香川県出身、ルーキーズのような中学サッカー部時代に迎えた転機と外資コンサルでの変化

皆さん、こんにちは!パクテラ・コンサルティング・ジャパン、学生インターンの松本です。

今回は"うどん"で有名な香川県で生まれ育ち、弊社に中途で入社されて活躍している弊社コンサルタント山下にインタビューを実施しました!
過去の経歴からパクテラに転職されたきっかけ、今働く中で意識されていること等、様々なお話が詰まったインタビューとなっています。ぜひ最後までご一読ください!


この度はインタビューを受けてくださってありがとうございます!早速ですが、山下さんは香川県出身ということで、具体的にどのような町で、どのような少年時代をお過ごしになられたのですか?

まず、私は生まれてから高校を卒業するまで香川にいました。瀬戸大橋は皆さんご存じかと思いますが、その瀬戸大橋の香川県側にある「坂出市」に住んでいました。
海に面している坂出市の中でも、実際に家があったのは内陸の方でしたので、名前の通り「山ノ下」といった街並みでした。ただ、コンビニは自転車で5分圏内、スーパーも車で15分圏内にあったので、何もない田舎というわけでもなかったですね(笑)。

次に学校ですが、中学までは地元の公立校に通っていましたが、高校は隣の市の有名な進学校に通学していました。もしかしたらご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、某番組の池の水を全部抜く企画が実際に行われた場所の近くの高校でした(笑)。
勉強以外はというと、もともとサッカーをやっていたので中高とサッカー部に所属していました。遊ぶと言ったらグラウンドと言っても過言ではないほど、サッカーに多くの時間を割いていましたね。ただ、学校帰りに海岸沿いまで出向いて、防波堤から飛び込むといった危険な遊びもしていました。今やったら警察沙汰ですけど(笑)。

かなりユニークなバックグラウンドをお持ちですね!山下さんが香川に住んでいらした期間で、何か印象に残っている思い出とかありますか?

実は私、中学サッカー部時代に全国大会出場という結果を残しているんですよ!しかもそれが、地元では有名な強豪校というありきたりなストーリーでもなくて、まさにドラマの「ROOKIES」みたいな物語だったんです。
私が通っていた地元の公立中学校はヤンキーが他校と比べて多く、サッカー部員も十数名でした。スキルや実績を見て、最初から弱小チームというわけでもなかったんですが、監督の言うことは全く聞かない、練習も真面目に出ないといった感じでした。

しかし、監督が代わって部員の態度が変わり、全員が真剣に練習するようになりましたね。指導者一人の力でチーム全体の士気が上がり、雰囲気も前向きになりました。そこから結果もついてくるようになって、最終的には全国大会に出場できました。ROOKIESに出てくる監督のように、本当にリーダーシップがある監督ですよね(笑)。

私個人としての話をすると、ボランチとして試合に出場することが多かったですね。元々守備の選手だったのですが、「陰ながらサポートしつつ、たまに前に出る」という性格がマッチしたのか、気づいたら中盤を任されるようになりました。ピッチ外でも常にサポート役として動くことが多かったので、サッカー選手としては「空気を読んで動くバランサー」だったと思います。

元々、バランサー・サポート役という性格だった昔の山下さんから見て、これはパクテラに来て変わったなと思うことはありますか?

中学サッカー部時代の「バランスを見て動く」という性格は、もしかすると少し変わったかもしれませんね。パクテラに来てから、というよりパクテラに転職すると決めた時などは、サポート役に回るというよりは「自分から積極的に前に出る」という一面が出たかなと思います。
というのも、私が前職でSIerとして働いていた時に、マネージャーや管理職のポジションに上がりたいと思ったんですね。そこで、当時の上司に思い切って相談してみたところ、「いつかは上に上がれるかもしれない」と。私からしたら、「いつかっていつだよ!」という感じだったので、思い切って「職位が上がらないのであれば、他の会社に行きます!」と言って転職活動を始めました。

そんなこんなで、結局前職を辞めてパクテラに来ました。コンサルティングファームというのはマネージャー職に昇級するハードルが高い業界・業種だと思いますが、パクテラは下克上が起こしやすい会社だと思ったので転職を決めました。能力主義の色が強く、若手からベテランまで切磋琢磨しており、手を上げればチャンスはやってきます。
実際に、初めてアサインされたとある自動車部品メーカーのECサイト構築のPMOでも、いきなりプロジェクトマネージャーとして挑戦させていただく機会をもらいました。自分から挑戦していく姿勢を見せていけば、フラットに機会が与えられてアプライできるのはパクテラの良いところだと思います!

そういう経緯があってパクテラに来られたんですね!逆に、香川県にいた頃から今もご自身の中で変わっていないことって何かありますか?

精神論になってしまいますが、我慢強くやっていくこと、最初はうまくいかないけど、投げ出さないで少しずつ改善していくことは昔もパクテラに来てからも変わっていないですね。何でもすぐにできる天才肌の人っているじゃないですか?私は全くそういうタイプではないので、少しずつ改善していきながら、ある一定のタイミングで一気に成長するというタイプの人間だと思います(笑)。

これは、ROOKIESのような中学時代を送った際に、新しく就任したサッカー部の監督の教えがかなり響いていますね。

中学3年で全国大会に出場した時に、実は2回戦か3回戦で8対0とかでぼろ負けしているんですよ。その敗戦後に、「上には上がいる。でも、今は負けたかもしれないけど、少しずつ練習していけばいつか勝てるようになる」という趣旨の言葉を変えてもらいました。
今思い返せば、サッカーも元々小学校時代は全然うまくなくて、そこから我慢強く練習し、試合に出してもらえるようになり、試合で認められるようになってきたストーリーがありました。そこから、自分の中で「負けたことや失敗から学んで努力すること」を意識するようになりました。

それは、パクテラに来た今でも全く変わりません。現在携わっている保険会社でのプロジェクトも、引継ぎの時に2人分一気に任されたんですよ(笑)。もし仮に、2人分の仕事量(100×2人分)を一気に任されたら、私はすぐに100や150を処理できるほど器用ではない。だからこそ、まずは1や10ずつ確実に成長していき、どこかのタイミングで一気に180や190までジャンプアップすることを意識しています。

過去のお話から現在のお仕事に対する姿勢まで、貴重なお話をありがとうございました!
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