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UEI創業ストーリー

UEIの創業から10年までの物語は、プログラミングバカ一代(https://www.amazon.co.jp/dp/4794968868/)という書籍にまとめられています。

そして、現在のUEIはこの本のエンディングから5年経過した第二創業期にあたります。

UEIは、もともとMicrosoftでOS開発を経験し、ドワンゴで事業立ち上げを経験した私が、日本に戻り、実家に引っ込んでいたときに、知人の勧めでスタートした会社です。

会社を設立する際、その定款にどんな事業目的を入れるか、という話になり、「人工知能の研究開発」という項目を盛り込みました。当時は人工知能を仕事にしたい、などといえば笑われるような時代でしたが、いつの日か時代が進み、本物の人工知能を仕事にできる時が来た時に対応できるよう、そういう項目を入れておいたのです。

私はもともと、映画スターウォーズに出てくるR2D2が好きで、どうして「彼」は一言も言葉を発しないのに知性を感じるのだろうということがずっと疑問でした。私の人工知能への興味はそこから始まっていたのです。

自分で最初に人工知能らしきものを作ろうとしたのは小学生の時です。

そのときは単純に予め入力した言葉を繰り返すだけの簡単なものだったのですが、AWKというスクリプト言語を使うとかなり多彩なパターンマッチングが可能で、この言語にハマっていろいろな会話ロボットを作っていました。中学生の頃です。

その頃の私は、ニューラルネットワークにも興味があって、ごく簡単なものを実装したのですが、当時のパソコンのメモリはわずか640キロバイトしかありませんでした。今、普通に使われている畳み込みニューラルネットワークの容量が200〜500メガバイトであることを考えると、あまりにも小さく、出来ることは非常に限られていて落胆したことをよく覚えています。

プログラミング言語やライブラリを開発することにも興味があって、中学時代はLOGO言語や今で言うオブジェクト指向言語を自分で作り出そうと躍起になっていました。

高校生の時にリアルタイムに3Dグラフィックスを操作するライブラリを作り、これを全国紙で発表したことでいろいろな人から手紙をもらうようになりました。

そのとき驚いたのは、大学院生の方から、「これで修士論文を書く」というような手紙をもらったことです。自分が趣味で作ったものが、誰かの役に立つ喜びを最初に知った体験でした。

大学に入り、人工知能に関してとても刺激的な論文を読みました。

その論文には「2050年までに人間のワールドカップ優勝チームに勝てるロボットチームを作ろう」というコンセプトが掲げられていました。「ロボカップ」という競技大会の設立趣意書です。

なんて魅力的なコンセプトだろうと私は感動しました。
しかし私自身にはロボット工学の知識が乏しかったのと、すぐにMicrosoftから仕事が来てしまったために、ロボカップに参戦することはできませんでした。でも頭のなかで何度も、ロボカップで勝てるプログラムとはどういうものか、シミュレーションし、その度に胸をときめかせていました。

サッカーは野球とは違い、個々の集団がさまざまな思惑をもって全体としての戦略を実現させなくてはならない、非常に頭を使う競技です。しかもそれがリアルタイムに、さらにいえばノイズを持った状態でやりとりすることになるのです。たしかにこの問題をうまくクリアできれば、それは本物の人工知能に近づく方法として悪くないアプローチに思えました。


しかし当時は人工知能の研究というのは完全に冬の時代で、大学院に残る選択肢はあまり魅力的に感じませんでした。勉強も苦手だったので、プログラミング言語とOSと人工知能の全部が仕事にできるゲーム業界に行くことにしました。

OSというのは、簡単にいえばコンピュータのリソースを管理するための仕組みです。当時のゲーム機にはOSは搭載されておらず、メモリ管理からファイル管理まで自力で実装するのが当たり前でした。普通の人なら面倒くさいと思えるようなことが、私にはむしろ魅力的に思えたのです。自分のアイデアを一切の制約なく思い切り試すことが出来るからです。

また、ゲーム開発ではしばしば独自のスクリプト言語やマクロ言語をDSL(ドメイン特化言語)として定義します。

これも大変おもしろい経験で、あるときはC言語とほぼ全く同じような文法で書けるインタプリタを書いて、しかもそれが非同期的にデータベースを通じて通信するものを作りました。これは極めて汎用性が高く、当時の携帯端末で表現可能なゲームのほぼ全てを記述可能でした。

ただし、このスクリプト言語でゲームを作るには、プログラマー並の理解力とセンスを要求します。

ふつう、スクリプト言語というのはプログラマーではないシナリオライターに書いてもらうためのものなので、意味がないということになってしまいました。

そして、ゲームに登場する敵キャラクターは全てAIを持っています。単純なものから複雑なものまで、様々なタイプのAIがあります。

しかし残念ながら、ゲームのAIというのは所詮はプレイヤーをもてなすためのものであって本物の人工知能とはほど遠いものでした。

ただしゲームを作ることは、人間心理を操ることだと理解してからは、ゲームデザインそのものを楽しめるようになりました。いくつかヒットを出し、海外の大きな学会に呼ばれて講演したりするようになって、一通りゲームに関する興味は満足しました。

