18歳の大学生がスタートアップを創業し、デザインカンパニーになるまでのストーリー

オハコで代表兼UIデザイナーを務める菊地です。
1993年生まれで現在22歳、今年の12月で23歳になります。

代表取締役として会社の経営や運営に奔走する一方、今もなお、いちUIデザイナーとして主にスタートアップのプロダクトに携わっています。

今回は「なぜオハコというデザインカンパニーを創業したのか」というお話とともに、株式会社オハコの創業ストーリーをお話したいと思います。

この文章がWantedlyでデザイナー職を探している方々や起業しようかどうか迷っている方々にとって、少しばかりのヒントになれば幸いです。

合わせて、私やオハコに興味を持ってもらうきっかけとして読んでもらえればなお、幸いです。

デザイナーとして働くことへの興味と意識

高校進学後から、僕は個人でWebデザインの仕事を請け負ったりしていました。

仕事といっても、トレーニングを兼ねてほとんどボランディアのようなものばかり。ただ放課後にWebデザインをするのが楽しくて、足早に自宅に帰っていったのを覚えています。

高校3年のとき、制作していた個人のポートフォリオWebサイトがきっかけで、GMOペイメントゲートウェイでアルバイトをさせていただく機会がありました。

そこで様々なプロジェクトのWebデザインに関わらせていただき、仕事であることの難しさとそれゆえの楽しさを初めて経験しました。

ベンチャーでのサービススタートアップ経験

僕がオハコを創業しようと決意した大きな経験です。

2012年、僕はデザインなどの様々な領域を横断して学べるという、他の大学にはない魅力があった「慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)」に進学しました。

が、入学後1週間で大学には週2程度でしか行かなくなり、時間のほとんどすべてをベンチャーでのサービスの立ち上げに費やし、夢中になっていました。

Webサービス/アプリの価値について考え抜いた日々

SynchroLifeというグルメ検索アプリのサービスコンセプト策定の段階から、当時そのベンチャーのCEOとともにチームとしてサービスをつくり上げていきました。

サービスの立ち上げについて全く無知の状態だったところから様々なことを担当し、「使う人に届けたい体験価値とは何か」「本当に届けたい価値が伝わるためのUIはどうあるべきか」「使って欲しい人にまで届けるにはどんなアプローチをすべきか」といったことを考え、もがき、表現していきました。

リリース後、実装の関係でUIの操作性がお世辞にも良いとはいえなかった状態を改善していったり、何をすれどもユーザー数が思う以上に伸びなかったり、ユーザー獲得戦略が功を奏しある程度知られるようになったり。

今振り返ると少し良いアプローチができたかもしれないという念もありますが、その中で得たことは、「気持ちが上向くデザインは世界中の様々なシーンを豊かなものに変えるかもしれない」ということ。

見える部分の美しさだけではなく、そのサービスが何を届けるか、どのように機能するか。
デザインとは触れた人の気持ちが上向くような豊かさを実現するための手段なのだという信念は、この原体験から生まれた想いです。

夢中になれる仕事は、自分の誇りにつながる

当時は平気で終電まで働く日々が続き、何度か終電を逃したこともあります。
時には気付いたら電車がなく恵比寿のカプセルホテルに泊まったり。

基本的には働くのが楽しくて、好んでハードワークをしていました。

ただただ、すべてをデザインすることが楽しかった。この環境で、こんな風に関われていることが誇りでした。

夢中になれる仕事は、自分の誇りにつながる。
そんな当たり前のことを自覚したのも、この経験からでした。

創業するも、周囲の環境が分からず迷い続けた1年間

当時の創業メンバー3人 / 左が菊地(2012.12)

前述のサービススタートアップ経験が、僕をオハコの起業へと突き動かしました。

当時、周りを見渡せば同じ大学を出身とするいわゆる"イケてる"スタートアップ起業家が賑わっていました。

何とも言えない焦燥感が自分の気持ちを後押しするかたちで、オハコを創業しました。

自分にとってベストな未来は自分でつくりたい

もちろん、その過程で「大学4年間を穏便に過ごし、ネット系上場ベンチャーに就職する」ということも考えなかったわけではありません。

ただし、そのときやりたいことを3つ、明確に持っていました。

「提供する価値が使う人に届けられるようなサービスがつくりたい」
「本当に良いと思えるモノがつくれる環境をつくりたい」
「そのためにその目線に立てるようなデザイナーが育つ仕組みをつくりたい」

この3つの目標を達成するため、ゆくゆくは自身の場所を持つことが必要でした。

ただし、就職で行きたい企業に行ける保証もなければ、やりたい仕事をやれる保証もない。
あと3年以上大学で勉強し、就職を待つ間も世界はめまぐるしく動いていく中で、就職という選択肢にすがるべきなのか。

考えた結果、僕は3つの目標を最短最速で成し遂げるために自らの会社をつくり、歩んでいくことを選びました。

創業直後が夢のピーク、夢から覚めて気づけば1人に

2012年12月12日。オハコは正式に登記が完了し、晴れて僕は起業家となりました。

事業内容は「サービスデザイン事業」「クリエイター育成事業」「自社アプリケーション事業」の3つ。

翌年1月にはSFC-IVという大学の隣に位置する産学連携施設の6畳ほどの部屋を、慶應義塾大学と藤沢市の支援のもとにお借りしました。
そのとき初めて「会社をつくったんだ」という実感が湧いたのをはっきりと覚えています。

