情報戦略テクノロジーに2018年に中途入社して、7年間の営業経験を経て今年エンジニアへ転身したK.Sさんのお話を伺いました。営業からエンジニアへの転身はハードルが高く、とても大変なことだと思われがちですが、意外にも苦しいものではなかったといいます。K.Sさんにその背景にある想いやこれからの展望についても語っていただきました。
リテール営業からITへ。キャリアの違和感と直感
K.Sさんは、2015年に大学を卒業後、証券会社でリテール営業を3年間務めていました。しかし、「ネットが普及する中で対面営業はいずれ消える商売だと感じ」たこと、そして当時著しく成長していたGAFAMなどのIT関連株に興味を持ったことから、IT業界への転職を決めました。これが、情報戦略テクノロジー(以下、IST)での営業職へのキャリアチェンジのきっかけになりました。
「当時の私は、Javaがコーヒーの名前だと勘違いするほど、ITの知識はゼロからのスタートだったんです」と語り、新しい挑戦は覚悟を伴ったものだと振り返ります。
ISTで7年間営業を続ける中で、パートナー推進課という、お客様とエンジニアの間のポジションにいたK.Sさんは、「徐々に歯がゆさを感じるようになった」といいます。顧客の課題を前にして、「自分でどうにかしたい」というフラストレーションが募っていったのです。
「バカだと言われてもいい」。33歳で職種変更を決意した理由
フラストレーションを解消する方法は、お客様と直接やり取りするエンド営業に行くことではなく、「エンジニアになること」だと閃きました。
きっかけは、営業時代に取得したAWSソリューションアーキテクトアソシエイトの資格でした。それまでは、技術職は特別な才能がある人しかなれないものだと思い込んでいましたが、独学で資格が取れたのです。そのとき、「これは自分でもエンジニアになれるのかもしれない」と直感したといいます。
当時32歳。世間では「30歳からのキャリアチェンジは遅い」と言われる中、K.Sさんは職種変更を決意しました。
「なぜそんな決意をしたかというと、私には確固たる目的があったからです。それは、自身がエンジニア(PM)になって、協力会社のポテンシャルを秘めた若手を受け入れられるチームを作り、そのスキームをISTに、ひいては世に広めたいからです。」
ゼロから学ぶ覚悟。スキマ時間の徹底活用法
転職を決意した後、K.Sさんはエンジニアのキャリアをスタートさせるため、準備に取り掛かりました。
自己学習には、クラウドテックなどの動画サービスを利用し、Web三層アーキテクチャの構築をハンズオンで実践。また、IST社内のエンジニアに相談し、AWSなどのSaaSを使わず、VirtualBoxで仮想サーバーを一から構築する方法を学んだそうです。そして、ゴールデンウィークの5日間は、基礎固めのためだけに時間を全て投下したといいます。それは、「この『泥臭い基礎』こそが、インフラエンジニアとしての本質だと教えられたから」です。
営業職としての数字目標がある毎日でも、資格取得という目標達成のため、時間の使い方を徹底的に最適化したというK.Sさんに、どんなことを行ったのか伺いました。
- AWS SAA(ソリューションアーキテクトアソシエイト)の勉強では、通勤時間中に問題集600問をひたすら解き、参考書を読み込みました。
- AWS SAP(ソリューションアーキテクトプロフェッショナル)の勉強では、朝5時に起きて始業まで、そして終業後から深夜まで時間を確保し、Udemyの問題集を活用しました。特に、湯船に浸かりながら自分で作ったチートシートを眺めて暗記するなど、興味がある分野には、時間も労力も厭わない努力を続けました。
信頼で勝ち取ったキャリアチェンジの道
K.Sさんはエンジニアになるため、社外の会社からエンジニア職での内定を3社ほどいただいたそうです。そこで、当時の部長に退職を報告したところ、「1ヶ月時間をくれ」と引き止められたといいます。
過去にも営業職からエンジニアへの職種変更を希望した社員はいたそうですが、社内の状況や実績から実現は難しいとされてきました。しかし、K.Sさんの部長は経営会議にもかけあい、エー・ケー・プラス社(以下、AK+)がISTへグループインしたタイミングを活かし、結果的に「AWSのSAAの知識があれば入れる案件があるからここでエンジニアになってくれ」と、K.Sさんに転職をしないエンジニアキャリアの道を開いてくれたのです。
「中途でITの右も左も分からない状態の私を拾ってここまで育ててくれたISTが、今回も見捨てずにエンジニアの選択肢を与えてくれたことへの恩義を感じ、他社に行くという選択肢はすぐに消えました。」
仮に営業時代より年収が一時的に下がったとしても、「部長やこの会社に、インフラエンジニアとして成長した自分を返そう」と決意し、K.Sさんはエンジニアとしての新たなキャリアをスタートさせたのです。
成長の武器となった「営業時代のビジネススキル」
実際にエンジニアになったK.Sさんは、営業職時代に培ったビジネススキルが強力な武器になっていることを痛感していると語ります。
「昔研修で学んだドキュメント作成や議事録作成のスキルは、現在のAWS構成案の提案書作成や設計書作成において、そのまま活きています。細かい表現の指摘はあっても、構成や論理展開での大きな指摘は受けたことがありません。」
また、営業時代に鍛えられたコミュニケーション能力も現場で役立っているといいます。現在の常駐先では、インフラの部長クラスの方とも良好な関係を築き、実際に「K.Sさんめっちゃいいね」と評価を受けています。
グループ会社のAK+の案件は、POSシステムのインフラ全般を担っており、要件定義ベースから、構成案の作成、WBS作成、そしてAWSやWindowsサーバーの構築、単体テストといった下流工程まで、幅広い業務を担当しています。
挑戦の先に見据える「若手育成」という目標
エンジニアとして働くことは非常に楽しいですが、K.Sさんのこの挑戦の道のりにはまだ続きがあります。
「2年後にはPMになるという明確な目標を持っているんです。」
PMになりたい理由は、営業時代に感じたフラストレーションの解消にあるといいます。かつて、K.Sさんがパートナー推進課にいたとき、「お世話になっていた協力会社の優秀な若手のエンジニアを現場に入れたくても、経験が浅いために難しい」という壁があったのです。
このK.Sさんの目標は、言い換えれば、PMとしてお客さんに信頼してもらい、「僕が面倒を見るので、この優秀な若手を入れさせてくれ」と言えるリーダーになることです。
「現場の人が信頼されていれば、お客様は任せてくれる」―この信念は、かつてAK+取締役の加山さんが実行されていたことでもあります。K.Sさんも、また、その背中を追って、若手にチャンスを与えられるエンジニア、そしてリーダーになることを目指しています。
立ち止まる30代へ贈るメッセージ
「キャリアに悩み、立ち止まっている30代の方がいたら伝えたいです。できるかできないかではなく、やりたいかやりたくないかで決めてみてください。やりたいのであれば、今が一番若いのだから、やろうぜと言いたいです。」
一ミリでも可能性があるのなら、踏み出してほしいとK.Sさんは語ります。仮に失敗したとしても、K.Sさんでいう証券営業やSES営業を経験してきた、というこれまでの実績は残るのです。
「失敗したらその道に戻ることもできるから、まずは挑戦してほしい」と強くエールを送ります。