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「看板」に頼らず自らを磨き続ける。仲間と組織を大切にする事業部長が目指す未来

リレーインタビュー企画第六弾。ついにインフルエンサーマーケティング事業部長の中山 顕作が登場です。2012年に入社したGoogleで営業に携わった後、2014年に当時5人だったTHECOOへジョイン。インフルエンサーマーケティング事業を立ち上げてからの軌跡を熱く語ります。

短期留学によって変わった人生観。人とのつながりがGoogle入社を決定づけた

転校が多く、どのような環境にもアジャストしないといけなかった小学生時代。周りを見ながら自分の立ち位置を変えていた中山でしたが、高校時代に経験した短期留学で価値観が大きく変わることになります。留学先でワイドな視野を持ったのをきっかけに、中山のストーリーが始まります。

中山 「小学生時代はミニ四駆が好きな子どもでした。中学・高校の6年間は和歌山で過ごし、高校生の時にはアメリカに1カ月の短期留学をしたんです。価値観が変わったと思える、すごく良い経験でした」

アメリカには自立した学生が多いと感じた中山。自分より大人だと感じ、早くそっち側にいきたい憧れが強くなり、東京の大学に進学したいと思うようになります。

中山 「自分の人生観にUSがすごく合っていたので、アメリカンカルチャーを取り入れて暮らせれば良いなと思っていました。良くも悪くも多様性を受け入れ、色んなバックグラウンドを持った人たちがいる文化にすごく惹かれましたね。大学にもいろんな地方から集まってきた人たちがいて、個性を受け入れ、それぞれの考え方を否定しないのもすごくよかったですね」

大学時代、就職するか大学院に進学するかを選択する中で、そこまで深く考えずに大学院への進学を決めたと話す中山。就職活動をしたうちの1社が、当時の友人の知り合いが勤めていたGoogleだったと語ります。

中山 「当時、就活をちゃんとしていなかった私を心配してくれた友人が、Googleの先輩を紹介してくれました。その方がものすごく良い人だったので、応募するつもりではありましたが、エントリー自体にとてつもなく労力がかかるので応募期限のギリギリまで結構苦戦していました(笑)。

応募の締め切りが迫ってくる中で、『ちゃんと出せた?』と気にかけてもらってなんとかエントリーすることができました。おそらく、あの連絡がなかったらGoogleには入社できていなかったですね」

刺激に溢れたGoogle時代。看板ではなく自分の力を高めたいとTHECOOへ

Googleの最終面接の面接官は、現在のTHECOOのCEOである平良 真人だったという中山。当時変な尖り方をしていたと振り返る中山は、逆質問の際に『入社してから聞くんでいいです』と回答し、平良から『君、おもしろいね』と高評価を得て、Googleへの入社を果たします。

中山 「配属先を決める面談で、2~3枚のプレゼン資料を作って挑みました。

自分以外にプレゼン資料を作っていた人はいなくて、『新しい組織を作るからそこをやれ』ということで、僕と10個上の先輩2人の部署で新しいことをやることになりました」

そこは、モバイル広告製品の販売をMissionにした部署。Googleという会社の看板は強くとも、モバイル領域では国内No.1ではなかったので、そこをどう逆転するかを考えながら挑戦していくことにやりがいを感じ、ものすごく楽しかったと語る中山。

中山 「先輩が退職されたのを機に、採用も含めてのチーム作りをゼロから経験しました。僕と同じようなメンバーを入れて営業チームを作るのか、それとも別のタイプを入れるのか悩んだ結果、中長期の戦略やデザイン、それからコーディングできるブレーンとなるメンバーを入れました。あとは、野澤(メンバーサクセス本部 人事管理部長 野澤 俊通)が管理していた新規営業部隊と連携したりして、チームを大きくしました」

自分と違うタイプを採用することで化学反応が起き、結果としてチームの急拡大につながったと語る中山。その方法は、浅井(法人セールス事業本部 マーケティング部 部長:浅井 健太)をリファラルでTHECOOに引き入れたときにも活かされています。

Googleで充実したキャリアを歩んでいた中山は、なぜTHECOOへの転職を決めたのでしょうか。

中山 「Googleという大きな看板だけで仕事ができてしまうことに危機感があり、Googleを終の住処だと思いたくもなかったんです。今後も自分の看板で働いていくには、ベンチャーで経験を積む必要があると考えていました。そんなとき、平良さんがTHECOOを創業したことを知りました。元上司で仕事ぶりや人柄も知っていたので、THECOOへの転職を決めました」

