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【pring(プリン)代表取締役CEO】板前→エンジニア→新規事業→事業経営。常に大切にしてきたのは「5の努力」。

荻原 充彦/株式会社pring 代表取締役CEO

大和総研の情報技術研究所にて環境・通信分野に関する論文執筆・講演活動を行う。その後、銀行設立プロジェクトに参画し大和ネクスト銀行を立ち上げ。2012年からDeNAにてEC事業戦略室および決済代行事業にて新規事業の立案に従事。2014年にはメタップスに参画し、株式会社SPIKE代表として決済サービスSPIKEを3年で黒字化。2017年にみずほFG、みずほ銀行、WiLと共に株式会社pringを立ち上げ、同社代表取締役CEOに就任。

「5の努力」をしないと、自分に向いてるかどうかはわからない。

ー大学卒業後はどのようなことをされていたんですか?

就職せず1年ほど、いわゆる"ニート"をしていました。ちょうどフランスワールドカップの年だったんですが、暇過ぎて全試合観ていました(笑)。

その後、銀座の日本料理屋で板前をやっていました。元々はホールだったんですが、板前が足りなくなって、料理長からお声がかかったんです。それまで料理なんてやったことありませんでしたが、洗い場から始まり、焼き場や揚げ場、煮方、刺し場と2年間かけて一通り経験させて頂きました。当時、スーツを着て働くイメージが全く持てなかった私にとって、板前という仕事は本当に多くのことを学ぶ機会でした。

ー珍しいファーストキャリアですね。でも、なぜ2年で辞めたんですか?

簡単にいうと、自分には向いていないとわかったからです。同僚の先輩がいたんですけど、料理に対する情熱が私とは全く違いました。深夜12時過ぎに帰宅しているのに、「昨日あれから新しいメニュー作ってみてさ」と楽しそうに話していたり、美味しいお米を炊くために毎日、水の種類や炊き方を変えていたり...起きている時間の全てを料理に注いでいたんです。

「ミツ(荻原の愛称)、今日のお米の炊き方は、いつもより美味いな!」

って幸せそうな顔をしている先輩を見て、「この領域で俺は勝てない」と気付いたんです。ちなみに今、その先輩は独立開業して成功しています。

ーそういうことがあったんですね。板前の後は何をされていたんですか?

中規模のシステム会社に就職して4年ほどエンジニアをしていました。当時はITブームで、企業のシステム化やガラケーのi-modeなどが出てきた時代で、人手不足により未経験者でも採用ニーズがあったんです。そこでJAVAエンジニアをしていました。

ー大きくキャリアチェンジしましたね。エンジニアには興味があったんですか?

全くなかったです(笑)。他は営業系しか求人が無かったので、正直に言うと消去法です。でも、「自分に何が向いているか」なんてやってみないとわからないですから。更にいうと、やりきらないとわからない。昔、島田紳助さんが言ってたんですが、「5段階でいう、5の努力をしないと自分に向いているのかはわからない。だから俺は5の努力をしないやつを手伝わない」と。本当にその通りだと思います。何にトライするにしても、私の中では必ず「5の努力」をすると決めています。

ー板前もエンジニアもその信念は同じですか?

そうですね。人生で料理なんてやったことなかったんです。でも2年で和食料理の全工程をやりきると腹に決めていました。エンジニアも未経験でしたが、最後は社内でトップクラスのJAVAエンジニアになれたと思っています。まぁレベルは高くはなかったですが。他にも、技術論文大会で優勝したり、技術系の資格を10個以上取ったり...とにかく徹底的に努力はしていました。突き抜けない限りは、その他大勢と同じですからね。

ーその後、大手シンクタンクの大和総研に入社されたんですね。エンジニアとして、よりレベルの高い環境を目指してたんですか?

いえ、実は既に「エンジニアとしての将来には限界がある」と気付いてました。純粋に面白くなくなっていましたし、今後エンジニアとして続けるイメージも持てなくて...例によって5の努力をした結果気付いたんです。

一方で、ビジネス・経営側により強い興味を持つようになり、近いうちにビジネス側に転身したいと思っていました。大和総研にはエンジニアとして採用されましたが、入社後にビジネス側へのジョブチェンジの可能性があったんです。だから決めました。

35歳で見えてきた、自分が勝負すべき領域。

ーなるほど。でも大企業に中途入社でジョブチェンジをするのも簡単ではないですよね?

