるサービスも機転一つで何でも展開できるというのは、他にはないL&Gならではのところではないかと思います。

あとは、この小さい会社の中で、経営企画やマーケティング、デザイン、PR、経理…など全部やっていること。大きい企業だったらそれぞれが何百人規模で行われる業務、逆に小さい企業だったら会社自体がそれ一点に専従するような業務を、うちくらいの規模の会社でこれだけの多様性のある業務が行われている。ここはすごいことだなと思います。

ーーこれからやりたいこと、目指していることは何ですか。

大きく3つあります。

1つ目は、CHILLNNのグロース。立ち上げから関わっているので、大きく成長させていきたいと思いながら日々取り組んでいます。プロダクトやサービスに対する愛がすごくあって、これを必要としている人に使って欲しいと思います。CHILLNNというサービスを通して、あなたのライフスタイルが変わります、選択肢の多様性が広がります、っていうことを伝えていきたいですね。そしてゆくゆくはIPOしたいです。関わったサービスで上場を目指せることなんて、人生で一度くらいしかないと思うので。

2つ目は、メンバーに還元したい。こう言うと、何だか上司みたいで偉そうに聞こえてしまいますかね(笑)。これからどんどん伸びるポテンシャルのある若いメンバーがたくさんいるので、そういう人たちがしっかりと働けて成果を出せて力をつけられる土壌を整えていきたいです。一緒に働ける時間はどれくらいか分からないけど、その人にとって大事な一期間であることには間違いないので、自分の人生をこの企業に使って良かった、僕と一緒に働いて良かったと思ってもらえるような職場にしたいと思っています。

3つ目は、意味のない時間を過ごさないこと。「何をモチベーションに働いてるんですか」「どうやってモチベーションを保っていますか」と聞かれることがありますが、僕はただ意味ない時間を過ごしたくないのと、ここで働いているならちゃんとやる義務があると思うんですよね。ここに自分が居る意味をしっかり形にしたいので、自分のためにもちゃんと働きたいと思っています。

ーー「メンバーに還元したい」と思われるのは、なぜですか。

どこの会社もそうですが、L&Gも行く先どうなるか分からないし、他でも活躍できるメンバーもいる。実際、一度やめようとした社員を説得したこともありました。つまり、少なからず、僕は一緒に働きたいと思う人を巻き込んでいるんです。巻き込んだからには絶対に責任を伴うので、巻き込んだなりの価値を提供したいと思っています。だから、メンバーに還元したいという気持ちは今すごく強いですね。


あとがき

いつも前向きでユーモアに溢れる集治さんの周りには、いつも人が集まっている。集治さんに巻き込まれて、皆一丸となって進んでいく。

インタビューを通して、彼のその部分を再確認した。と共に、その後ろに、確固たる覚悟や責任感、人一倍の努力があることを、感じずにはいられなかった。

そういう人物だからこそ、組織の大小や環境に関わらず、どのような場所でも自身の可能性を形にすることができるのだろう。

L&Gを愛し、L&Gに愛される、集治さんのような人材が切り開いていく、会社や社会の未来を見てみたいと思った。


文 :西岡 ゆり絵
写真:清水 遼
インタビュアー:杉本 尚美

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