社員1号として飛び込んだ、人手も資金も商品すらないベンチャー。周囲に助けられながら足掻いた先にあった「楽しさ」とは

▼飯沼 弘太郎

ビジネス開発部 マネージャー
テンプル大学卒業後、地元千葉の銀行に入社。地元の町工場やメーカーを担当するうちに”ものづくり”の世界に興味を持ちメーカーへ転職。外資系企業の担当となり語学力を鍛えるためにフィリピン英語留学。その際、スカイディスク代表の橋本と出会ったことをきっかけにIoTに興味をもち、2016年2月スカイディスクに第1号社員として入社。
現在、明治大学大学院(ビジネススクール)に在学しファイナンス・マーケティングを専攻している。

▼飯沼さんは「テンプル大学」卒業という、珍しい経歴ですが…どんな大学だったのですか?

2016年3月にあるタレントがワイドショーを騒がせたことで有名になった大学なのですが、1884年創立のアメリカの州立大学です。1982年に東京でジャパンキャンパスができ、2005年には文部科学省から初めて「外国大学の日本校」として指定を受けるなど、由緒正しい大学でした。

▼普通の高校生が「テンプル大学入ろう!」とはならないとは思うのですが(笑)、どうして進学を決めたのでしょうか?

高校時代に「とにかく英語を話せるようになりたい」という気持ちが強かったからかもしれません。

高校生の時、実家の酒蔵に日本酒の勉強をしたいと海外から留学生が泊まり込みで来ていたんです。

その欧米の女性が…

▼とにかく、美しかったと(笑)

まあ、はい…(笑)

正直に言うとその人と話したかったという不純な動機で英語で授業をしている大学を探していたところ、テンプル大学に行き着きました(笑)

▼理由はどうであれ、それで飛び込む勇気がすごいですね(笑)

ただ、飛び込んだ後はやっぱり結構大変で…

日本の大学と違って毎日英語の文献をすごい量を読み込まなければついていけないし、、事前の宿題も大量でしんどかったです。

しかも、周りは帰国子女か留学生ばかり。大学から初めて英語漬けの日々を経験することになった身としては、圧倒的に「英語だけだと周りに勝てない」ということを思い知らされました。

▼そんなにしんどかったら私だったら途中で逃げていたかもしれません(笑)卒業までどのように乗り越えたんですか?

英語では勝てないので、授業で取り扱うテーマの背景知識をつけようと思い、次に受講する授業に関連する本をとにかく読んで、クラスの中で誰よりも「その分野には詳しい人」になることを目標にししていました。

その甲斐もあって、友達もちゃんとできました(笑)

△グローバルを感じさせる、大学時代の友人との一枚

▼結果オーライでしたね!やっとの思いで英語を習得されたのに、その後は千葉の銀行にお勤めされたんですよね?英語を使う機会のある部署だったのでしょうか?

担当が地元の町工場やメーカーだったので、全くなかったんです(笑)

銀行を志望したのは、実家が自営業だった影響が一番大きいかもしれません。「自分もいつか事業を興したい」と思っていたので、経営者と一緒に仕事をする機会が多い仕事に魅力を感じていました。

実際に製造業の経営者の方から直に「日本のものづくりの世界」の奥深さを聞くことができたことは、今にも繋がってるなあと感じています。

▼確かにスカイディスクでも製造業のお客様の引き合いが多いので、その気持ちになれることってすごく大事ですよね。そして、銀行からご自身も”ものづくりの世界”に飛び込むんですよね?