仰る通りですね。ですから、エンジニアとして働いていた2年間は、いつ会社から声が掛かってもいいようにビジネスやMBA関連の勉強をずっとしてました。そして何度も人事部に異動願レポートをあげてました。「私は経営やコンサルティングで会社に貢献できます」と(笑)。

そうしたアピールは残念ながらずっとスルーされてたのですが、たまたま全社的な新規事業チーム(情報技術研究所の研究員)の公募があったんです。非常に高い倍率だったんですが、この日のために何年も勉強していたので、いかに自分がこの分野で貢献できるかを1時間ほど面接で話し続けて、晴れてビジネス側に転身できました。

人生は、ほとんどが平凡で単調な日々で大して楽しくない。でも、ごくたまに自分の将来を左右する大事な日がやってきて、そこで結果を出せるかどうかが将来に大きな影響を及ぼすと思っています。そのたまにやってくる大事な日に勝つためには、「膨大に続く平凡な日々に、いかに自分を高めているか」が重要になる、そんなイメージを持っています。

―ありがとうございます。具体的にこのチームでは何をされていたのですか?

簡単に申しますと、自社のプレゼンスを上げるための新規事業をつくっていく企業内選抜チームです。当時はCO2削減や省エネ法の改正など、世の中が環境ブームだったのですが、大和総研はその分野が弱かったんです。そこで、企業へのコンサルティングやレポート作成、講演や記事インタビューなど一流の環境コンサルタントのように情報発信していました。結果として、サイトから仕事が受注できたり、自社サイトのPVが10倍になったり、グループ中で話題になりました。

ーその評判が目にとまり、また別の新規事業チームに引き抜かれたんですね。

はい、ちょうど当時の社長が大和証券グループで銀行を立ち上げたいと思っていて、社内から人材を集めていました。

「そういえばHPのアクセスを増やして新規事業を立ち上げた人材がいる」とのことでお呼びが掛かり、2年ほどネットバンクの立ち上げに奔走していました(2011年4月開業の大和ネクスト銀行)。

―この時点で35歳。自分の進むべき道が見えてきたのはこの頃でしょうか?

そうですね。漠然とですが、この頃から「新規事業の立ち上げ」や「事業経営」こそが自分の勝負できる領域だと思い始めていました。この後にDeNAに転職したのもこれが理由です。米国へのMBA留学も考えていたのですが、泣きたくなる努力でTOEFLを10点アップさせるより、DeNAでWebの新規事業戦略を任せてもらえるほうを選び、縁もあって入社に至りました。

ーそのDeNAを2年で辞めて、メタップスに入社したのはなぜでしょうか?

「権限のある事業責任者」というポジションに移りたかったからです。例えば、自分に決定権がなく新しい施策をやりたい場合、誰かを説得する必要があります。大抵の場合、ここで求められるのは穴のない緻密な「ロジック」です。

ほとんどの企業がそうだと思うのですが、大和総研やDeNAにいた時も、新事業を提案する時は、複数の上司が「ああ、そうだよね」と納得するロジカルなパワポを作らないと先に進めませんでした。そういう環境だと必然的に、"世の中を変えるサービス"という目線から、"複数の上司がOKを出しそうな内容"という目線に変わります。そうすると企画の角がとれてどんどん提案がつまらなくなっていく。結果、社内にパワポ職人が増殖して、日の目をみないパワポがファイルサーバに溢れ返っていました(笑)。

例えばLINEのようなメッセンジャーアプリが無かった時代に、メッセンジャーアプリを提案しても、多くの経営者は「SMSやメールがあるだろ。そんなの誰が使うんだ。」と一蹴されたと思います。

ただ、事業やサービスの立ち上げは、それを利用する「人間の感情をどう動かすか」という答えのないゴールに向かうことだと思うので、「ロジック」だけを追い求めるのは違うと思うんです。

ー「アート」の部分も同じくらい大事だと。

その通りです。最大公約数の人が理解できるわけではない「アート」の部分を貫くには、自分が「意思決定権のある事業責任者」になるか、「ロジカルを越えた先にある違和感のようなものも勝負を分ける要因だと理解している上司に巡り合う」かの2択だと思います。メタップスには、SPIKEの事業責任者として迎え入れてくれたので入社を決めました。そして同時に、私自身が理解ある上司であろうと。

ーここでいう「理解ある上司」とはどのようなイメージですか?

昔から考えていたことですが、中年のおじさんが若い人のアイデアを評価できるはずがないと思うんです。以前、ネットバンクにいた時、スマホアプリの提案を上に持っていったら、そもそもスマホアプリを普段使ってないおじさん達が、「こんなの使わないよな。」って言って一蹴されました。

生きてきた「環境」や時代の「ものさし」が違うというか...これは芸人の西野さんが「革命のファンファーレ」の中で言っていたんですが、「人間はずっと進化してきているから、自分より若い人のほうが種として進化してる」と。正にその通りだと思います。生まれたときからデジタルに触れてきている人の方が、その分野では自分よりも良いものをつくる可能性が高いと思うんです。この時代においては。だからこそ、40代の私より人として進化している20代の若い人がどんどん勝負できる職場環境を作ろうと思っています。これが私のイメージする「理解ある上司」です。

「お金」に対する人々の価値観を変えていきたい。

ーメタップス入社後は何を担当されているんでしょうか?