株式会社UEIの前身となった有限会社ユビキタスエンターテインメントを設立したのは、そんな時です。

私は自分の得た知見を「ネットワークゲームデザイナーズメソッド」という本にまとめ、もっと人類の未来に直接貢献するような仕事がしたいと思ってこの会社を始めました。

とはいっても、最初から安易な資金調達に頼りたくなかったので、ごく身近な人からお金を集めて、小さくスタートしました。

最初に開発したサービスはUBiMEMOという情報管理ツールでした。

携帯電話の小さい画面でも、ハイパーリンク構造を持った本格的な文書が書けたり、クラウド経由でPCと情報を共有できたりといったツールでした。

他にも、前職からの伝手でゲーム開発の仕事をいくつも請け負いました。

しかし私がやりたかったのは、あくまでも「道具」を作ることです。

人工知能へのアプローチは複数あり、一つはニューラルネットワークといって、動物の神経細胞をシミュレートすることで知能を作り出そうというアプローチです。

もう一つは、知識ベース処理といって、言葉の意味を整理し、分類することで言葉全体の知識構造を獲得しようとするものです。

私は未踏ソフトウェア創造事業にこの知識ベース処理のためのプラットフォーム開発をテーマに応募し、人工知能の世界に造詣の深い、名古屋大学の長尾確先生に師事することになりました。

私の目的は、単に人工知能を作るだけではなく、それを実用的に使えるものにすることです。

その結果、できあがったツールは、すぐさま携帯電話向けコンテンツ管理システム(CMS)に組み込んで販売しました。

このCMSは非常に売れて、他社から類似製品が出たり、競合製品が出たりしましたが、どれもなくなってしまいました。

ただ、私はCMSを作りたかったのではなく、知識を体系的に処理するツールを作りたくて、それを事業化するときにCMSという形態を選んだつもりでした。しかし実際には、CMSは単に便利な道具として使われて、当初私が思ったような構造的な使い方をするのはまだまだ一般の人には難しいようでした。

私の興味は知識ベースの記号処理から、もっと根源的な知能に移っていきました。

知識ベース処理では、どうしても入力する人に負担がかかってしまうため、うまく扱うことができません。

かといって知識ベースではない処理をしようとすると、問題が複雑すぎて当時の技術では到底扱えなくなるのです。

マルチタッチ技術のデモを最初にみたのはソニーの研究所でした。それは後にiPhoneとして世間の誰もが見えるところに公開されるのですが、もともとマルチタッチの特許をもっていたのはソニーでした。

スマートフォンが登場した時、私は人の持つ直感的なイマジネーションを表現する道具の研究として、ZepotPadというアプリを開発しました。

Apple Pencilが発売される10年も前です。

ですから使い勝手は思ったほど良くはありませんでした。もともとiOSは絵を描くようには作られていないのです。

それに不満を抱いた私は、Android端末でいくつか試したあと、これはもう自分で端末から作らないと欲しいものは手に入らないと考えました。

そこで開発したのがenchantMOONという端末です。

これはAndroidをベースに、アクティブ式のペンを搭載した手書き専用タブレットです。

文字認識エンジンを搭載していますが、認識結果は内部的にしか反映されません。手書きだけがもっている微妙な情報を失いたくなかったのです。

知識ベース処理というのは記号処理とも言われます。手書き認識は、いわば手書きという一連の表現を記号として把握することです。しかしそのとき、明らかに重要ないくつかの情報、ニュアンスや味といったものが失われていくことが、私には不満でした。

この端末のコンセプトを発表すると、真っ先にコンタクトをとってきた人物が居ました。

これは上記の本には出てこない話です。

その人物とは、北野宏明氏。ソニー・コンピュータ・サイエンス研究所の所長でした。

そしてこの人物こそ、学生の頃、何度も頭のなかで反芻した、あのロボカップを提唱した張本人だったのです。

北野氏はenchantMOONのコンセプトを見て、すぐに閃いたそうです。

「ディープラーニングをやろう」

2013年のことでした。

私はディープラーニングという耳慣れない言葉を聞いて、「それはなんですか?」と聞き返しました。すると北野氏はこう答えたのです。

「ニューラルネットだよ。あれがいま、ディープラーニングできるようになって、すごく良くなってるから、試す勝ちはある。人間が手書きした情報というのは、明らかに記号化できないエッセンスをたくさんもっているはずで、ディープラーニングと手書きを組み合わせれば、いままでわからなかったことが分かるようになる可能性はある」

かくして、私は北野氏と出会うことでニューラルネットワークと運命の再会を果たすことになったのです。

そしてソニー・コンピュータ・サイエンス研究所(ソニーCSL)と我々との共同研究が始まりました。
これはUEIにとって第二創業に等しい大きな変化でした。CSLの中に我々の部隊が作られ、CSL側の研究者と一緒にディープラーニングの様々な可能性を探ることになりました。

そうして得られた成果は、たとえばDeepStationシリーズとして、そしてそれにプリインストールされているCSLAIERというソフトウェアとして世に出ることになります。これがきっかけでUEIは本格的に深層学習専門の会社として、ゲーム事業を含む120人体制の会社から、深層学習以外の部門を切り離し、20人の精鋭で再出発することになりました。

そして昨年、ソニーCSLとUEIは「ヒトとAIの共生環境の実現」を標榜するギリア株式会社を設立。UEIはギリアの筆頭株主としてギリア株式会社とともに新しい展開を迎えようとしています。

今、UEIは文字通り深層学習ベンチャーの創業期に居ます。
私たちは、われこそは人工知能で革命を起こしたいというエンジニアを広く求めています。

株式会社UEIでは一緒に働く仲間を募集しています
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