地道に営業活動をすることで生まれた、インフルエンサーマーケティング

入社当時は、平良が獲得した案件を広告運用チームがコンサルティングするスタイルだったと語る中山。Googleでは特殊な動き方をしていたため広告運用の知見がなく、THECOOで貢献できるポイントが当初何一つなかったことに焦りがあったと振り返ります。

中山 「他のメンバーが利益を上げる中、売り上げに貢献できるものがなかったので、自分の足で必死に売り込みに行きました。

30社くらい回ったころ、ゲームのプロモーション案件を獲得しました。海外でYouTuberを扱っている会社を見つけ出し、インフルエンサーをアサインして、売り上げにつなげました」

「インフルエンサーマーケティング」という言葉が生まれる前にスタートしていた、インフルエンサーを使ったプロモーション。その後、YouTuberと企業をつなぐプラットフォーム事業である「iCON CAST」を立ち上げるも、2~3年後に方向転換を余儀なくされます。

中山 「クライアントとインフルエンサーのマッチングを目指したのに、クライアント側が考えているビジネス的なマーケティングの視点と、インフルエンサーが持っているファンを喜ばせたいという視点に乖離があり、用いられる用語やカルチャー自体が違う。その間を埋めなくては起業のマーケティング活動においてインフルエンサーの価値を最大化できないと気が付きました。

そこから、コンサルタントがクライアントとインフルエンサーの間に立ってディレクションするよう方向転換したんです」

現在の仕組みに落ち着き、PodG・Pod2というチームが生まれる中、事業部長として大事にしていることは「採用」だと語る中山。

中山 「責任感を持って取り組むメンバーが多く、人間関係もすごくバランスが良いです。自分の目標に向き合って行動できるメンバーしかいないのが事業部の特徴であり、強みです。なので、採用は最も大事にしています。

経験的には即戦力でも、インフルエンサーマーケティング事業部のカルチャーと相性が合わないと感じた場合には採用しません。逆にスキルや経験が何もなくても、素直な方で成長の可能性があり、チームや組織への貢献を考えることができる方なら採用します。次々に誰も経験したことのない座組を仕掛けないと取り残されてしまう分野だということも大きいですね。経験の切り売りだけではそもそも対応しきれないんです」

チームや組織に向き合うことの重要性を伝えるために、採用以外でも工夫していることがあると話します。

中山 「我々が導入しているSFAツールの設計もかなり意識しています。たとえば、個人のターゲットが重要視されている会社だと、ファーストビューのところに個人数字を並べると思います。僕らはそれをしないです。組織の数字ばかりで、一番下にかろうじて個人の数字があるといった感じです。

組織の数字をファーストビューにすることで、全体の目指すべき方向がどこにあるのかを伝えるようにしています。細かいところですが、こだわっています」

Web3時代でも組織に属し、仲間と一緒に働く意義とは

インフルエンサーマーケティング事業を作り、成長させた中山が今後やってみたいこととは?

中山 「今のインフルエンサーマーケティング事業部を海外に展開したいと常に思っています。また、NFTとかメタバースの周りで何かできたらいいなと思っています。

今後の働き方を考えてみると、Web3時代に突入していくにつれて、個として動く要素が増えると思います。それでも会社組織で働くのは、仲間がいるからだし、コミュニティに属して活動したいという思いがあるから。

僕個人としては、1人で働くのはあまり好きではなく、仲間やコミュニティに属して働くことを大事にしています。それが会社なのか、別の組織なのかは今後についてはまだイメージがついていないですけど。だからこそ、同じ価値観や感覚の人と一緒に働けたらいいなと思っています。仕事についてずーっと話せる人が理想的ですね」

最後に、中山が次のインタビュイーとして紹介するのが、法人セールス事業本部 インフルエンサー事業部の上申 和志。

中山 「上甲は男気があって、泥臭いこともできる。すごく良く考えて動くこともできる。バランスのとれた男だと思います。社歴が浅くてもめちゃめちゃ頼りにしています」

THECOOを「スタートアップの中ではかなり安定感があり、安心して働くことができる環境」と語る中山。やる気さえあればなんでも実現できる環境で、一緒に働けるのを楽しみにしています。

THECOO株式会社 では一緒に働く仲間を募集しています
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