入社して3年間は、オンライン決済サービス「SPIKE事業」(2015年に「株式会社SPIKE」設立)の代表をしておりました。そもそも業界の常識を覆そうとしていたので、他社ではあり得ない決済手数料無料プランを開始したり、他にも数多くの挑戦と失敗を経験しました。最初の2年間は赤字を垂れ流しましたが、SPIKE経済圏という構想を実現し、3年目にSPIKE単体で営業利益が1億円をこえるまでに成長しました。

2017年5月からは、みずほFGやみずほ銀行、WiLと共に「pring(プリン)」という新会社を立ち上げました。現在は、SPIKEとpringの両方の経営を見ていますが、SPIKEは若手が伸びてきているので経営全般をその方に徐々に任せて、私自身はpringの社長として、今まで多領域で培った経験を全て注ぎ込むつもりです。

ー「pring」では具体的にどのようなサービスを提供しているんでしょうか?

会社名と同じ「pring」というマネーコミュニケーションアプリを提供しています。このアプリは、銀行口座と直接紐づいており、現金がなくても友人に送金したり、QRコードをかざすだけで、お店で決済できます。また、ログイン回数や決済金額に応じてポイントが貯まるのですが、今までのサービスと一番大きな違いは、「ポイントを友達に贈ることで初めてお金に変わる」ということです。

ー貯まったポイントは自分のためには使えないということですか?

仰る通りです。自分のためには使えないので、必ず「自分以外の誰か」にあげることになります。もらった人はそれがお金になるんです。このサービスで、他人への感謝の気持ちをお金で表したり、価値交換の輪が広がっていけば良いなと思っています。だからこのアプリのコンセプトは「お金から、なかよく。」なんです。

ー「利便性」と「利他性」を追求したサービスということですね。

はい。更に大きな話をすると、お金をただ溜め込むのではなく、有効活用することで良い経済の循環を創り出したいですね。例えば、全国民が1%消費を増やせば、日本のGDPは0.5%以上あがります。国が「インフレに」とか「賃金あげよう」と小手先の政策を打つよりも、「ほとんどの国民が抱えている漠然とした将来のお金への不安をいかに軽減し、凍てついた消費マインドを和らげて、周囲の人たちと喜んで価値交換する仕組みをどうやって作るか」のほうが大事だと思っています。


ーそれでは最後に、どのような人と一緒に働きたいですか?

知的好奇心が強く、しっかり勉強する人ですね。人生は仕入れ(インプット)で決まると思っています。例えば、絵画でも1万枚見ていれば、良い絵画と悪い絵画がわかるようになってきます。しかし、土台となる知識がないと良いか悪いか判断できません。最高と最低を知った上で自分の中に「ものさし」を持っているということが、仕事においても、人生においても、非常に大きなアドバンテージを生むと思うんです。分かっていない人は、こういうものさしを持った人のことを「センスがある人」という一言で片付けてしまいます。

ー新聞を広げている荻原さんを社内でもたまにお見かけします。

そうですね、私は毎日5紙の新聞に目を通して、書籍は年間200冊ほど読んでいます。もちろんネット記事や雑誌も目を通します。ただ、こういう地道な行動をしたからといってすぐに何か成果がでるわけではない。こういうインプットは5年、10年続けないと効果が出ないので、ほとんどの人は継続しないと思います。だから継続した人と継続していない人の差は、30代を過ぎるとはっきりと現れてくるのだと思います。

特に若い頃は、自分への投資が最もコストパフォーマンスが高いので、借金してでも教育にお金を使って欲しいくらいです。私は手取り12万円の時に借金して30万円の講座に行ったことがありますが、とっくに投資回収しました。

若いうちから貯金なんてもったいないです。お願いだから月1万円貯めるとかやめて欲しい。そのお金で書籍を5冊買ってほしい。本当に20代の仕入れで人生が決まりますから。SPIKEやpringで一緒にやっているメンバーはほとんどが20代ですが、新しいことへの挑戦意欲が高いです。今持っているスキルやこれまでの経験は関係ありません。変なプライドがなく、素直で勉強習慣がしっかりと身についている、彼らのような優秀な人材と地に足のついた戦い方をしていきたいです。

ー「5の努力」ができる人材、ということですね。荻原さん、ありがとうございました。

「4」でも大丈夫です(笑)。ありがとうございました。

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