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【シナジー社長に聞いてみた!】13年の歩みとその先へ「未来会議」の哲学

このシリーズでは、株式会社シナジーの社員や役員にインタビューを行い、

「シナジーってどんな人がいるの?」

「ぶっちゃけどんな仕事してるの?」

「シナジーに決めた理由は?」

などなど、赤裸々に話してもらいます!


シナジーの雰囲気や歩み、社風などを知っていただければ幸いです。

今回は、未来会議(旧:管理者合宿)について、樽本社長にお話を聞きました!


──まず「未来会議」という行事は、どんなイベントでしょうか?

樽本:毎年おこなっている社内行事でして、主に3つの目的があります。

1つ目が「人間力の向上」。2つ目が、「成果の最大化」。3つ目が「自ら学習し続ける組織を育てる」です。

これは未来会議が管理者合宿と呼ばれていた当初から変わっていません。

強制ではありませんが、ほとんどのメンバーが参加するイベントになっています。


──いつ、どういった経緯でスタートしたのでしょうか?

樽本:今から13年前、2010年5月に「管理者合宿」を始めました。これが未来会議の始まりです。

当時は将来の管理者を育てるべく、新卒を採用しはじめた頃でした。

管理者を育てていくために「管理者とはなんぞや」という部分を、会社全体で共有しておく必要があったんですよね。



新しく採用したメンバーに、管理者に求められる要素や目指すべき姿を伝えて、いち早くそこにたどり着いてもらうことを最大の目的としてスタートしました。

第一回の参加者は、会長と私を除くと6人でした。


──新卒採用を始めたのは、リーマンショックで大打撃を受けた後のことでしたよね。

(リーマンショック時の話は過去の記事に記載しています)

樽本:そうです。新卒採用にコストをかけるという判断について、現会長からは「(そんなタイミングで採用に力を入れるなんて)気が狂っとるんか」と言われました。


「管理者合宿をやる」と言った時は呆れてものも言えない、という反応でしたね。それよりも稼ぐ方が優先ではないかと。

しかし、「そういう時だからこそ、いち早くマネジメントの一翼を担える人材を育てる必要がある」と考えていましたので、新卒採用と管理者合宿は不退転の覚悟で望みました。


正直なところ、当時我が社にはそんなに大きな武器がありませんでした。

それでも学生にとって将来の魅力というか、武器になる我が社のコンテンツを作っていきたいと考えて、始めたんです。


──新卒採用とセットで始めた取り組みだったのですね。管理者合宿はどのような内容だったのでしょうか?

樽本:最初の合宿では、会社の歴史や、会長と私が合流するまでの歩みを説明した上で「管理者とは?」という定義づけをしました。

私と当時いた社員が講義をする形式で、シナジーの管理者として求めることや、具体的な管理者の任務などを伝えましたね。




また、別の講義では私達を取り巻く環境についての考え方の講義もしました。

リーマンショックでも世界情勢の変動に伴い、日本も多大な影響を受けました。

感度の高い管理者になってもらいたかったので、マクロの情勢を見ながらミクロをどう予見していくのか、この考え方も伝えたんです。


初期の頃はほぼ一方的な講義形式でしたね。講義の後は、会社としての現状の課題や対策について、経営計画発表会のようなものを行っていました。


──管理者合宿はどれくらいの頻度で開催していたのですか?内容も毎回変わっていったのでしょうか?

樽本:ここ数年は年1回のペースですが、春と秋の年2回でスタートしました。

2回目は「企業が求める人材とは」がメインで、3回目に改めてシナジーグループとしてのミッションやビジョンを伝えた、という感じになっていますね。

経営戦略やマーケティング・採用や環境整備など、経営者になる下積みをしてほしいということを伝えた回もあります。


4回目にあたる2年目の秋からは、ゲスト講師も呼んでお話をしてもらうようになりました。

この頃には参加者が16人まで増えました。場所も毎回変えて、管理者合宿の「実行委員長」も毎年交代制にしていました。

3年目の春、第5回目からは各社員のプレゼンテーションをスタートしてます。


──社員によるプレゼンテーションですか。どういった形式だったのでしょうか?

樽本:最初は、会社が指定した書籍をチームごとに読んでもらって、それを要約して発表してもらっていました。


例えば、5回目では『ストーリー としての競争戦略』、その次は『ビジョナリー・カンパニー』という書籍を要約して発表していました。

6回目の合宿では「社内プレゼン総選挙」と題して、社員同士での投票が行われるようになりました。


──名称が「管理者合宿」から「未来会議」に変わったのはいつ頃、どういった経緯があるのでしょうか?

樽本:名称が変わったのは、2017年の下半期からです。委員会のメンバーが話し合って、変更になりました。


──印象に残っているのはどの回ですか?

樽本:やはり始めてすぐの、形のない状態で走り出した頃ですね。

具体的な形や仕組みがなくて、でも何もないからこそ各々が「こうあるべきだろう」と語れたというか。


部屋に集まって飲んでる時なんかに、「僕はこういう風になりたいんですよ!!」って語ってくれてた社員もいて。

噛み付いてくる社員に対して、こっちも酔っ払って言い合いになって、次の日お互いちょっと気まずい…みたいなこともありました(笑)今となっては笑い話ですが。


黎明期ならではのぶつかり合う感じが、ベンチャーという感じでしたね。勢いとエネルギーに溢れた感じが。

でも、ぶつかりあったからこそ記憶に残るものがありました。

今は良くも悪くも仕組み化されているので、私が関わらなくても未来会議はまわっています。

育ってしまっているからこそ、介在できない距離感みたいなものも感じられる。

少し寂しさのようなものも感情的にはありますが、裏を返せば立派に成長していると解釈しています。


──今後はどのような未来会議にしていきたいとお考えでしょうか?というよりも、社長が「どうなってほしいか」のほうが適切かもしれませんね。

樽本:そうですね、私が「こうしたい」ではなく「こうあるべき」という理想はあります。

未来会議について、みんなで喧々諤々と話していってほしいな、と。

何をしたいかよりも、シナジーの一員として「どうあるべきか」を言語化するために活用してもらえたら良いですね。



あとは、各々が自分に足りないピースは何なのか、キッカケや気づきを得られる場であってほしいです。

自分を内省して、立ち止まる場であってほしい。

未来会議以外の日々で、何をバージョンアップしていくのか、優先順位をつけて学習したり経験したりするのか。その気付きを得る場にしてほしいですね。

今いるメンバーに関しては成果の最大化ができているんじゃないかな、とは思っていますが、まだまだ我々の行きたい景色には到達できてませんからね。


よっぽど変な方向に行かない限りは、私は口を出さずに見守っていきたいと思います。


──樽本社長が作っていくというよりは、任せて見守るスタンスですね。


樽本:基本的には「人」をコントロールしたい訳ではありませんからね。各自が主体的にやり続けることが理想です。自らが決めて、自らが進んでいくのがあるべき姿。


よくある勘違いに、「管理=人を監視すること」になっているケースがあります。与えられた役割を果たす義務はあるけれど、人は人に監視される義務はまったくありません。言葉は重要ですから、「管理」という言葉をやめたのは適切な判断ですよね。


もちろん、経営者の責任として、必要な指標をもとにモニタリングや評価はしますが、それぞれが主体的に進んでいってほしいなと思います。


──未来会議のはじまりと今、そして今後の期待についてお話しいただきました。ありがとうございました!


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