なぜ、またRettyに戻ってきたのか?ーRettyのインターンに夢中になれたから生まれた成長体験

父にインスパイヤーされた高校時代

 僕の生い立ちには、父が大きく関係しています。父は会社を経営しており、僕が高校生に上がる時に起業しました。当初中学3年生の僕は、「起業=会社をやめること=お金がなくなること」としか理解できませんでした。しかし、父が仕事に励んでいる姿・日々勉強している姿を見て、「起業」するって偉大なことなんだと感じるようになっていきました。父よりも人間的に大きくなりたいし、賢くなりたい。そう考えるようになりました。

 しかし、部活動しかしていなかった僕の偏差値は30程度でした。到底、いまの大学(立命館大学)に受かるレベルではなかったのですが、当時はなんとなく「偏差値が高ければすごい人が多い」と勝手に思い込んでいたので(笑)父のような、すごい人がいる場所へ行きたい、という一心で大学受験を乗り越えました。父の存在があったから、大学に入った当初から、「変わったことがしたい」「変な人に会いたい」「ビジネスに関わりたい」という考えがありました。

常識なし・知識なし、関西の大学生のハングリー精神

 大学2年の春、関西で尊敬していた先輩はみんな「長期インターン」をしていると聞き、インターンに興味を持ち始めました。また、当時先輩と2人で運営していた学生団体で、より多くの人にインパクトを与えたいという思いで、Webサービスを作りたいと考えていました。当初は、そのとき流行していたキュレーションメディアを自分たちでも作ろうと思っていました。しかし、関西で情報が少ない中、Wantedly等を見て急成長していて大学生でも活躍できるサービスはないかと調べている時に、Rettyを見つけました。そして面接を経て、当時社員さんが20名のRettyにジョインしました。

 Rettyは東京にありますが僕は関西の大学に通っていたので、正直少し躊躇しました。しかし、このチャンスを逃す訳にはいかないと思い、夜行バスで通勤することを決意しました。月〜木曜日はRettyで働き、木曜日の夜の夜行バスで関西に移動、金曜日だけ大学に通っていました。このような説明すると、「単位捨てたの?」「休学してたの?」と聞かれますが、ちゃんと単位を取りながらRettyのインターンに参加していました。

当時20名のRettyでの、圧倒的なコミット経験

 これは今も変わりませんがRettyは、全メンバーがビジョンに共感し、同じ方向を向いて仕事をしています。インターン生である僕も、当時から「組織として、いま必要なことはなんだ?」と考えて、自分のプロジェクトがどのように会社・社会へインパクトを起こすのかと自然に考えるようになっていました。

 そのおかげもあり、朝から晩まで働き続けて、夢中で仕事をしました。Rettyの社員の方々から指導いただいたこともあり、当時担当していた機能の利用者を10倍ほどにすることができました。自分の中で、かけがえない経験になっています。

Rettyを離れ、休学、海外、そしてリクルートへ。

 合計7ヶ月ほどRettyでの長期インターンをしたのですが、大学在学中に、海外留学してみたいと思っていたこともあり、一度Rettyを離れ、休学もした上でアメリカとフィリピンに留学をしました。 留学中は英語の勉強しかしない生活を送っていました。気づけば、英語はかなり上達しており、日常生活・簡単なディスカッションであればなんなくこなせるようになりました。

 留学期間を終え帰国し、大きな企業で新規事業をつくることは、どのような裁量権でできるのか、また自分にとってどのような学びがあるのかと思い、リクルートホールディングスの新規事業部へのインターンを始めました。そこでは、4ヶ月で、0→1をつくることが義務つけられている環境でした。メンバーは五人で、日々ディスカッションしながら、デリバリー系サービスをローンチしました。その中では、セールス・プロモーション・サービス設計と幅広い業務を経験しました。リクルートでは、学生、社会人ということは関係なく、とても大きな裁量権の中、仕事をさせていただきました。大手企業との商談やサービス設計段階からの構築など、サービスを作るだけでなく、ビジネスサイドでの経験を多くさせていただきました。ただ、休学期間も終わりに近づいていたこともあり、リクルートを退社しました。

CFOの一言で決まった、Rettyへの復帰

 留学・リクルートでの新規事業を終えた時に、なぜか「やりきったと」いう感覚に支配されており、なにに対しても夢中になれていない自分がいました。Rettyにいたころはもっと夢中になっていたよなって考えていました。そんな時に、以前からお世話になっていたRettyのCFOの奥田さんと2人で飲む機会があり、夢中になれない悩みを相談しました。その時に、「不明確な意思決定こそ、想像できない自分になり、成長できるよ。うちに戻っておいで」と言われて、ハッと目覚めたのを、今でも覚えています。

 僕は、二つ返事で「戻ります」と言っていました。そして、また夜行バスで通う生活を開始しました。あれだけ、夢中になれたRettyでのインターンシップ、これからの自分に大きな変化があるはずだと思いました。自分の中で、わかっていたこと、Rettyでの経験が自分の根底にあるし、あれだけ理想的な成長環境はない。背中を押してもらい復帰することになりました。

「それはユーザーにとって本当にHappyか?」を考え抜き、ユーザーに最高の体験を届ける

 Rettyに復帰して、行っていることは、Rettyのヘビーユーザーさんの満足度を向上するプロジェクトです。満足度という抽象的な課題において、自分なりの仮説を立ててアプローチし、評価基準をつくり、ユーザーさんへより良い体験を届けようと努めています。具体的には、直近3ヶ月ではユーザーさん向けの雑誌の発刊・GWキャンペーンディレクター・ユーザーさん向け大規模イベントの企画・採用企画を行っています。

 特に、ユーザーさん向けの雑誌に関しては大変な体験でした。重要な役割を担っていたチームメンバーがインフルエンザにかかってしまい、一時はプロジェクトがなくなってしまうのではないかと思いましたが、1から情報をキャッチアップして、再発進することができ、完成まで持っていくいことができました。完成後に、ユーザーさんから多数の喜びの声を受けた際に、今までに感じたことのないような「達成感」と「喜び」がありました。

僕にとってRettyのインターンは最高の環境

 正直、想像以上にきつい日々を送っています。夜行バスで通うこと、日々の業務、厳しいフィードバック。しかし、プロジェクトのミッションを達成した時、プロジェクトをやりきった時、結果を認めてもらえた時、ユーザーさんの笑顔を見れた時、それ以上の喜びがたくさんあります。普通のインターンでは味わえない経験をたくさんすることができる環境です。手をあげれば、プロジェクトを1からつくっていくこともできます。そして、各インターン生には、担当の社員さんがつき、フィードバックがもらえます。学生の僕たちにとっては、贅沢すぎる環境だと思います。

 僕は、アプリ統括の籔さんから週に1度時間を設けてもらい、プロジェクトの相談、自分自身の相談にいつも的確な指摘をいただき、日々改善しながら仕事を進めています。

インターンからその先へ

 「自分の成長が念頭にあるうちは、大して成長せず、自分以外の何かを背負った時に大きく成長できると思っている。」……僕のメンターである、籔さんにいただいた言葉です。この言葉を聞いてから、自己成長だけを望んで仕事をしているだけではだめだと考えるようになりました。社員さんと同じレイヤーで戦って、会社を背負って、ビジョンを背負って、また組織・チームを背負って仕事をしようと心がけています。

 これからも、チームRettyの一員として、「食を通じて世界中の人々をHappyに。」のビジョンのもと、世界中のユーザーさんに最高の体験を届けられように、日々努めていきます。

Retty株式会社's job postings
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