はい、やはり英語を活かせる仕事もしたかったので、上海やシンガポールに拠点のあるメーカーに転職しました。外資系企業と業務提携をしている新規事業の部署を任せてもらって、日々ステップアップしていることを感じられる、とてもいい環境でした。

▼実はメーカーに入社する前に、スカイディスク代表の橋本との出会いがあったとか。

そうなんです。2社目のメーカーでは海外営業を志望していたので、入社前に英語を集中的に勉強したいと思ってフィリピンへ語学留学をしたんです。

ちょうどオンライン英会話を手がけていた会社などが「現地で1週間から留学できる!」と宣伝を仕掛けていた時期で、その波に乗ってみました。

日本から当時来ていた留学生は、自分と同じような発想で「新しいことを自分で試してみたい!」というような人たちばかりだったので、留学期間中の出会いは一生ものですね。

そのうちの一人が、橋本さんでした。

橋本さんは、学校に9ヶ月ほど滞在していて、のちにスカイディスクにエンジニアとしてジョインした加茂さんとすでに友達になっていて、滞在して初めての週末になぜか橋本さん、加茂さん、自分の3人で近くのショッピングセンターに行くことになったんです。

▼当時、まさかその3人が一緒の会社にいるとは思ってもなかったことでしょう(笑)

本当に!
今考えてみたら、橋本さんはスカイディスクを2013年10月に設立してちょうど1年経った頃だったのに、よく3週間も抜けられたなと(笑)

初の週末ショッピングセンターを共にしてからというもの、橋本さんとは年齢も出身も業界の共通点も全くなかったのに、学校にいる1ヶ月間、昼・夜・深夜はほぼ一緒にいたと思います。
セブの先生からは疑惑の目を向けられていました(笑)
その後は橋本さんがセブで結成した橋本軍団の一員として仲良くさせていただいてました。

△セブでの一枚。写真一番左が橋本さん、左から二番目が飯沼さん

ちなみに加茂さんは、英語の発音がセブにいる同期の中で一番上手だったんですよ。

そんな加茂さんとも、スカイディスクに入社した後にたまたま営業した先で偶然再会したんです。その時に、「今、橋本さんの会社で働いている」と話したところ、加茂さんも「出身地である福岡に帰って働きたい」とのことで入社が決まりました。

△福岡のスカイディスクオフィスでの1枚。写真右から加茂さん、飯沼さん、橋本さん

▼ところで飯沼さんがメーカーを辞めてスカイディスクに入社したきっかけは、何なんだったのでしょうか?

フィリピン留学後、メーカーに入社して、橋本さんに会いに福岡へ旅行に行ったんです。軽い気持ちでオフィスに訪問したら、いきなり会社説明をされて(笑)

さらに「これから急速に拡大していくフェーズが見られるよ!」(笑)熱く語っていたのを覚えています。

そこで初めて「IoT」という言葉を聞き、興味を持ったんです。

ちょうどその時に売られていた東洋経済の特集がIoTだったので、購入して読み始めたら、本当に面白くて。

△実際に手購入した週刊東洋経済 2016年9月17日号。(画像は公式HPより)

▼翌年の2016年2月には、スカイディスクに入社していた、と。

社員第1号として入社しました。(笑)

▼まさに”飛び込む”、ですね!

そして例によって例のごとく、飛び込んだものの、やはりすごくしんどかったです(笑)
創業メンバーである橋本さん、城戸さん、伊藤さんの3人は福岡にいて、一人東京オフィスで他に誰もいない状況で。

営業・ビジネス開発として入社したものの、まだSkyLoggerも試作品段階だったので、売るものもないという(笑)

当時はそれが試作品なのか、商品なのかさえもわからなくて、入社してしばらく経ってから、「既製品を売るのではなくて、サービス設計から始めなければならない状況なんだ」ということをやっと理解しました。

▼とにかくカオスな状況が目に浮かんできます…。

今まで銀行でもメーカーでも、すでに商品があって、レパートリーも揃っていて、それをお客様の要望に合わせて販売するという営業だったので、今までにない状況により混乱していたと思います。
また、自分以外が創業メンバーの3名でそれこそ福岡で雑務もなんでもやっていて忙しそうで、一人遠くはなれていたのでなかなか相談するタイミングもなくて。