創業してから1ヶ月くらいは夢に満ちあふれた期間が持続します。
そのあとも、覚悟を持って1分1秒を必死に行動してきた人には夢は持続するでしょう。

メンバー3人で創業し、夢に向かって向かう方法を様々に考える日々。
ただ僕たちは未熟さゆえに、会社として成長を遂げていくために何から手をつけて良いのかがわかりませんでした。
個々が別々の方向に動き、衝突する日々。結局、創業6ヶ月後に1人が離脱し、残る1名もそのまた6ヶ月後に離脱していきました。

残ったのは僕1人とアルバイトのメンバーでした。

1週間先は闇のキャッシュフロー

ただ、なってしまったものは何とかするしかない。
そう思い、3つの目標=3つの事業に優先順位を付けて取り組んでいくも、全く上手くいかない。

だが、ただお金だけは無くなっていく日々。
会社経営の例に漏れず、諸々の支払いまであと10日しかないのに口座残高は個人と会社を合わせて5,000円しかない!ということも経験しました。

なんとか資金をつなげるために、安値で請けたWebサイトデザインで何とかやり過ごす毎日が続きました。

八方塞がりから見出した希望と再スタート

初めて渋谷に借りた事務所。翌年3月には再度移転。(2014.10)

創業から1年経った2014年の正月。
その頃の僕は3つの事業をある程度絞り、サービスデザインの事業をメインとしていたため、ある程度落ち着いた時間を過ごしていました。

年始の三が日を使って、本格的に事業をスタートさせるために自社のWebサイトを作りこみました。(※今はすでに変わってしまっています)

急に増えた引き合い

当時はまだUXというワードに何とも言えない難しさを感じていたので、Webサイトには「サービス企画」「ブランディング」「アプリUIデザイン」の3つをキーワードとして打ち出しました。

それが予想以上に反響を呼び、複数のWebポートフォリオサイトに掲載され、多くのお問い合わせをいただくようになりました。

その時、一番最初にいただいたお問い合わせを思い出します。
それはとある大手メーカー系企業からのお問い合わせでした。

結果的にその時は大手メーカー系企業さんとはお話が大きかったこともありお仕事をさせていただくことはできませんでした。

しかし、この経験により「良いデザインはリアルでの関係や立場を超えた新たなつながりを生み出し得る」ということを実感しました。

藤沢から渋谷へ、真なる創業

2014年4月。より様々なプロジェクトに関わりたいという思いで、藤沢から渋谷に本社を移転しました。

その時に意気投合して、今の取締役となる甲斐がジョインすることとなりました。

彼は、高校時代に「engraph」という一時期話題になったソーシャル電話帳の原案をデザインした経歴を持っていました。大学でもUXやUIを専門とする研究室に所属しており、当時から学内のカフェでインタラクションに長けたiOSアプリやWebアプリのモックアップをもくもくと作っていました。

メンバーは他にも2名いて、合計4名。

まだまだ4名で食べていくのには厳しかったのですが、さらに想定外だったのは、事務所が藤沢よりもはるかに高かったので借りれなかったこと。

渋谷に出て行くと決めてしまっていたので、タダコピを運営するオーシャナイズさんに間借りし、そこで記念すべき東京での業務をスタートすることに。

資本提携での基盤強化とメンバー増加

そこからも多少の紆余曲折はあったものの比較的順調に成長し、10月には渋谷に正式な事務所を構えることができました。

そして、2015年1月には創業以来初となる事業会社への第三者割当増資及び資本提携を実施しました。

狙いとしては、経営基盤の強化によるデザインカンパニーとしての価値向上と自社サービスの展開。資本提携と同時に採用についても強化し、ここまで4名でやってきたオハコにも急にメンバーが増え始めました。

2015年は主にクライアントへの提供価値向上に努め、クライアントと「ともに考え、ともに創り、ともに届ける」という体制を構築してきました。

これからのオハコが目指す先


今年の7月現在、メンバーは18名となり、平均年齢は28歳。採用を開始してから1年半で14名ものメンバーが増えたことになります。
3分の2は結婚して家庭を持っているメンバーで、人の生活を支えられるくらいの会社になったかと思うと、改めて成長したことを実感します。

この1年半を振り返ってもいろいろと初めて経験することが多く、正直なところ大変だったという言葉が真っ先に出てきます。ただ、それでも少しずつ目指す方向に進んでいけているのが楽しく、ここまで来ることができました。

ここからの1年は僕にとって大きな飛躍の1年になると思っています。

そのために今年の春から様々な準備をしてきており、これから年末年始にかけていろいろとご報告できるかと思います。

「気持ちが上向くデザインで心を動かし、世界を動かす」会社へ


この数ヶ月間を使って、ビジョンやミッション、そして大切にする価値観をしっかりと言葉に落とし、定めました。

「気持ちが上向くデザインで心を動かし、世界を動かす。」というビジョン実現に向けて、クライアントととの共創をより真摯に取り組んでいくことはもちろんのこと、今年からは正式に自社プロダクトの開発プロジェクトを始動し、年内にはβ版のリリースを予定しています。
(もしかしたら年明けになるかも・・・)

オハコでは、そんな未来をともに目指し、ともに気持ちが上向くデザインを追求していけるメンバーを募集しています!


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株式会社オハコ's job postings
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