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もっと自由に #イジゲン創業ストーリー

イジゲングループ 共同代表(CEO)の鶴岡と申します。

本日2022年12月26日は、イジゲングループにとって大きな岐路となる日になりました。
我々イジゲングループは、西日本フィナンシャルホールディングスのグループ会社となったことを発表いたしました。

今の出来事やこれから起こる出来事すべてはこれまでの積み重ねや関係した人たちが積み上げたものの上に成り立っています。
ということで、イジゲングループのこれまでとこれからをまとめておきたいと思います。
※ 数年前にnoteに書いて、内容がハードシングス過ぎたため非公開にした記事をアップデートしています

自己紹介

・鶴岡英明(39)
・大分県大分市出身
・3児(女、女、女)の父
・イジゲングループ株式会社の代表取締役CEO
・PECOFREE(イジゲングループとのジョイントベンチャー)の取締役
・エンジニア出身

キーマンに出会う、アラタナ時代(関東から九州へ)

振り返るなら、2011年から振り返らなければなりません。
当時僕は埼玉県に住みながら、フリーランスエンジニアとして主にコメダ珈琲 東川口店を拠点として活動していました。

そんな中起きたのが東日本大震災。人生で初めて物理的な死を覚悟したタイミングで、現BASE代表の弟も東京に居着きそうな気配も有り、長男でもある僕としてはなんとなく故郷である大分県に帰ったほうがいいのではと思うようになりました。
そのような流れで転職サイトを見ていても、当時大分県では派遣エンジニアとしての募集しかありませんでした。

そこでもう少し範囲を広げて、九州エリアで探してみると、宮崎のアラタナ(現ZOZO)という会社がイケイケだという情報を、のちの同僚となる宮崎さんの超人気ブログ「スシが食べたい」でキャッチ。その宮崎さんの記事にはアラタナで100人を採用すること、当時代表だった濱渦さん(現NOT A HOTEL代表)がFBのメッセンジャーで直接応募を受け付けていることが記載されていました。

宮崎さんのブログはもともと知っていたこともあり、信頼度抜群かつこんなおもしろい人と働きたい!とおもい、すぐに濱渦さんにメッセージを投げ、宮崎本社の永井さん(現イジゲングループ VP of Product Manager)と月岡さんに面接していただき、なんやかんやで宮崎本社ではなく福岡にあったアラタナ研究所に3人目のメンバーとしてJOINすることが決定。
埼玉→福岡へとJターン。市江所長(現62Complex代表)のもと、宮崎さんと三人で、新規事業(ソーシャルコマース)の開発をすることに。

当時アラタナ研究所は福岡スタートアップカルチャーのど真ん中だったということも有り、そこへ出入りしていた面白い人達とあっという間に知り合えることができました。

その中に、大分県出身で福岡でモアモストという会社を起業していた通称「のぶしの」と意気投合し、「いつか大分に戻る」と決めていた僕は、アラタナに退職を申し出ます。

福岡から大分へ帰郷

モアモストにJOINした僕は、一人で先に大分県に戻り、モアモストの本社移転のための新オフィスの契約を進め、大分県内の仕事も勝手に取り、大分県に移転せざるを得ない状況にしてモアモストの本社を大分県に移転することに成功しました。

このとき仕事をたくさん取りすぎてこなせず、デジタルバンク社(通称デジバン)に呼び出され滅茶苦茶怒られたりもしましたが、今ではデジバンの板井さん(取締役)には、弟のように可愛がって頂いていますし、デジバンの親会社である大分合同新聞社は、後にイジゲンの株主になります。みんなもいつ何が起こるかわからないので誠実に生きよう。


イジゲンの成り立ち

当時モアモストの取締役でした。取締役とは言え、実態はプログラマーです。めちゃくちゃコード書いてました。

当時の事業は、いわゆるニアショアでした。ニアショア自体は悪いわけではなく、必要なビジネスです。一方で当時の僕としては、単価を割安にして都市圏の案件をこなすことが果たしてこの地域にとっていいことなのだろうか?と思うようになります。価格競争によりどんどん疲弊し、新しいものが生まれない土地になってしまうのでは?仕事(新しい価値)は自分自身で創ることができる存在にならねば、という思いが強くなりました。

そこで、モアモストの取締役を退任し、2013年から「イジゲン」という個人事業主の屋号で活動を始めます。
”リアルとバーチャルを結び、新しい価値をつくる”という思いで「イジゲン」という屋号にしました。
ちょっと昔でいうとO2OとかOMOとかいいますが、当時はこのワード自体なかった気がします。

当時はオフィスもなかったので、僕の小学校からの同級生の山下くんがやっていたタウトナコーヒーというカフェに開店から閉店まで居座って作業したのはいい思い出です。(彼も創業から10年経つ創業ほぼ同期生)
後のイジゲン株式会社の最初のオフィスはこのカフェの2Fとなります。(カバー写真のプレハブ、家賃3万円、断熱材なし)

個人事業主としてやっていましたが、メンバーも増やし、株式会社として法人成りすることにしました。創業メンバーとしてやっくん(安永くん)を含む4名で、2013年11月7日、ついにイジゲン株式会社が始動しました。
このやっくん、今でも一緒にやってくれているパートナー(VP of Information Architect)です。

当時大分県にはスタートアップカルチャーが無いに等しかったので、カルチャーづくりにも勤しみました。(勉強会の様子、イベントの様子)


そして2020年、ホールディングスの機能を持つイジゲングループを共同代表の鍋島とともに設立しました。
その後2022年にそれまで傘下だったイジゲン、トーフラボ、People & Cultureをイジゲングループに吸収し、一体となった今のイジゲングループがあります。