さらにIT業界自体が初めてだったので、業界のイロハから自力で勉強して、なんとかキャッチアップできている状態でした。

特に、先ほどの気づきとも重なるんですが、「お客様と一緒に新しいものを作っていかなければならない」、ということが腑に落ちていなくて、悩んで寝付けなかった日々を送っていたことを覚えています。

東京にいらっしゃるリード投資家であるニッセイ・キャピタルの井本さんには、当時週1回の頻度で相談に乗っていただいたりと、本当に色々な方の力を借りていたにもかかわらず、「何をやっていいかわからない」状況から抜け出せない。でも、売上ゼロの現実だけが突きつけられる。

…今思い返して見ても、結構しんどかったですね。

▼入社してから1年くらいは、その状況が続いたと。。

事業開発以外にも、経理、広報、展示会運営、ピッチ登壇、補助金申請書作成などを中心にやったり、手伝っていたりしていました。どんなツールでどんな運用にすればいいのか全てが手探りな状態でした。

中でも大変だったのが、展示会の出展ですね。
ブースの設置をして、当日は終日アテンドして、撤収までをほぼ一人でやっていました。
荷物を運んでいたトランクの足が壊れて引きずって帰ったり、A1のパネルが満員電車で潰されそうになったり。
去年のCEATEC 4日間の展示会をやりきった後には、さすがに疲労困憊でした。

△イベントブースでの写真。右がCEATECブースでの1枚

▼本当に色々な業務を一人でこなしてきたんですね。そういえば、スカイディスクとしてクラウドファウンディングをやっていたんですよね?

そうそう、忘れてました(笑)

スカイディスクの着脱式センサのうちの一つに、当時PM2.5センサがあったんです。福岡ならではの発想のセンサだったと思うのですが、これが結構家庭用に出したら売れるんじゃないか、と盛り上がったことがあって。コンシューマ向けの室内環境センサ「アトムステーション」を、2016年2月〜5月くらいまでKickstarterで出したりしてました。

ただデバイス自体がまだまだ高くコンシューマ向けにはもう少し先になりそうでしたね。

▼超カオスな状況で、何をやっていいかわからないやって見たもののうまくいかない、の連続で、しんどい状況が伝わってきます。そんな状況を救ってくれたのが…?

2016年6月にジョインした現COOの金田さんです。
金田さんは、元々ヤフーでビジネス開発部長として上場企業など新規事業開発の前線で活躍されていた方です。

金田さんがジョインして、スカイディスクが今まで色々やってきた中でも、主力サービスとしていた農業に芽があるのではないか、ということでもっとビジネスとして農業分野を伸ばそう、さらに商品販売は農業代理店に任せよう、という方針がスパッと決まったんです。

それからは、今まで手探りでやっていた契約書やプライシングなどのサービス設計をゼロから手直ししていただき、代理店との交渉・契約も進み、
ビニールハウスへの設置、年間数十台〜数百契約のコミットもしてもらえることになったんです。
しかし、当時は人数も少なくリソースが限られていたのと、
ハードの不具合も頻繁に発生したため、一旦中小規模の農家向けのサービスは様子を見送ることにして、大規模なものにシフトしました。

それが今、福岡県との案件にきちんと繋がっているのは、感慨深いものがあります。

もう一つ。物流分野に対して、スカイディスクとしてできることをわかりやすく伝える方法はないか、という企画を金田さんが考えてくださって。

それが、荷物の中にスカイディスクのGPS、加速度センサを搭載されたデバイスを入れて、物流会社の格付けをしたら面白いのではないか、という企画でした。

結局、宅配員の人手不足が社会問題に発展したので、格付け結果として世に出すことは辞めよう、という判断になったのですが、自分たちでメディアが取り上げたくなるようなニュースを創り出すというプロセスがとても面白かったです。

