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おだ家に学ぶ戦国時代のマーケティング

どうも皆様こんにちは。旭川ラーメンなら「特一番」推しの今野です。

今回のタイトルを見て「おっ、信長のマーケ戦略か?」と思って開いたあなた! まんまと引っかかったな、ゲヘヘ。

ということで「おだ」は「おだ」でも「小田」……常陸国の戦国大名 小田氏治について学ぶべき点を取り上げていこうと思います。

誰だよ!小田氏治って

ググれ!

というわけにもいかないので来歴に軽く触れますが、小田氏は鎌倉以来の関東の名門武家でして、小田氏治は大名としての小田家最後の当主です。

稀代の戦下手として知られており、その戦歴は圧巻の一言。
ここまで敗北の文字が年表に並ぶ大名は他に類を見ないほどです。

小田氏治は佐竹氏や結城氏との戦を繰り返しており、本拠である小田城を陥落させられたことも一度や二度では済みません。

……ここまでで何かおかしいことにお気づきでしょうか?

普通そんなに負けることはできません。
本拠を奪われる敗北など、即滅亡につながります。

だというのに小田氏治は豊臣秀吉が戦国時代を終わらせるまで、本拠小田城を奪われるたびに奪還に成功しているのです。

どうしてそんなに負けられるほど戦ができたの?

・異様なまでの忠誠を尽くす優秀な家臣がいた
こんなに負けてるのに出奔したり裏切ったりした家臣がほとんどいません。

・地元民がことごとく親小田家だった
領地に新しい支配者が来ても従おうとせず、旧主の小田氏治に年貢を届けに行くほどの人気があったそうです。

総じて、強固すぎる地盤が小田家を支えていたがために不死鳥の如く何度でも蘇ることができたといえるでしょう。

では何故に小田家はそのような地盤を持つことができたのでしょうか?

恐ろしいほどの長年に渡るナーチャリング(※結果論)

小田家は鎌倉時代以来の名門で、戦国末期になる頃にはなんと地元民は農民の足軽に至るまでほとんどが譜代で占められていたようです。

これは位の高い家臣に関しても同様です。

名門の看板を掲げ、名門たる者の努めとして領内に善政を敷いてイメージアップすることを何代にも渡って続けてきた結果、異常と言えるほどの信頼を勝ち取ったわけですね。

小田氏治自身も領民からは「おらが殿様」として高い人気を得ていました。

長期のイメージ戦略と領民に優しい政治で熟成された小田家フリークは、新参者の領主がいかに強力であろうと見向きもしません。

……老舗ブランドの顧客取り込みと似ているとは思いませんか?

マーケティング実例としての小田家

小田家は300年以上に渡る自領統治において地元寺社群と良好な関係を保つことで領民の信頼を不動のものとしたとも言われています(当時の寺社は農民・町人の生活に密接に関わる存在でした)。

長期に渡る顧客の育成とはそれほどの信頼感を生み出すものなのです。
「このブランドなら大丈夫」というやつですね。

同じ「おだ」でも生涯強くあり、しかし部下の裏切りによって幕を引いた織田信長とは正反対のようにも感じます。いろんな意味で。

さて、「そんな強固な信頼を築き上げるマーケティングがしたい!」と思ったあなた。

長期間の施策を通じて顧客未満から熱烈なフリークを育て上げる小田家のような試みを、現代ではMAでできてしまうんですね。

しかしそれにはMA運用ノウハウとコンテンツの制作が必要不可避。

でもご安心あれ、ルシダスはその専門家にてございます。

「小田家みたいな信頼度のお客作りたいんですけど!」というご相談お待ちしております。

*こちらの記事は2020年7月3日投稿のブログ「おだ家に学ぶ戦国時代のマーケティング」(https://www.lucidas.co.jp/oda_sengoku_marketing.html)より転載しています

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