イジゲンとイジゲングループがやってきたこと

ソフトウェア、クリエイティブの受託開発事業

お客様の要望に応じてソフトウェアの開発を行います。当時のイジゲンの特徴として、研究開発的な自社サービス開発が得意だったことも有り、プロダクトアウト型の開発案件が多かったです。
プロダクトアウトといっても、お客様主導でリードするのではなく、イジゲン自体がある程度の主導権を持ち、お客様のプロダクト開発をリードする形式が大半でした。

これが、現在のイジゲングループまで続く会社の特徴となっています。(逆にマーケットイン型が苦手かというとそうでもなく、組織としてはどちらも得意です)

自社サービスの開発と運営

リリースしたサービス
・AIRPO(エアポ)
 - iBeaconを利用した空間認識型の来店ポイントアプリケーション
 - まちなかの回遊性を高める
 - 大分県ビジネスプラングランプリ 最優秀賞
・blessa(ブレッサ)
 - WEB上で誰もが簡単にギフトカードを作成できる
・spotsale(スポットセール)
 - 今で言うNFTの売買プラットフォーム
 - 会員権としてリアル店舗で利用可能
・always(オールウェイズ)
 - O2Oのサブスクリプションプラットフォーム
 - 特許取得済み



他色々。

ジョイントベンチャーの立ち上げ

PECOFREEを立ち上げました。

伴走支援

イジゲングループの大きな特徴は、ソフトウェア開発だけではなく、デザインだけでもなく、コンサルティングだけでもなく、その全てが一気通貫で提供できるという点です。

下記の提供メニュー例のように、多岐にわたる支援が可能ですので、顕在課題から潜在課題を引き出し、当初想定していなかった内容から支援するケースも多いです。

例えば顕在課題はソフトウェアの導入による業務効率化だったのに、蓋を開けてみると人事評価制度の作成支援から入るケースが有りました。単にソフトウェアを入れて効率化しても、それを扱う人が本質的に使いこなし、それがきちんと評価されなくてはいけません。

お客様の社内新規事業コンテストや新規事業企画の伴走支援を行うことも多いです。
場合によっては「新規事業企画室」「デジタル推進室」のような部署の機能をまるごとになったりもします。

営業戦略策定、マーケティング戦略支援などを行ったり、場合によってはお客様の社員様全員と1on1を行い、人材配置を検討・提案したりなど、社長の右腕として動くケースもあります。

このように、単にソフトウェアを開発するだけではなく、その前後も含めた一気通貫の経営・事業支援を行っています。

伴走支援を牽引するのは


仕事(新しい価値)は自分自身で創ることができる存在にならねば

何をやるにしろ、これ軸にして動き続けた結果、有るべくして今の事業内容になっています。

弊社の特徴としては、
・引き合い→受注に至るまでで失注が少ない
・お客様とロングタームなお付き合いになる(=LTVを最大化できる)
・お客様のプロダクト開発に際し、企画や企画の前の組織構築など経営的な側面から入るケースが多い
・人事評価制度作成支援など、一見デジタルと直結しない伴走支援も多い(実は初回のお取引の5割くらいがこれ)

西日本FHのグループ会社へ

会社のCAGRは100%ほどと順調に伸びていましたが、弊社としては新規のお客様との信頼構築までの時間を短縮したいこと、今後人員不足が予想されることなど、様々な課題を抱えていました。

約一年前から西日本フィナンシャルホールディングスと協業をするなかで、お互いの地域社会に対する想いやその使命感が一致していること、お互いの課題を補完し合えること、その上でシナジーを生み出せる関係性であることを確認しました。

このような経緯の中で、イジゲングループが西日本FHのグループに入り、その事業資産を活用することで、自社の課題を解決するとともに自信のポテンシャルを最大化し、より多くのお客様の課題解決に繋がると確信し、今回の形を取ることとなりました。

上辺ではなく、ボトムアップで本質的に世界を変える

西日本FHグループで僕たちがやらなければならないこと。それは、地方から本質的に世界をより良く変えてゆくことです。
地方は都市部から見ると周辺エリアに過ぎないのですが、ここにこそ大きなポテンシャルが眠っています。
(本当にめちゃくちゃ眠っていると実感します)

このポテンシャルを最大化させることで、上辺ではなく、本質的に世界をより良くすることができる価値を生み出せると思っています。

安定したスタートアップへ

僕たちが目指しているのは「安定したスタートアップ」。

西日本FHグループに入りましたので、僕が言うのもなんですがとても安定するでしょう。しかし、スタートアップとしてのスピード感は失いません。
現に、西日本FHからも事業の自由性や自主性を損なわないような座組を提案していただくなど、最大限のリスペクトと配慮を頂きました。実際にグループ入りする前と比べても、事業遂行に際し何も制約はありませんし、逆に自由度が増している気すらします。

スタートアップに「安定」要素が加わることで、さらなるチャレンジを行えると考えています。それは組織としてもそうですし、個人としてもそうです。
より豊かな世界をつくるため、大企業とスタートアップの良いところどりのような組織にして、みんなが安心して挑戦できる環境を追い求めていきます。


目指すゴールは「制約をなくすこと」

まずはすぐに思い浮かぶ身近な「あの人」に自由になってもらうようにすればどうすればよいか。
お客様に、制約なく事業を行ってもらうために僕たちは何ができるのか。子供が居るからと言って我慢することなく、やりたいことをするために僕たちは何ができるのか。本当になりたい自分自身になるために、自分に何ができるのか。

これを考え追求することで、世の中をもっと豊かにすることができると信じています。

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