「人生はバトンリレーの繰り返し。」15歳で商売に目覚めた金 寧光の物語。

金 寧光(キム ヨンガン)
営業プレーヤー
2018年1月入社

“好き”が転じて商売へ

1986年韓国ソウル市出身。真面目な兄とは対照的にやんちゃな幼少期を過ごす。受験のため習い事や勉強に励みつつ、ゲームや時には喧嘩もしたり。どこにでもいる男子学生だったが、高校1年のとき、ひょんなことから商売に目覚めることとなる。きっかけは大好きだったナイキのスニーカー。ほしいシューズはたくさんあったが1足数万円もするシューズを15歳の少年が何足も買えるはずもなく…お小遣いやお年玉をためて日本のオークションサイトでなんとか入手していた。そんな苦労して手に入れたシューズが韓国ではさらに高値で売られていることに気づく。「利益を増やせばもっとほしいシューズが手に入る!」単純な発想でナイキシューズの転売を始めたのだった。

自分が貧乏を経験するなんて

高校生ということもあり、本業は勉強。転売はお小遣い稼ぎ程度だったが、親が自営業ということもあり、将来は自分で商売をやりたいと感じるように。卒業後はソウル市内の大学へ進学。将来のことを考えて経営学部に進学したが、遊びに邁進。卒業後、英語を身につけるため留学を決意した。バイトと転売に励み留学資金を貯め、国のプログラムを利用し半年フィリピンへ。さらに語学力をつけるため2015年に1年間オーストラリアへワーホリに向かったのだが…なかなか仕事が見つからない。資金も底をつき、食事もままならずポケットには500円しかないことも。食事を分けてくれたルームメイトには今でも心から感謝している。

出会いが人生を変える

それでもなんとかホテルや工場での職にありつけた。英語が話せる従業員の少ない職場で、雇い主と労働者の間で調整役として立ちまわり、英語力も自然と身についた。滞在中、後に一緒に日本に滞在することとなる友人とも出会う。気の合う友人で、1年のワーホリ後、近場の日本にしばらく行ってみない?との誘いに電話一本でOKの返事をもらい、2016年来日。日本語は独学で勉強しながらバイトで生計を立てていた。1年で帰るはずが将来のことを考えると韓国よりも日本で就職するほうが良いと考え、2年目に日本語学校に通うことに。その間、飲食店やイベントでの仕事など様々に経験。給与未払いなどトラブルもあったが、働いていた飲食店での現同僚、金 泫錫(キム ヒョンソク)との出会いは大きな財産に。そして2018年、天創堂との出会いも果たす。

人生はバトンリレーの繰り返し

出会いは偶然に訪れる。日本人の友人が天創堂でたまたま派遣で働いていており、その友人が声を掛けてくれたのだ。就職活動で貿易やインバウンド業界を中心に様々な企業を見てきたが、代表粕井との話はこれまでの会社とは違い、初めて自分らしく話せた面談となった。近い将来自分の力で商売をするためにも、ベンチャーで力を付けたいと考え、2018年1月に入社。翌年には金 泫錫も入社し、張も含めて3人で営業チームを組むことに。1年日本語学校に通ったとはいえ、張や泫錫との日本語レベルには圧倒的な差があり、最初は助けられっぱなしの1年に。みんなのおかげでビジネス日本語やマナーなどイチから教わり、ようやく独り立ちできるようになった。

振り返れば、人に助けてもらうばかりの人生。自分が今、天創堂で働いているのも出会った人たちのおかげ。これまで何本のバトンを僕は受け取ってきたのだろう。これからは、もらったバトンを周りの人たちに、これから出会う人にしっかりと渡して恩返しをしたい。そのバトンリレーの繰り返しが、未来を創っていくと信じいている。

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