今までなんとなくプレスリリース配信だけをしていた広報の業務には、こんな世界もあるんだ、ということを知り、とてもワクワクしましたね。

△2017年1月の初詣を、COO金田さんと共に。

▼一気に進んでいった感じですね!モヤモヤが晴れていったのですね。

仕事の姿勢についても、印象的な言葉をもらって、それが「ベンチャーだからってペコペコするな!」というものでした。

たとえ大企業であっても、規模が圧倒的に違うからといってペコペコせずに、その会社にとってメリットになるようなソリューションを提供できるのだから、対等に渡り合うスタンスで臨めばいいよ、という意味だと解釈したのですが、そういった一言が、仕事をどんどん楽しく進められるようになるきっかけになっていたと思います。

▼そんな第1号社員だった飯沼さんですが、スカイディスクも今や20名を超える組織になってきました。いかがですか。

入社してから最初の半年くらいは、40代の経験豊富なコアメンバーと不格好ながら何とかついていこうとした経験は、大きな自信になりました。

最近は、広報や総務、デザイナーなど、それぞれの担当が入社してきたのでビジネス開発に専念していますが、当時は大変ではありましたが、会社が大きくなる段階をリアルタイムで体験でき、このスピード感でさらに成長していく姿を思い浮かべるとワクワクします。

資金や人のリソースが限られた中で、いかに効率良く最短距離で目標を達成するか。それを間近で見れることは、本当に面白いです。今後は、会社を引っ張っていけるよう頑張りたいと思います。


▼入社から1年8ヶ月で、東京オフィスは4回の移転がありましたね。

最初のオフィスは、出資して頂いてるアーキタイプさんの席を間借りしていました。
麻布十番にあるおしゃれなオフィスだったのですが、インターン生のスペースを1席貸してもらっていました(笑)

2つ目のオフィスは赤坂のシェアオフィスでした。
シェアオフィスといっても、ほぼ自分一人しかいなくて本当に孤独でした(笑)

3つ目のオフィスは今もシェアさせて頂いるマーケティング会社オモロワークスさんのオフィスです。
2つ目のオフィスとは対照的に賑やかで、金田さんと2名だった時から、高井さん、北田さん、中村さん、梶原さんが入社し、今では6名に一気に仲間が増えた、思い出深いオフィスです。

△オモロワークスでの1枚

そしてついに、4つ目として今年12月に自分たちのオフィスを東京にも構えることになりました。
会社の拡大のフェーズを感じていると同時に、社員一人一人の役割は非常に大きいことは変わらず、人のぶんだけできることが増えていっています。
責任も大きいですが、大企業では感じることのできないワクワク感がそこにあると思っています。

IoTもAIも、爆発的に普及していくにはまだまだ課題の多い、難しい領域ですが、新しい技術を広めていける楽しさは抜群にある分野だと思います。

▼未知のものに”飛び込んで”、でもやっぱり”しんどくて”、でもそれを乗り越えた後の”楽しさ”を手に入れる。飯沼さんの行動には、そんな一貫性があると感じました。最後に、そんな飯沼さんがこれからスカイディスクでチャレンジしたいことを教えてください!

橋本さんがスカイディスクを創業したきっかけの一つが、自分の母親の見守りをIoTでする、というものだったんです。トイレのドアに加速度センサをつけて、ドアの開け閉めを遠隔で確認する、というサービスだったんですけれども、その話を聞いて介護業界を調べたり、関連会社へヒアリングをしにいったりするうちに、介護×IoT×AIの領域に興味を持ちました。スカイディスクでも手がけたい分野ですね。

また、現在大学院にも通っているのですが、色々な業界の人の話を聞いて、色々な業界の方との授業でのディスカッションはすごく刺激になりますし、IoT/AIは幅広い分野にまたがるので、とても参考になる部分が多いです。来られている方も年齢、役職ばらばらで、利害関係なくワイワイできるのも社会人大学院の醍醐味だと思います。また、7.4億円の資金調達を終えて、まさにこれからのIoT/AI スタートアップに勤めているため、教授や他の学生さんも興味を持ってくれて話しかけてくれたり、飲みに誘って頂けることが多いです。「IoT/AIのこれから」を偉そうに語ったりしていますが(笑)、一つ一つ実現していけるよう頑張ります!

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