『何』をやるかではなく、『誰』とやるか。サッカーで人生の軸を見つけ、PLAN-Bで顧客満足度の基準を創ると決意するまで

こんにちは。東日本営業部の古井隼人です。PLAN-Bには2017年10月に中途入社しました。前回、ブログ記事が公開された喬さん(東日本営業部 村上喬政)とはほぼ同時期での入社です!

喬さんの熱い記事はこちら。


僕は、前職では地方公務員として地元の市役所に勤務していました。今回は、夢を追ってサッカー漬けの毎日だった学生時代から、公務員という安定を捨て、PLAN-Bで顧客満足の基準を創ると決意するまでをお伝えします。

僕の基礎を作ってくれたサッカーへの情熱

僕は小学2年生から高校3年生までの11年を全てサッカーに費やしたといっても過言ではありません。

小学時代は、県大会での優勝を2度経験し、関東大会にも2度出場しました。全員が、「チームのために」という気持ちを持って動いていたからこそ残せた結果だと思います。今でも尊敬している監督を始め、本気でぶつかり何度も喧嘩した仲間や遠方でも応援に来てくれたご父兄の方々と共に…誰とどこまで本気でやれるか、それによっていくらでも可能性は広がるという経験を小学生で得ることができたのは、大きな経験です。

そして、高校では、全国高校サッカー選手権大会でプレーするという目標を掲げ、地元を離れ栃木県の高校に進学しました。


挫折…そして、誰かの為に本気になる

 入学してからは毎日サッカー漬けの日々で、部活仲間と切磋琢磨しながら時にはぶつかり、時には支え合いながら充実した高校生活をおくりました。そして迎えた高校3年時の冬、僕らは無事全国大会出場を果たし、高校生活最後の大会である全国高校サッカー選手権大会に臨みます。遂に夢の舞台までの道のりが見え始めてきた矢先…

僕は大会メンバー選考にて落選しました。

小学時代から掲げていた目標の、実現可能性が途絶えた瞬間でした。それは人生で一番悔しい経験だと今でもハッキリ言えます。その後は、しばらく憂鬱な状態になり上手く笑えない日々が続きましたが、その時に僕を救ってくれたのが一緒に頑張ってきた仲間でした。柄にもなく熱い言葉をかけてくれたり、長文のLINEをくれたり、ショックのあまり上手く笑えなくなった僕に慣れないジョークを言って笑わせてくれたりしてくれたりしました。あの時の感謝は一生忘れられません。そして、その後僕の気持ちに変化が起こります。

最後の大会メンバーに入れなかった3年生はその時点で引退するのが普通ですが、僕は引退せずにトップチームのマネージャーとしてチームに帯同する決意をしました。僕を支えてくれた仲間を次は僕が本気で支える番だと思ったためです。当時、マネージャーが不在だった為、水くみからボール拾い、ユニフォームの洗濯など何でもしました。

迎えた全国大会本番、結果は初戦敗退でした。ですが、不思議と悔しさはなく、ピッチで躍動する選手たちは何にも代えがたいほど魅力的に映り、悔し泣きをしながら戻ってくる選手たちに、僕は感謝の気持ちでいっぱいになりました。「誰かのために本気で動いたとき、こんなにも心が揺れ動くものなんだ」という大きな気付きを経たうえで、小学時代の経験も含め、僕の人生の軸は『人』であると確信するようになります。

「次は絶対落とさない」という決意

学生時代の経験を経て、もうあんな悔しい思いは二度としたくないと不屈の闘志を燃やしていた僕は、次に地元の市役所に入るという目標を定めました。理由は、栃木県で暮らしていたことで、離れたからこそ気付く地元の魅力に惹かれ、僕を育ててくれて地元に貢献したいという気持ちが強くなったためです。ただ、それも本当の理由ではあったものの、一番大きな理由は「次は絶対落とさない」という決意でした。そんな決意のおかげか、専門学校に入学して努力を重ね、晴れて目標としていた市役所に入ることができました。

 市役所で働き始めてからは、仕事面では幸いにも素敵な人たちに恵まれ、プライベートでも経済面の余裕ができたことから遊びの幅も広がり、何不自由ない生活を過ごしていました。しかし、入庁して1年程経ったある頃から考え始めたことがあります。「あれ、俺って何のために生きてるんだろう?」と。どんなに遊んでも、心にポッカリ穴が空いたような日々が続き、虚無感がどんどん大きくなっていっていたんです。何故だろうと考えてわかったことは、僕は何かに熱中していた時期が心底充実していたんだということ。目標を追って小・中・高と本気でサッカーをしていた時期や、市役所を目指していた専門学生時代のことですね。そして僕は、死ぬまで熱中した人生を歩み、小学時代の監督や高校時代の仲間のように、人の大きな起点となる影響力を与える人間になろうと心に決め、転職活動を始めました。


