「旅が好き」から始まる仕事〜MASSIVE SAPPOROに民泊業界出身者がいない理由〜
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MASSIVE SAPPOROで働くメンバーには、いわゆる“民泊業界出身者”がほとんどいません。
ホテル業界一筋だった人、
旅館運営を長年やっていた人、
観光業界のベテラン——
そういう人たちが集まってできた会社ではありません。
むしろ多いのは、
「旅が好きだった人」
です。
私自身もそうでした。
中学生の頃、ある旅行番組で見た景色が忘れられません。
成田空港を出発して、
カナダのトロントへ行き、
そこからニューヨークへ、
さらに南へ向かう旅。
「世界ってこんなふうに繋がっているんだ」
そう思った瞬間から、
海外への憧れが始まりました。
高校生になると、『ホットドックプレス』の
「世界一周はいくらでできるか?」という特集に夢中になり、
タイのカオサンロードというバックパッカーの聖地を知りました。
『電波少年』の猿岩石による
ユーラシア大陸ヒッチハイクの話にも強く影響を受けました。
そして大学時代、
自分自身もバックパッカーになりました。
最初の旅は、
タイ・バンコクからチェンマイ、
チャーン島、
そしてカンボジアのアンコールワットへ。
2回目はインドへ。
カルカッタ、バナラシを巡り、
最後はパンガン島へ。
3回目はラオスを経て、
中国・雲南省へ。
昆明、大理、麗江と北上していきました。
旅をするたびに仲間が増え、
途中で合流したり、
別れたり、
また次の国で再会したり。
自由で、不確かで、
でも圧倒的に面白かった。
当時は円高で、
10万円あれば学生なりにかなり贅沢な旅ができました。
そしてスマホなんてない時代。
情報源は『地球の歩き方』と、
旅先で出会う人から口づてで得る情報がすべてでした。
「あそこの宿が安い」
「次の町へ行くならこのバスだ」
「この国境は今ちょっと危ない」
そんな曖昧な情報を頼りに進むからこそ、
ちゃんと“冒険”がありました。
この時、
自分の中でひとつ確信したことがあります。
それは、
「自分探しは、学生のうちにやるべきだ」
ということでした。
旅先では、
会社を辞めて“自分探し”をしている年上の日本人によく出会いました。
その時、強く思ったんです。
それって、
もっと早くやっておくべきじゃないか、と。
だから学生時代に、
徹底的に旅をしました。
やり切った感覚がありました。
だからこそ、
社会人になってからは迷いがありませんでした。
働くことに集中できたし、
結果を出すことで、
「自分はやれる」という根拠ある自信も持てた。
それが、
起業する勇気にもつながりました。
MASSIVE SAPPOROは、
そんな感覚を持った人たちが集まっている会社です。
民泊業界の経験よりも、
大事にしていることがあります。
それは、
「誰かの旅を、ちゃんと良いものにしたい」
という気持ちです。
旅をしてきた人ほど、
旅先での不安や、
ちょっとした安心の価値を知っています。
深夜に到着して、
無事にチェックインできた時の安心。
友人や家族と、
ひとつの空間で過ごせる嬉しさ。
その街でしか味わえない体験。
そういうものを、
ちゃんと理解している人が、
この仕事には向いていると思っています。
民泊は、
ただ部屋を貸す仕事ではありません。
旅の「居場所」をつくる仕事です。
だから私たちは、
業界経験よりも、
その人がどんな旅をしてきたかを大切にしたい。
MASSIVEのメンバーには、
民泊業界出身者はいません。
でも、
旅が好きな人はたくさんいます。
そして私は、
そちらの方がずっと大事だと思っています。
もしあなたが、
旅が好きだった人
誰かの思い出に残る場所をつくりたい人
まだ知らない世界にワクワクできる人
なら、
きっとこの仕事は、
面白いと思います。