"4年間"の謎を解け 〜Pretiaが「AR」にたどり着くまでの軌跡〜(前編)

こんにちは!Pretiaインターンの沼田です。

勤務中のおやつにドライマンゴーを食べるのがマイブームです。弊社CEO牛尾はナッツをよく食べています。血糖値を一定に保つことが集中力の継続に効果的らしいです…!

さて、今回のテーマは『Pretiaが「AR」にたどり着くまでの4年間』。

弊社の設立は2014年7月ですが、サラ謎がリリースされたのは2018年8月。

リリースまでの、4年間は一体・・・!?と思った方もいらっしゃるのではないでしょうか。

弊社に興味を持っていただいた方と実際にお話する際にも「この4年間何していたの?」と尋ねられることも多く…。

というわけで、今回は、ベールに包まれたPretiaの変遷について、弊社CEOの牛尾に突撃インタビューを敢行してきました!

-牛尾さん、本日はよろしくお願いします!包み隠さず教えてくださいね。(笑)

お手柔らかにお願いします。(笑)

-まず、Pretiaができるまでの話を教えてください。

Pretiaの原点は、僕が所属していたゼミにあります。2014年当時僕は大学生で。

有志のゼミで高齢者福祉関連の政策研究を行なっていたんです。そこに「お金を払ってもいいから政策に関して教えてほしい」とコンタクトを取ってきた地方議員の方がいらしたんですね。

それならば会社としてのプロジェクトにしなければならないだろう、ということになり、合同会社を設立しました。それがPretiaの前身です。

-政策分析ゼミ発だったんですね!テクノロジー領域からは程遠いように感じますが…?

もともと「世の中の役に立つものを作りたい」という理由で、政治政策領域で事業を始めたんです。その思いは、今のプロダクトづくりでもずっと根底にありますね。

で、話を戻すと、2年ほど地方自治体や地方議員向けのコンサルティング事業を行なっていました。でも、提案したことが実際に動かない、ということもしばしばあり。

そのうちこういうことを思うようになったんですよね。政治は限られた富をどう配分するのか、を合意していくのが主。だけど、富の総量を増やしたり、同じ富からより多くのものを作り出す方が、今の社会へのインパクトが大きいのではないかな、と。それにはテクノロジーを使ったイノベーションが必要と考えました。

また、実行する人へのアドバイスより、小さなチームをつくって自分たちで実行する方が速く、大きな情熱を持ったまま事業を回していけるのだ、ということもコンサルティングをしていく中で思うようになりました。

Pretiaのバリューにもある「インパクトとスピード」という観点で見て、社会をよくするため短期的にはもっといい方法があるのでは?と考えるようになったんです。そこで政治政策×コンサルティング事業を畳み、テクノロジー×スタートアップにピボットしようと決意しました。

-なるほど!社会を良くしたいという思いは一貫していて、よりインパクトが大きい手段を取ろう、と考えたのですね。

そうですね。あとは、もともと僕自身がテクノロジーに興味があった、っていうのもありましたね。それもあって大学時代はコンピュータ科学関連の講義や、自分でプログラムを書くゼミも取ったりしていました。そんな僕自身の特性にあってるのではないかな、と。

(若かりし(と言っても最近ですが)牛尾と李)

-テクノロジーというとざっくりしていますが、具体的に何から始めたんですか?

最初に取り組んだのは、ミドルエイジ層女性向けのITファッションメディアでした。 2015年から2016年にかけて40・ 50代のスマホの利用率は上がってきており、サービスも伸びていました。が、急速には伸びているとは言えず、成長率は至って普通。見ている人はいるけど、すごく喜ばれているかの確証が持てない。市場の規模も小さくあまり大きなものにはならない…。2015年9月から作り始めて開発に時間はかかったものの、2016年2月にリリース2ヶ月で撤退。そしてまた事業アイデアを練り直すことになります。

-初期のスタートアップだと、開発に時間がかかりがちだという話は耳にしますが、開発期間より短い期間で撤退っていうのは、中々できない意思決定だと思います。私だったら「いやまだ伸びる!」ってしがみついてしまいそうです。

自分たちでコンテンツを作っていたので、思い入れがない訳ではなかったです。でも、やっぱり社会にとってインパクトの大きいことをやりたいって思いが強かったので。どうせ一所懸命スタートアップをするなら、成功したときの影響力が大きい挑戦をしたい、っていう思いからですね。

-やはりインパクトの大きいことをする、というのは譲れない信念だったのですね。ファッションメディア撤退後は何をしたんですか?

事業選定のために3ヶ月間既存のアメリカのスタートアップをひたすら調べ続けていました。日本でのタイムマシン経営が可能か、また日本でならどれくらいの規模感でやれるのかを調べるために。その間考え出したビジネスプランは70個近くありましたね。

-70プランも!?すごいですね。私はビジコンのために1つプラン出すだけでも苦戦したのに…(苦笑)実際いける!っていうプランはどれくらいあったんですか?

当時すぐに立ち上がりそうなBtoB事業を中心に考えていたんですが、日本のほとんどの業種は、そもそも事業者の絶対数が少なく、市場規模が小さくなりがちで。しかも、産業習慣がアメリカと異なり、同じモデルが適用できないことも多く、なかなかハマるプランは生まれず…。

何となくITでの効率化ビジネスをやろうとしていたけれど、社会を抜本的に変えることはなんだろう?と、自分の経験と照らし合わせて改めて考え直したんですよね。

そこで出した結論は、今までにないテクノロジーとそれの応用方法を作り出し、顧客課題の持続的な解決のためにきちんと収益をあげられるようなものに落とし込んで行くことなのかなぁ、と。

-なるほど。ご自身の経験というと、何か原体験的なものがあったんですか?

原体験的な話をすると、テクノロジーへの興味は当時からかなり強かったし、僕自身地方出身という事もあって、都市と地方間の機会の格差に問題意識を感じていたんですよね。VR/ARは何もないところで、その場にいなくても面白いもの・役に立つものにアクセスできる、空間格差を埋めるテクノロジーであるという確信がありました。

-私も地方出身なので非常に共感します。ちょうど時期的にもVR/AR業界が盛り上がり始めた時期ですよね?

その通り。この頃は、Oculus Riftが発売され、VR元年とも言われ、今からVRに張ればNo.1を取れるだろうという絶好のタイミング。僕自身の立場としては、マネタイズに時間がかかっても、当時まだ学生であったため低コストで粘れる環境にありました。「原体験 」「参入すべきテクノロジー領域」「時間がかかる中でPDCAを回しながら進めるという自分の強み」の3拍子が揃い、これならいける!と走り出しました。最初の投資を受けたのは2016年6月。当時フルタイムは学生の僕ただ一人でしたね。

Pretiaの歴史前編はここまで!来週公開の後編もぜひCheckしてくださいね。

弊社は弊社は組織拡大に向け、以下の人材の採用を行なっています!

・CFO候補

・COO候補

・コーポレートマネージャー

・マーケティングマネージャー

・プロダクトマネージャー

・Unityエンジニア

・3Dモデラー

多国籍なエンジニアが在籍しており、公用語は英語というグローバルな環境で働くことができます。少しでも弊社に興味を持っていただけたらご連絡ください!

さて『サラと謎のハッカークラブ2』が3/16(土)から開催されます!

弊社を知っていただくためには実際に遊んでいただくのが1番!

パワーアップしたサラ謎2,ぜひ体験していただきたいです。ご来場お待ちしています!

次回のフィードもお楽しみに!

後編はこちらから👇

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