<Story急上昇ランキング4位獲得>16歳で韓国から単身日本へ。営業プレーヤー金 泫錫の物語。

<<2020年5月4日Story急上昇ランキング4位獲得!>>


金 泫錫(キム ヒョンソク)
営業プレーヤー
2019年4月入社

韓国ソウル市出身。昔は無口で人見知りだったが日本との出会いで大きく変化することに。中学時代、姉妹都市であった名古屋との交流プログラムで来日。もともとアニメやゲームがきっかけで日本文化に興味を持っていたこともあり、ますます関心が高まった。中学卒業後、16歳で思い切って日本へ単身語学留学を決意。大学生や社会人など様々な人が集まる寮で生活を送りながら日本語学習に打ち込んだ。ここまできたら日本の高校に進学したいと思い、自力で留学生の受け入れが可能な高校を探し、入学。しかし、家庭の事情でやむを得ず10ヶ月で帰国することとなる。

それでも日本への想いは断ち切れず、大学受験で再チャレンジし立命館大学経営学部へ進学。学費や生活費を稼ぐため、大学時代は接客や内装業、通訳など様々なアルバイトを経験。たくさんの出会いの中で人それぞれ価値観の違いを感じ、時には考えを伝え合ったり。コミュニケーションとは二度と巻き戻しのできない相手の時間と自分の時間の交流。その大切さを学んだ。そして、気づけば人見知りも克服し、日本にいる方がありのままの自分でいられることに気づく。自然と将来、日本で働くイメージを抱くようになっていた。

大学卒業後、兵役のため帰国。過酷な経験だったが、上下関係はもちろん、他人同士、組織の中で共同生活を送るための意識を学んだ。場面場面で状況を把握し、役割を意識する性格は仕事でも活かされている。無事に兵役を終えたころには26歳になっていた。学生時代の大半を日本で過ごしたため、友人はすでに社会人歴3年目。同世代の活躍に焦りを感じ、就活を始めるため急いで大阪へ。このとき、たまたま立ち寄った飲食店で後に同僚となる金 寧光(キム ヨンガン)と友人になる。同世代との遅れを取り戻したい一心で、きるだけ大手企業へ挑戦し、2016年に損害保険の代理店へ就職が決まった。

しかし、現実は甘くなかった。仕事が厳しいのは当然、けれどもあまりに理不尽な環境に耐え兼ね9ヶ月で退職。転職活動に励むも、年齢と経験の浅さからなかなか上手くいかず…。やっと見つけた就職先では仕事にやりがいはあるものの給与面の問題で生活が続かず、一旦韓国へ帰国することに。将来について悩んだ挙句、もう、母国で就職しようと決め、日本への想いを断ち切るため、最後の日本旅行へ向かう。2019年、最後と思って赴いた大阪で就職先が見つかるとは、夢にも思っていなかった。

きっかけは、以前たまたま友人になった金 寧光との再会。彼が最近就職したという天創堂の話を聞き、金からの誘いもあり、滞在中に粕井と話すことに。もともとは将来、「韓国と日本の架け橋に」と考えていたこともあり、これが最後のチャンスかもしれない!と、2019年4月、思い切って飛び込んだ。社長が若ければ、社員も若く、これまでの環境との違いに刺激を受ける日々。右も左も分からなかったが粕井をはじめ、同僚のサポートのおかげで1年でお客様とも飲みに行ける関係性を築けるような営業プレーヤーに。前職での息苦しい営業とは違い、自分が大切にしている「正直であること」をモットーに伸び伸びと個性を発揮できていると実感している。最近ではコロナショックで大打撃を受ける中、チームで様々に可能性を探り、大型受注を果たしたことが心に残っている。

人生待っているだけでは、何も起こらない。16歳で母国を飛び出した時のように、行動すること、そして人との関わりを大切に生きることで自分自身を変えることができる。そして未来さえ、変えていきたい。

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