主人公は、常に当事者意識を持って変革に立ち向かう言動をしている

 僕のPLAN-Bとの出会いはとある採用イベントでした。名だたるベンチャー企業の経営者や役員の方々が個性に富んだ深い話をされており、その内容の多くは今でも鮮明に覚えています。そんな中、一つ一つの発言において聞き手をとても意識した伝え方、且つ一際目立った熱量でディスカッションをしていた方が、弊社代表の鳥居本でした。

当時の話で鳥居本は「主人公力」を持つことが大切だと言い、漫画ワンピースに例えています。もし、マンガの絵の部分は見えず吹き出ししか見れない状況があるとしても、なんとなく「この発言はルフィだろうな」と予想できる。それは何故か…主人公というパーソナルは、常に当事者意識を持って変革に立ち向かう言動をしているから。

人生においても、組織課題や周りの人の課題、世の中の事象を何事も自分事に捉え、当事者意識を持って考え動き続けることで主人公のように影響力を与えられる人間に近づける。そんな話を聞いた僕は、「こんな社長がいる会社とはどんなものなのだろう」と衝撃を受けました。その後選考が始まり、多くのPLAN-B社員とお話しする機会をもらった僕は、IT企業には珍しいホスピタリティ溢れるPLAN-Bに驚きの連続でした。理由は2つあります。

①社員全員が笑顔で挨拶してくれたこと。

面談をする社員のみならず、受付で待っている間にすれ違う社員も然りですね。皆、笑顔で気持ち良いほどの挨拶をしてくれました。他の企業も受けていたのですが、ここまで一人ひとりの社員が丁寧に対応する会社は今も昔もPLAN-Bだけですね。このような細かな対応一つが、PLAN-Bが大切にしている『圧倒的顧客志向』に繋がるのだと思います

②採用に対する考え方が魅力的であること。

PLAN-Bの採用理念は、その人の人生が一番幸せになる道標を気付かせてあげることです。また、その本質は学生(社会人)に向けた採用の場だけではなく、お客様にとっても同様に大切にしています。それが如実に感じ取れたのが錬平さん(渡辺錬平:現コーポレートデザイン部 部長)との面談の一言でした。

錬平さんのインタビュー記事はこちら。


「学生(社会人)にとってベストな選択を与えることを最重要視しているから、その人の選択が一番幸せになると判断すればたとえ良い人材でもその人が行きたい企業を勧める」

衝撃でしたね。また、最終面接で社長が仰った最初の一言もそうです。

「多くの面接は、企業が学生(社会人)を見定めるというように上下関係が確立されているけど、PLAN-Bの選考は上下関係なくフラットな立場だと認識してほしい。だから、僕がこの場で古井君のことを知りたいのと同時に、古井君もPLAN-Bのことも知ってほしい。」

何故ここまでホスピタリティ溢れている企業なのかと考えて辿り着いた答えがあります。それは紛れもなく、PLAN-Bが何よりも一番に『人』を大切にしているからです。『何』をやるかではなく、『誰』とやるか。サービスではなく『人』でIT業界の顧客満足度の基準を創る。そうしたPLAN-Bの考え方に感動した僕は、ここで多くの人に影響力を与える人間になると誓い、入社を決めました。

PLAN-Bは、社員に対して徹底的に向き合う社風があるからこそ、厳しいフィードバックも多々あります。ですが、その社内間での厳しさが、最終的にはお客様に期待以上の対応、成果を与えることに繋がると確信しています。なので、そこに一切の妥協はなく、苦しい時や辛い時もありますが、それでも皆が前向きにチャレンジ出来ているのは『人』に対して真摯に向き合う企業理念を一人一人が体現しているからです。

「誰かのために」一生懸命になれる人と働きたい!

PLAN-Bはまだまだ発展途上で、課題多き会社です。だからこそ、手を上げればチャレンジできる機会がたくさんあります。そして、手を上げた社員に対してはどんなに成果が出ていないとしても、周りは絶対に見捨てません。ひたすらに向き合い続け、そしていつか成果が出たときに生まれる感動に価値を見出します。そんな驚きと感動を社内からお客様、世界中へと展開していき、顧客満足度の基準を創っていくことが僕達のミッションです。

最後になりますが、少しでも「誰かのために」という気持ちがある方や、現状に引っかかりを感じている方、まずはPLAN-Bに遊びにきてください!今後、一緒に会社を創っていける人とお会いできることを、心より楽しみにしています。

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