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ベンチャー企業が上場するまで駆け抜けた僕がリッチメディアを選んだ理由

株式会社リッチメディアに入る前

僕は大学卒業後、アメフトの経験を買われて明治安田生命法人営業部に入社し、アメフト部に所属。 平日は官公庁で働く人向けに保険商品の提案営業を行い、 週末はアメフトの練習や試合に精を出すという日々を送った。

営業は明るくてコミュニケーション力があればできると思っていたけど、 研修中の成績は、120人中118番。散々たる結果だった。 しかし、配属されたのはエースばかりが配属される部署で、売れない日々が続いた。 プライドが邪魔をし、あくまで「真面目に取り組んでいないから売れない」という腐った毎日を過ごした。

挑戦することを自ら諦めるうち、段々と負け癖がついてしまい、そこから抜け出せなくなってしまった。 打開策を先輩に聞きに行ってもあしらわれ、本当は変わりたいのに全然変われない日々が続いた。

だから僕は、イチから仕事を選べるところに行って自分を鍛え直したい、早く変わりたい、と思い退職を決意した。 現実から背いて「チャレンジしない」というスタンスを貫き続けると、 変わりたい・変わろうと思ったときに抜け出せなくなるということを痛感した。 それは、一度挑戦しない側を選ぶと、一生挑戦しない側を選ばないといけなくなる、という僕自身の教訓になった。

転職先の会社は15名の小さな会社だった。 石ころだって磨けばダイヤになる、そう信じて目の前のことをとにかく一生懸命やっていった。 入社後8ヶ月が経過した時、僕は初めて成績上位者になり、あるプロジェクトの立ち上げメンバーにアサインされた。 そのプロジェクトを軌道にのせた後、広告事業の立て直しメンバーに。こうしてどんどん仕事が面白くなっていった。

当時を振り返って強く感じるのは、挑戦することを諦めていた時は何も変わらなかったが、 挑戦することを選び始めてからは、色々な物事が進み始めたということ。 また僕は環境を変えて仕切り直したけど、変わるのは自分自身だから、 どこからでも・いつからでも変われるということだ。

15名の時に入社した会社も1,000人規模の会社になり、上場も果たし、海外子会社の責任者も経験した。

日本に戻って会社立ち上げの準備をしている時期にリッチメディアと出会った。 事業に魅力があり、成長中で伸びしろのある事業を保有している一方で、組織的には脆弱な体質だった。

代表をはじめ、組織全体が若いので凝り固まっていなく、柔軟に変えていきながら一緒に創っていくことができる会社だと思った。 当初、従業員として事業サポートを手伝う中で、次第に会社を大きくしたいと思えるようになった。 ここには、その想いにさせてくれる仲間がたくさんいたからだ。

今後どういうことをしていきたいか

僕はリッチメディアを、美容健康の分野で第一想起される会社にしていきたいと思っている。 そのためには、それに見合う組織・サービスを創っていかなくてはならない。

10年、20年経過した時、リッチメディアのメンバーが成長して、市場で高く評価される人達になっていてほしい。 苦しい時を一緒に過ごした経験は、その先もずっと信頼という形で財産になるはずだ。
仕事を通して信頼できる間柄を形成していき、仲間が増えていくことが人生の豊かさにつながっていく、 と僕は思っている。

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